第65話 帰還

 花蓮台風が去り、平和な日々が続いた夏休みも終わる最終日、今日は有意義に過ごしたいと思った矢先のレオナの帰還。

 レオナは帰って来ると直ぐに大きなカバンの中から着替えを取り出して洗濯機に放り込み、洗濯を始めた。

「あー疲れた、やっぱりうちが一番だ!」

 レオナは出かけた時に着ていたお嬢様仕様の服装を辞め、いつも通りの短パン姿でソファーにドカッっと座り、カバンから黒い箱を何箱か出して俺に差し出す。

「これ、お土産だから」

 外国産のお菓子を出したレオナ。これってレオナが親から貰ったやつだろ? しかも全部開封済みじゃないか。

「味見しといたから。あんま美味しく無いんだよね、外国のお菓子って……」

「ありがとう、レオナ」

 早速俺は箱からチョコレートを一粒掴んで口に放り込んだ。

 旨くない……なんだこの砂糖の味しかしないチョコ……。

 俺の反応を見てレオナは満足そうに笑う。

「おい、不味いって!」

「ストレートだなぁ作は! 貰い物なんだから嘘でも有りがたりなさいよ!」

「いや……レオナだって不味いから一個しか食って無いんだろ?」

「そうだよ」

 二階から下りて来た千里が居間のドアを開けて入って来て体をビクッとさせた。

「なんだ、レオナさん帰ってたんですか?」

「そんなに驚かないでよ! 幽霊じゃないんだから!」

「ご両親に会えて良かったですね、これからはずっと日本に居るんですか?」

「また戦地に行っちゃったよ、だからこれからもここに住むからよろしく!」

「良かったです! レオナさんが居ないと寂しいですから」



 千里が屈んで洗面所の棚をパタパタと開け何かを探している。

「どうしたんだよ、千里」

 俺は彼女の背中に声を掛けた。

「洗濯洗剤が無くて……買い置きって無かったでしたっけ?」

「無かったと思うけど……」

 千里は小さくため息を付いて立ち上がった。

「あー、そう言えばさっき洗剤使い切っちゃったから無いよ」

 会話を聞きつけたレオナがソファーから立ち上がって洗面所に顔を出す。

「えっ? じゃあ買って来ないといけませんね……」

「俺が後で買って来てやるよ、他に揃えたい物もあるし」

「じゃぁ作クン、お願いしますね」



「何でレオナが付いてくんだよ!」

「だーって暇だし」

「ならレオナが洗剤買って来ればいいだろ?」

「一人じゃつまんないし、それは嫌だよ」

 俺たちは自転車で5分程度の距離のホームセンターに買い出しに出掛けていた。レオナは千里の自転車を借りて俺と並走し、家を出てからずっと話しかけて来る。相変わらずの短パン姿は住宅街を抜けるには露出し過ぎだと思うのは俺だけだろうか? 

 俺……レオナの短パンと制服姿ばかり見ている気が……。ん? そういえばパジャマ姿が一番露出してないじゃないか、いっそのこと家ではパジャマで過ごしてくれよ。

 レオナのやる事は良くわからない……俺は可笑しくなって笑いが込み上げて来た。

「何ニヤついてんのよ、気持ち悪いなぁ」

「いや、それはレオナのせいだよ」

「何それ? なんか腹立つし!」

 ホームセンターに着くとレオナは籠を抱えて何処かへ消えてしまった。何だよ、一人じゃつまらないとか言って早速単独行動してんじゃないかよ。

 まあいいか、俺もその方が買い物しやすいし。先ずは消耗品から買うとしよう。広大な店内をひたすら歩く、案外なんでも揃う店って逆に欲しい物がどこに有るか分からないんだよな。

 商品棚の間を歩いていると前方で不審に動き回る人物が目に入った。せわしなく通路を行ったり来たり、オーバーオールを着た少女……。

「おい、一ノ瀬じゃないか!」

「あ、藍沢⁉」

「何やってんだよ? そんなに買い込んで」

「べ、別に……何でもないよ……」

 眼鏡の奥の目元が腫れている、泣いてたのか……?

「何でもない奴の顔には見えないけど……良かったら話してくれないか?」

 俺の言葉に一ノ瀬は顎に皺を寄せ、口をへの字にしたかと思うとボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「えっ? ど、どうした?」

「お母さんが…………」

 嗚咽を漏らし、いきなり泣き始めた一ノ瀬に困惑しつつも俺は彼女の背中をそっと擦る。

「藍沢ぁ…………」

 一ノ瀬は俺の胸に頭を付け、肩を揺らして子供のように息を詰まらせて体をビクビクさせている。 

 通り過ぎる買い物客に変な目で見られながら俺は通路のど真ん中で彼女が落ち着くまで肩を抱きしめた。



「落ち着いた?」

 俺は一ノ瀬の耳元で囁いた。

「う、うん……。ごめん藍沢……取り乱して……」

 俺の胸から頭を離し、一ノ瀬は眼鏡を外して袖で涙を拭いて俯いた。

「何があったんだ?」

「お母さんが倒れて入院したんだ……。私……一人だし、どうしていいか分からなくて……」

「お母さんの様子は?」

「絶対安静。市立病院に入院して明日手術だって。私ん、母子家庭だから頼る人いなくてちょっとパニくってだんだ。でも、もう大丈夫だから……」

 片手で手を振り、背を向けて歩き出した一ノ瀬の手を俺は咄嗟に掴む。

「頼る人はここにいるだろ?」

「藍沢⁉」

 眼鏡の奥の目を見開き、一ノ瀬は俺と視線を合わせた。

「暫く俺ん家に住めよ、飯ぐらい作ってやるから」

「い、いや、いいよそんなの……悪いし……」

「遠慮するなよ、俺たち友達だろ?」

「へっ? トモダチ?」

 一ノ瀬は口元をワナワナさせ、一気に顔を赤らめる。

「ほ、ホントに大丈夫だからっ!」

 勢いよく俺の手を振りほどいた一ノ瀬は逃げるように商品棚の列に消えた。

「エッチな作はホームセンターでナンパですか? こんな所で成功すると思ってんの?」

 背後でレオナの声がして、俺は焦って振り返った。

「千里ちゃんに報告しよう!」

「えっ、ちょ……誤解だって! 今、一ノ瀬と――」

「私、アイス食べたいなぁ、あそこの41アイス」

 レオナは店の奥のフードコートを指差す。

「わ、分かったからっ! 何でも好きなの食えよ……」

 別に後ろめたい事はしていないのだが、レオナが絡むと面倒な事になる、言葉足らずで説明するだろうからな。だからここは口封じしかない……。

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