第70話 遊園地

 日曜日、朝。

 レオナは先に出掛け駅で待っている。

 そろそろ俺も出掛けないと、一ノ瀬……遅えな……。俺は居間の壁掛け時計を眺めた。

 一ノ瀬と俺は一緒に家を出る、千里にバレている以上隠しても意味は無いから。

 千里は起きて来ない、多分俺が一ノ瀬と出掛ける所を見たくないのだろう。来週はお詫びのデートが待ち構えている、そっちの方が俺は気になって今日のイベントには正直あまり乗り気では無い。

 居間のドアが開き、一ノ瀬が顔を見せて俺は絶句した。

 は? なにこの可愛い生物! 

 前日、一ノ瀬が髪を切って来ただけでも驚いたが、今日の彼女は美少女が全開だ。

「行こうか、藍沢っ!」

 照れ隠しなのか彼女は元気いっぱいに俺に言った。

「い、一ノ瀬……眼鏡は?」

「コンタクトにしたんだ、今日初めて入れたからビビッて時間掛かっちゃったよ!」

 黒髪が伸び放題だった一ノ瀬は可愛いショートヘアーに変わっていて、眼鏡を外した大きな二重瞼で俺に笑い掛けた。

 ひ弱そうな色白で細い体、彼女は黒い膝上のキュロットスカートから細い足を出し、薄茶のノースリーブシャツを纏っている、一ノ瀬って結構スタイル良いんだな……細いけど胸はそれなりにある……。

「どうしたの? 藍沢」

「えっ? 何でもな……くはない、可愛いって一ノ瀬!」

 平静を装っていたのか分からないが、彼女は俺の一言で一気に顔を赤らめ、目を逸らすように天井を見る。

 首まで赤くなってんじゃないか、一ノ瀬は「行こう」と俺を誘って玄関に向かうので、俺は彼女の背中を追った。

 歩き方、変だぞ一ノ瀬! ロボットみたいにぎくしゃくしてんじゃないかよ!



「で? 何で一ノ瀬ちゃんがいる訳?」

 レオナが駅のホームで不満そうに俺に聞く。彼女は珍しく短パンではないチェックのミニスカ姿でモデルのような長い足を晒している。

「千里と花蓮じゃいつもと変わらないし、いいだろ?」

「作也とお忍びって感じが面白かったのに」

 一ノ瀬をチラッと観たレオナは「ま、いっか」と右手を差し出し、「よろしく!」と笑う。

「い、いいの?」

 一ノ瀬は緊張気味にレオナの顔を覗き込む。

「いいよ、今日は楽しもう? 一ノ瀬ちゃんだって作也に可愛いところ見せたくてイメチェンしたんだよね?」

「……っ!」

 顔を真っ赤にして一ノ瀬は口をワナワナさせた。

「図星か……でも、ライバルは強敵だからなぁ。あ、でも可愛さなら負けてないよ! 胸も花蓮ちゃんには勝ってるし」

「な、なにそれっ! しかも私……藍沢のことなんて何とも思ってないからっ!」

「分かった、分かったって!」

「分かってないじゃん! ホントだし!」

「しかしここまで化けるとは……明日のクラスの男子の驚いた顔が目に浮かぶわ」

 レオナが一人ほくそ笑むとホームに電車が滑り込んできた。

 今日は日曜日、上りの電車内は空いていて俺を挟んでレオナと一ノ瀬がシートに横並びで座る。

 電車が動き出すとレオナは「あとは尚君が来るんでしょ?」と核心を突く。

「ははは……」

 力なく笑う俺に呆れたようなため息を付き、レオナは俺を睨んだ。

「なるほどね? ま、いいけど……。作也が誠意を見せてくれるなら」

 誠意? か、金か? いや、金に困ってないレオナが俺に求めるのは行動だ。やっぱり最初から正直に頭を下げて頼めばよかったんだ……。

 俺は一人で頭を抱えた。



「尚くーん!」

 大きく手を振り、レオナが遊園地のゲート前で待つ尚泰に駆け寄る。

「れ、レオナっ! おはよう!」

 舞い上がる尚泰の声が上ずる。

「待たせたな、尚泰!」

「おう! 作也、ってその子は?」

「クラスメイトの一ノ瀬だよ」

「は? 一ノ瀬ってあのボッチヲタの?」

「ボッチヲタの一ノ瀬です。よろしく岡島! って失礼な奴だな!」

 尚泰はマジマジと一ノ瀬を舐めるように眺めると「お前って、案外可愛かったんだな?」とニヤける。

「う、うるさいなぁ! 岡島に褒められても嬉しくないし!」

 一ノ瀬は腰に手を当て、口を尖らせる。

 俺は怒った一ノ瀬の顔を覗き込み、微笑みかけて本心を伝えた。

「でも、本当に可愛いよな? 今日の一ノ瀬は」

「ほんっとウルサイ! 褒めても何も出ないからね!」

 女子たちにスマホで入場チケットを送り、入場ゲートをくぐるとレオナは飛び跳ねて俺たちをジェットコースターに誘う。

「私、下で待ってるから」

 いきなりの一ノ瀬の拒否反応に俺たちは困惑する。

「はぁ? 行こうよ一ノ瀬ちゃん! ここに来たら先ずアレに乗らなきゃ」

 レオナが不満を露わにする。

「私、ああいうの苦手だし……」

「一ノ瀬はジェットコースター嫌いなのか?」

 俺は俯いて指をせわしなく動かしている一ノ瀬に聞いた。

「うん、子供の頃泣いたことあるし……」

「そうなのか……じゃあ、俺も一緒に待ってるよ」

「何でそうなるのさ? 行って来なよ!」

「だって結構並んでるし、待つ間に他のに乗れるから俺に付き合ってくれよ」

「いいよ、気にしないで」

「気になるよ、一ノ瀬が楽しんでくれないと俺が楽しく無いから……」

「藍沢……」

 顔を上げた一ノ瀬はチラッと俺と目を合わせた。

「じゃ、決まりね? 私たちはジェットコースターに並ぶから、また後でね!」

 後ろ手に手を振り、レオナと尚泰はジェットコースターの列に並んだ。

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