第68話 約束
翌朝、二階の物置代わりの部屋に敷いた布団から身を起こそうとする一ノ瀬を俺は制止する、額に手を当て熱を確かめると彼女は体をビクっとさせて顔を赤らめた。
「熱は下がってるけど顔が赤いな……今日は寝てろ。朝飯はそこに置いてあるから、あとこれが薬。じゃぁ、俺たちはそろそろ学校行くからな」
「もう大丈夫なのに……」
少し抵抗しようとした一ノ瀬は納得できない様子で布団に潜り直す。
「一ノ瀬さん、困ったことがあればすぐに連絡下さいね」
「ありがとう、見田園さん」
「ちょっと! 時間無いよーっ!」
レオナが階段の下で俺たちを呼ぶので、俺は部屋のドアを閉めようとノブに手を掛けると一ノ瀬に呼び止められる。
「藍沢、帰ってきたらお願いがあるんだけど……」
「オッケー! 出来るだけ早く帰るから後でな」
「うん、迷惑かけてごめん……」
「そんなの気にしなくていいから」
俺はウインクしてドアを閉めた。
階段を下り、玄関で靴を履いていると千里が俺を真っすぐに眺めて物言いたげな態度を示す。
「どうしたんだ? 千里……」
「私も風邪ひいちゃおうかな……? あんなに優しくされるんなら」
千里は身体を左右にねじりながら口を尖らせた。
「えっ? 病人には普通、優しくするだろ?」
「それはそうですけど……私には見せない顔してたし……」
「そ、そうかな? 千里が寝込んだ時は俺が看病してやるから……」
「絶対ですよ? あーっ、私も早く風邪ひきたい!」
いや……千里さん……? ちょっと意味わかんないですけど……。今日だって一ノ瀬診てたから寝不足気味なんだから。
教室に着くと尚泰が俺の傍に近づき、一緒に登校したレオナを一瞥して耳打ちする。
「おい、昨也! レオナちゃんとのセッティング忘れて無いだろうな!」
「忘れてないって、レオナがずっと不在だったから仕方ないだろ?」
親友の願いを聞いてやるのは友人として当然なのは分かってる、だけどレオナの気持ちも無視して会わせるのも違うと思う。面倒くさい事になったもんだ、レオナに相談したらネガティブな反応が返って来るのは目に見えているし……。しかも今は一ノ瀬も家に住んで居るし、何とも微妙なタイミングでもある。
「なあ、尚泰。レオナを外に連れ出してダブルデートみたくするのはどうだ?」
「それもいいけど、俺が行くって言ったら拒否られそうで怖いぞ」
「そこは上手くやるから少し時間をくれ」
「分かったよ、だけどなるべく早く頼むぞ」
俺は席についたレオナにそれとなく声をかける。
「なあ、レオナ。今度どっか遊びに行かないか?」
「えっ? いいよ! どこ? どこ行く?」
「何だろ……カラオケ? 映画……遊園地とか……」
レオナは俺の顔を下から眺め、ニンマリと笑う。
「何? 昨也は私とデートしたい訳?」
「いや、そんなんじゃないけど……」
「それって二人でってこと? どうしようかな? 千里ちゃんに報告したほうがいいかなぁ?」
ドキッとした俺は背後で席に着こうとしている千里をチラ見する。
「いや、何人かで行ったら楽しくないか?」
「うーん、それじゃあいつもと変わらないし……」
レオナは俺の耳元で口を手で隠して囁いた。
「いいよ、二人で行こうよ! 次の日曜日に」
俺の耳にレオナの熱く湿った息が掛かり、くすぐったい。
俺は彼女の可愛らしい仕草にドキッっとして体が一瞬で熱くなった。
「藍沢君、席に着いたら?」
いつもより低い声で千里は俺に警告する。
ヤバっ、俺は条件反射のように焦ってレオナから離れて席に座った。
……マズイことになった、尚泰をデートさせるつもりが俺がレオナとデートするはめになるとは、しかも今度の日曜に? なんとかレオナを誘導してダブルデートにしないと。
放課後、家に帰った俺は直ぐに一ノ瀬の様子を見に行こうと階段を上がり始めると、居間から出てきた一ノ瀬が俺を呼び止める。
「おかえり藍沢、私お母さんの病院に行きたいんだけどいいかな?」
「いいけど、体の具合はどうなんだ?」
「もうへーきだから」
「そうか? 顔色悪くないか……?」
「大丈夫だよ、さっき家に荷物取って来たくらいなんだから」
一ノ瀬は背中に担いだ大きなカバンを体をひねって俺に見せた。
「それ、届けるのか?」
「うん、これから行って来るよ」
「俺も行くよ、なんだか心配だし……一ノ瀬は自覚無いかも知れないけどさっきからフラフラしてるから」
「そ、そんなことないよ……」
視線を逸し、玄関に向かう一ノ瀬の手を俺は咄嗟に握る。
ふらついた一ノ瀬はバランスを崩して俺の体につかまってお互いの顔が接近する。
「俺も付いていく、いいよな?」
見つめ合った俺たちは一瞬時間が止まったように固まった。
「う、うん……」
一ノ瀬は俺のシャツをキュっと掴んで視線をまた逸す。
「どこかにお出かけですか?」
階段から屈んで廊下に顔を出した千里の声に驚いた俺たちは咄嗟に体を離す。
千里は階段から立ち上がって歩き出すと、廊下で俺にずっとジト目を送りながら居間に消えた。
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