第40話 ゲーセン

 下校途中、なんとなくレオナと立ち寄った駅近くのゲームセンター。

 レオナはダンスゲームに明け暮れ、俺はその背中を離れて眺め続けていた。

 一時間ほどダンスゲームで体を動かし、制服の白いシャツに汗を滲ませながピョンピョンと跳ねるハーフ美少女。

 店舗内で一番の注目を浴び、彼女がゲーセン内をうろつく男子たちの目を釘付けにするのに時間は掛からなかった。

「ねえ、作也!」

 ゲームが終わったレオナはポニーテールを揺らして振り返り「えっ……?」とギャラリーの多さに驚きの表情を浮かべ、トコトコと俺の傍に駆け寄って来た。

 皆の視線が痛い。何でお前なんかが、そんな声が聞こえてきそうで俺はレオナに「帰ろう」と手を引き、その場から離脱する。

「凄い人多くない? 何なの?」

 俺の背後でキョロキョロしながら付いてくる彼女には意味がわからないらしい。

「そりゃ、可愛い子が躍ってりゃみんな観るだろ?」

「誰かいたの?」

「レオナが可愛んだって!」

「えーっ? ヤダーっ! 何言ってるの作也!」

 レオナが嬉しそうに俺の背中をどつき、UFOキャッチャーのガラスに両手をついた俺は振り返る。

「いや、俺じゃ無くて周りが思ってんの!」

「作也は思って無いの?」

 ムッとしたレオナは俺に顔を近づけ、感想の無理強いをする。

「分かったって! 可愛い、可愛いって!」

「何そのテキトーな態度!」

 俺はUFOキャッチャーの筐体が立ち並ぶ隙間を縫うように出口に向かい、レオナが早足で俺の後を追う。

 ゲームの音で騒々しい店内から飛び出すと、余りにも静かな外との落差に一瞬耳が聞こえなくなったような錯覚を起こす。

 店の脇に停めた自転車の鍵を開け、俺とレオナが跨ると何か揉め事が起きているような嫌な話し声が聞こえた気がした。

 俺は耳を澄ましてその声に意識を集中させると、確かに誰かの声がボソボソと聞こえ、俺はレオナに自転車を任せて声が聞こえた建物の陰を覗き込んだ。

「金出せって! このヲタがっ!」

 明らかに柄の悪そうな女生徒三人が一人の女生徒を取り囲み恐喝している。

 うわっ、何かヤバそうな奴らだな……女とはいえ、レディースみたいな雰囲気に俺は少したじろいだ。

 どうする? あのを見捨てる訳には行かないし……しかもウチの学校の制服じゃないか!

 一人の金髪女がそのの腕を捻り上げた。

 クソッ! もうどうにでもなれ! 俺は彼女たちの中に飛び込んだ。

「おい! 何やってんだよ! ウチの生徒に喧嘩売りやがって!」

 威勢のいい言葉とは裏腹に心臓がバクバクして血の気が引く。

「なんだお前? 部外者が引っ込んでろ!」

 間近で見るともっとヤバい! 女子プロレスが似合いそうな凶悪さだ。

「警察呼んだから、逃げるなら今のうちだぜ! さあ、どうする?」

 怖いけど、俺はニンマリと余裕ぶる。

「お前、私ら舐めてんだろ?」

 リーダー格の女が俺に詰め寄る。

 ここで怯んだら負けだ、千里と花蓮の攻撃を思い出せ! こんなの余裕だろ。

「なあ、逃げようぜ、今度捕まったら停学じゃ済まないって!」

 仲間が焦って腰が引けている。そうだ、このまま撤退しろ。それがお互いの為ってやつだろ?

「チッ!」

 俺に詰め寄った他校の女生徒が、面白く無さそうに俺を睨み付け凄んだ。

「顔覚えたかんな! 次会ったら覚悟しとけよ!」

 意味深な態度で彼女は俺の胸をポンと手の甲で叩き姿を消した。

 恐喝されていた子はその場にしゃがみ込み、緊張が解けたのか小さな鳴き声を上げた。

「怖かった……有難う藍沢……」

 えっ? 知り合い? 彼女はゆっくりと立ち上がって眼鏡を外して制服の袖で涙をぬぐい、再び眼鏡を掛けた。

「一ノ瀬かよ! 何やってんだよお前……」

「これがヲタ狩りだよ、前も一回やられたことあるし……」

 鼻をすすった一ノ瀬はペコリと俺に向かって頭を下げた。

「ちょっと大丈夫? めちゃくちゃヤバい人たちだったけど!」

 レオナが不安そうな顔で駆け寄って来た。

「えっ? 一ノ瀬ちゃんだったの? 大丈夫?」

「ホント助かった、恩に着るよ」

 一ノ瀬の声が震えている、相当怖い思いをしたようだ。

「一ノ瀬、家まで送ってくか?」

「大丈夫だよ、気にすんなって……」

 憔悴しきった様子の一ノ瀬はよろよろと自転車に跨り、俺たちに軽く片手を上げ、ペダルを漕いで路上に消えた。

「あれ? 何か落ちてるよ?」

 アスファルトの上に白いビニール袋が転がっている、中には長細い紙箱……ゲーセンのフィギュア? 「一ノ瀬のか?」、俺はそれを拾い上げ今度彼女に渡そうと箱が傷まないようにカバンに仕舞った。



「作也! お前抜け駆けしやがって!」

 翌日、尚泰が教室に入って来た俺を見つけるなり、首元に腕を回しグイグイと締め付ける。

「何だよ? 抜け駆けって……」

「てめー、とぼけてんじゃねーよ! お前の後ろに居る三人は何なんだよ? わが校の三大美少女独り占めしやがって!」

「どうしたの? 尚君」

 レオナが尚泰の背中にそっと手を付いて聞いた。

「か、川崎さん!」

 尚泰は顔を赤らめて声を上ずらせた。

 うわっ、尚泰の奴ウブ過ぎるだろ、見てるこっちが恥ずかしくなるよ。

「だからレオナだって言ってるでしょ? 尚君?」

「れれ、レオナっ! おはよっ!」

 ダメだこれ……俺以上に女耐性無しだ。

 花蓮と千里も尚泰に声を掛け、尚泰は俺を問い詰めていたのも忘れデレデレとだらしない顔で必死に談笑を始める。

 そんな彼らをよそに俺は一ノ瀬の姿を探したが、まだ登校していないのか見当たらない。

 フィギュアを渡したかっだが仕方ない、帰りに声を掛けるとするか。

 そんな俺の期待に反して彼女はその後三日間学校を休んだ。

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