第36話 試着

 千里は店舗前の通路で不意に立ち止まった、マネキン人形が着ている服が気になったみたいだ。

「千里に似合いそうだな」

「そうかな? ちょっと可愛すぎませんか?」

 フリフリのレースの付いた花柄ワンピースの生地を指で確かめながら千里は俺に笑い掛けた。

「合わせてみたら?」

「えっ? いいですよ、混んでますし……」

「俺も見てみたいんだ、その服着た千里を」

 ピクリと俺の言葉に反応した千里は目を細めて言った。

「そ、そうですか? じゃ、少しだけ付き合ってもらっていいでしょうか?」

 俺達は店内でそのマネキンが着ていた衣装を見つけ、千里はフィッテイングスペースに入って着替え始めた。

 シュルシュルと服が擦れる音がカーテンの向こうから聞こえ、俺は千里が下着姿になっていることを想像して照れくさくなる。

 シャッとカーテンが開いて千里が着替えた姿を俺に見せた。

「どうでしょうか?」

 少し自信なさげに上目遣いで俺にそう言うと、体を少し回転させてフィット感を確かめた。

 ヤバッ、可愛い、しかも新鮮だ、清楚系な千里にしては少女っぽくて甘めな感じがするし、何より若干タイトでスタイルが強調されているのがたまらない。

「すっごーいお似合いですよ!」

 軽いノリで若い女性店員さんが現れ千里に大きな鏡の前に立つように促し、千里も靴を履いて店内の大きな鏡の前に立った。

「スタイルいいですねー凄いモデルさんみたいですよー! 彼氏さんもそう思うでしょう?」

 彼氏と言われ、俺は少し照れくさくなっていると背後から声が聞こえた。

「うわっ! めっちゃ可愛くない? あの娘!」

「ホントだ、かわいいー」

「何あれ? 彼氏? マジで?」

 千里は混みあった店内で客の注目を集め、俺は悪い意味で注目を浴びた。

 店員は言った。

「サイズ感どうですか?」

 千里は少し照れくさそうに言った。

「ちょっとキツイかな……胸が……」

「あー、そうかも知れませんね。お姉さんお胸大きいから」

 店員は千里の合わせた服のタグを見てサイズを確認する。

「お姉さん細いからサイズ的にはこれがベストかと……胸周りは使ってれば伸びますから」

 そうか? 伸びるような生地には見えないが。サイズが合わなくても売りつけるのはアパレル店員の常套手段だ。

「うーん、どうしよう……ちょっと考えます」

 千里はフィッテイングスペースに戻って着替え直し、店員に服を返した。

 千里は店の出口に向かいながら言った。

「伸びてもまだキツイかな……作クンはどう思います?」

 いや、どうって言われても……。

「体に合わない服は辞めた方が良くないか? きっと着ないぞ」

「ですよね……残念です」

 千里は苦笑いして俺に聞いた。

「作クンは見てみたい店無いんですか?」

「うーん、特には……」

「あれで調べてみます?」

 千里は通路の中央に設置されている案内板のQRコードを指差した。

 俺達はスマホでコードを読み込み、通路の壁際で人混みをかわしながら気になる店を探す。

「千里、もう昼だから何か食ってからまた回らないか?」

「もうそんな時間ですか? 混んでるから時間が掛かっちゃいますね?」

 俺はスマホで読み込んだ情報を検索してモール内の飲食店を探したが、目に見える範囲にある店は既に行列が出来ていた。

「うーん、混んでて相当待ちそうですね? 何か簡単な物で済ませましょうか?」

「だな、この先にフードコートかあるらしいから行って見ようか?」



 お盆を受け取った俺は千里が座っている丸テーブルを探したが中々見つけられなかったが、シャツを引っ張られる感触がして振り返ると、千里がそこにいた。

「お待たせ」

 俺は中華まんとドリンクの乗ったお盆を千里の前に置き、丸テーブルの彼女の隣に座った。

「美味しそう!」

 千里は指を広げて手を合わせ、紙に包まれた饅頭を手に取った。

「黒いロゴのが餡で、赤が肉まんだって」

 フーフーと息を吹き、千里は肉まんに小さくかじり付いた。

 俺も肉まんを一つ手に取りかぶりつく。

「ん? 旨いな! やっぱり千里の言ったとおりこの店は正解だよ」

「とっても美味しいです。あっ、それと……」

 千里はそう言ってカーディガンのポケットから折り畳まれた紙を出してテーブルの上に広げ出す。

 それはこのアウトレットモールの案内地図だった。

「こんなのがあったんだ……」

「さっき見つけたんです」

 俺と千里は肉まんを片手にそれを見ながら二人で指を指し合いあれこれと話し、頭を寄せた。

「作クン、ここ!」

 千里が俺の顔のそばでショップを指さして俺を見上げた。

 うわっ! 近っ! 俺は少し仰け反った。

「どうしたんですか?」

 千里は更に接近して俺のドキドキを助長する。

 その時、テーブルにトレーがバンッと置かれ、俺達は驚いてトレーを置いた人物を見上げた。

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