第39話 撤収
その後、結局俺たちは飲食以外の買い物をせずにウインドウショッピングを堪能し、歩き疲れて何となくもういいかなと帰る雰囲気になっていた。
アウトレットモールの奥から引き返そうと地図を眺めながら歩いていると、俺の足元に何かがぶつかる気配を感じて足を止める。
「うわーっ!」
女性の絶叫が響き、俺は驚いて地図から声の方向へ視線を移した。どうやら俺は人にぶつかってしまったようだ。彼女は焦って大きな紙袋から四角い箱をとても大切そうに取り出してグルグルと舐め回すようにチェックし始めた。
「すいません、大丈夫で……す……一ノ瀬か?」
「はぁ? 藍沢! てめーっ!」
一ノ瀬がカンカンに怒り、叫んだ。
「この激レアフィギュアに傷ついたらどうするんだよ! 箱が、箱が傷む……あーごめんよ痛かったかい?」
大きな箱を大切そうに抱きしめ、赤ちゃんをあやすように愛おしむ一ノ瀬。
「あ……そんなに大事な物だったのか? 一ノ瀬……」
彼女は検品に意識を集中させていて俺の話を聞いていない。
「やっとこの地に出来た『まんまだけ』と『須河留屋』を堪能して悩みに悩んで手に入れたこのフィギュアを足蹴にするとは……藍沢……許さんっ!」
一ノ瀬は眼鏡の奥の瞳を潤ませながら俺にまくし立てた。
「ごめんごめん。それ、なんともなかったか?」
一ノ瀬の圧に負けた俺は、苦笑いで距離を取る。
「何ともあったら藍沢……お前いま生きてないからなっ!」
声がデカいって! 学校でもそれくらい元気にしとけよ!
「まあまあ、加奈子っち落ち着いて」
花蓮がそっと一ノ瀬の背中を触り、彼女の顔を覗き込んだ。
「三島、いたのか? あれ、見田園さんにえっと……」
「川崎レオナだよ」
「ゲッ! 我が校三大美少女結集してるし! しかも藍沢と⁉ 何で? 何で藍沢なのっ? あり得ないんだけど!」
我に返った一ノ瀬はいつもの挙動不審な態度に戻り、後ずさる。
レオナは首を傾げて一ノ瀬の顔を覗き込んだ。
「アンタ、誰……? どこかで見たことあるような……」
「レオナさん、彼女はクラスメイトの一ノ瀬さんですよ」
千里がレオナに紹介した。
「そうだっけ? あんま記憶無いけど……」
「ははっ……」
口元をヒクヒクさせ、一ノ瀬は自嘲気味に笑って視線を落とす。
「そ、そいじゃまた……」
消え入りそうな声で一ノ瀬は床を眺めながら俺たちの前から姿を消した。
「レオナっち! 今の言い方はちょっと可哀そうじゃない?」
花蓮が腰に手を付いて、首を振る。
「え? ヤバかったかな? だってホントに分かんなかったんだもん!」
「おっ! いいねぇ!」
花蓮が食卓に並べられた色違いのマグカップを眺めて感嘆の声を上げ、千里とレオナも同意する。
家に戻って来た俺たち四人はアウトレットモールで千里が最初に目を付けていたマグカップを帰りがけに雑貨屋で買い、これを使って今後はお茶会をすることに決め、早速使用感を確かめる事にした。
「んじゃ、作也お茶淹れて」
レオナが当然とばかりに俺に命令した。
「千里は紅茶、花蓮は珈琲だろ? レオナは緑茶で良いのか?」
「うーん、せっかくのマグカップで緑茶でも無いよね……作也、抹茶ミルクにして!」
「はいはい、ちょっと待っててな」
俺は注文の多い客に対応するため、いくつもの道具をキッチンに並べてお湯を沸かす。
彼女らはソファー前のローテーブルにアウトレットモールで手に入れた地図を広げ、あれやこれやと次回訪れた時の為に復習を始めている。
千里は地図を覗き込み、花蓮に言った。
「東京にしか無いお店、結構ありましたね?」
「そうそう、水着のお店も品ぞろえがヤバかったし」
「花蓮ちゃんプールいつ行こうか?」
「うーん、やっぱり新しい水着は欲しいよね? みんな水着もってるの?」
「私は引っ越しの時に捨てちゃったよ、デザインも微妙だったし」
レオナは困った顔をした。
「私はサイズが……ちょっと。いや、何でも無いです」
「千里ちゃんはおっぱいおっきくなって入らないんだって、花蓮ちゃん!」
「何で私にその話振るのよ! 喧嘩売ってんの? レオナっ!」
「大丈夫だよ、花蓮ちゃんの体型はマニアには絶賛されるから」
「だから、喧嘩売ってんの?」
「作也は巨乳とちっぱいならどっちが好きなの?」
「「その言い方っ!」辞めて下さい!」
花蓮と千里が声を揃えた。
ギロリと二人は自分の胸を手で隠し俺を見つめる。
「え? 何だって?」
「聞こえないフリすんな作、答えてよ!」
げっ! それは二人には二人の良さがあって大きさも体にマッチしているというか……って、そんな事は言えるかっ!
俺は回答を待つ二人に言った。
「レオナくらいが丁度いいんじゃ無いのか?」
多分これがベストな解答……。
「そう言えば私、作也に生乳見られたんだった! なんかいやらしい……解答がリアルだよ……」
「えっ? そうなの⁉ 作……アンタいったいレオナっちに何したってのよ!」
お盆にマグカップを四つ乗せてソファーに向かう俺に、花蓮が詰め寄りグイグイと体を寄せる。
「危ない、こぼれる、こぼれるって!」
「うるさいっ! 生乳見たってホントなの⁉」
「ちょ! 辞めっ! うわっ⁉ 熱ちーーっ!」
美少女たちの絶え間ない攻撃……このままじゃマジで俺の身が持たない。
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