第69話 説得

「俺はここで待ってるからゆっくりしてこいよ」

「分かった、ありがとね? 藍沢……」

 市立病院の広い待合室で別れた俺と一ノ瀬、彼女は大きな荷物を背負ってエレベーターに向かった。

 俺は待合室の長椅子に腰掛けてスマホを眺め始めた。夕方の病院にしては結構人が多い、ここはこの街最大の医療機関、設備も充実しているらしく、ここに入院出来れば普通なら助からない命も助かるらしい。

 ん? レオナからのメッセージが届いてる。

 俺は緑のアイコンを押して内容を確認した。

『作也、日曜日は遊園地に行こうよ! いいとこ探しといてね?』

 鳥のキャラが手を振るスタンプを一緒に添えた可愛らしいメッセージに俺はほくそ笑む。

 ……って! 喜んでる場合じゃねぇ! どうすりゃいいんだよ! 尚泰は合流させるとしてもう一人……。千里? 花蓮……? いや、違う……それじゃあ慣れ過ぎていい雰囲気にはなりにくいか……。しかもあの二人じゃどちらにしろ気を使い過ぎて第一俺が落ち着かない。誰か……新しいメンバーで……。

 俺は頭の中で堂々巡りを繰り返し、時間だけが過ぎていた。


「お待たせ!」

「えっ? 早いな一ノ瀬……もういいのか?」

「うん、お母さん寝てたから」

「一ノ瀬……、お前……俺と遊園地行かないか?」

「はっ? な、な、何いってんの藍沢⁈」

「日曜日ならもう風邪も治ってるだろ? もちろん俺のおごりだから」

「い、いや……何で私なんかと? 藍沢にはいっぱい一緒に行ってくれる人がいるのに」

「他にも誰か呼ぶ予定だけど心配要らないからな、一ノ瀬がシャイなのはわかってるから」

「私はいいよ……なんか場違いな感じがするし……」

 一ノ瀬は眼鏡の顔が見えなくなるくらい深く俯いた。

 そんなこと言わないでくれ……。

「た、頼むっ! 君じゃないと駄目なんだ!」

 俺は一ノ瀬の両手を握って立ち上がった。

 体をビクっとさせた一ノ瀬は驚いた顔で俺を見上げると一気に顔を真っ赤にして、「あの、あのっ! あ、あ、あ……藍……」と言葉にならない声を並べる。

「頼む! 頼む! このとおりだ!」

 俺は一ノ瀬に深く頭を下げだ。

「いや……でも……」

「行こうぜ!」

「その日……確か観たいアニメの放送日だし……」

 俺から目を逸らし、落ち着きなく髪をいじる一ノ瀬。

「録画してやるから!」

 思いっきり俺から顔を背け、少しのけ反った彼女は横目で俺を見ている。

「頼むよ! 一ノ瀬! お願いしますっ!」

 黙りこくった一ノ瀬を俺は一心に見つめる。

「……分かったから、こんなところで頭下げないでよ」

 俺の手からスッと掴まれていた手を引き抜き、眼鏡を押さえた一ノ瀬は出口に向かって歩き出す。

 助かった……これで何とかなりそうだ、さっそく尚泰に連絡しないと。俺は逃げるように早足で歩く一ノ瀬を追いかけた。



 土曜日、午前中。

「あれ? 一ノ瀬は?」

 遅く起きた俺は食卓に腰掛けて千里に聞いた。

「一ノ瀬さんなら用事があるとかで、さっき出掛けましたよ」

「病院かな?」

「でしょうか? 何かいつもと違ってとても楽しそうにしてましたけど!」

 楽しそう? お母さんの具合が良くなったのか? 家に連れてきた時は悲壮感が漂っていたから元気になってくれたのなら俺も嬉しいが。

「ところで作クン! 明日……」

 千里はそう言ったきり俺を睨んで黙った。

 な、何、この沈黙……さっきから何か怒ってるような気がするけど……まさか……明日の予定がリークしてる⁉

「私も明日、暇なんですけど!」

 やっぱり! レオナは俺と二人で行くと思ってるからバラさないだろう……てことは一ノ瀬? ヤバっ! 俺、あいつに遊園地のこと黙ってろって言ってなかったっけ?

「一ノ瀬さん、遊びに行くのが楽しみで、喜んで準備しにお出かけしたんじゃないでしょうか?」

「知ってる……のか?」

「知りませんよ! 一ノ瀬さんが教えてくれないからっ! でも『明日は藍沢と出掛ける』って張り切ってましたけど!」

 これはヤバい! 疑惑の火が燃え上がる前に一気に鎮火しないと!

「千里! これには訳が……。上手くは言えないけど約束を果たす必要に迫られて明日は千里を連れて行けないんだ。だけど……来週……来週俺は君と一緒に出掛けたい! だからっ! デートしてくれないか? 千里っ!」

 キョトンとした千里は俺を暫く無言で眺めると、俺の胸に頭をつけて「一週間も待つなんて拷問ですよ、頭がおかしくなっちゃいそうです……。だ、だからその日は一日中作クンを独占させてもらいますからそのつもりでいて下さいね」と息を震わせる。

「ごめんな千里……」

 俺を見上げた千里は頬をピンクに染め、「明日は我慢します」と寂しそうな顔を見せる。

 ぐっ! 可愛い……。俺は気が付けば千里の背中に手を回し、彼女をそっと抱きしめていた。

「さ、作クン⁉」

 少し体を強張らせた千里も俺の背中に手を回した。

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