第35話 ショッピング
「お待たせ!」
千里が玄関ドアを少し開けて黒髪に青いカチューシャを付けた顔を外に出す。
彼女は少しモジモジしながら自転車の傍に立つ俺と視線を合わせると、大きくドアを開けて全身を現した。
白いミニスカートが眩しい、細くて白い足を惜しげもなく晒し、涼し気な青いカーディガンを羽織った彼女は紛れもなく清楚系美少女。
「ど、どうかな……」
千里は手を少し広げてその場でクルッと回転し、短いスカートがフワッと広がった。
俺は千里のスカートが思いのほか広がって下着が見えそうになったのをドキッとして眺めながらも、それを悟られないように「似合ってる、かわいいよ」と言葉を返す。
「作クンも素敵です」
玄関前の階段を弾むように三段降りて千里が俺の傍に駆け寄った時、彼女からほのかに柑橘系の良い香りが漂った。今日は快晴、気温もうだるような暑さでは無く快適で最高のデート日和。
「それじゃあ、行きましょうか?」
千里はそう言うと家の陰から自分の自転車を押してペダルに足を掛けた。
その時、玄関のドアが開き、レオナが肌けただらしないパジャマ姿で顔を出し、こちらを睨み付けて棘のある声で叫んだ。
「せいぜい楽しんで来なさい!」
フンッ! と息を吐きレオナはドアを勢い良く閉め、空気が若干振動した。
俺は千里と顔を見合わせると、二人は同時に苦笑する。
「レオナさんにお土産買って帰らないと……」
「だな」
俺たちは自転車に跨り、ペダルを漕いで駅に向かった。
「えーっ! こんなに並んでるの?」
千里が驚きの声を上げた。
地下鉄から地上に上がると直ぐに目的のアウトレットモールが目に入ったが、まだ朝だと言うのに既に開店前の行列が長い。
やっぱり日曜日の混み具合は尋常じゃ無いらしい。
歩くと直ぐに『最後尾』と書いた白い看板を掲げた男性スタッフが目に入り、俺達はそこに並んで前方を伺った。
「入り口が見えませんね……」
千里は少し不安げに俺を眺め、ふうと息を付いた。
俺達の背後には気が付けば数人の人が並んでいて、俺はこの出来たばかりの話題のスポットに来るのが早すぎたのではと思ったが、年頃の女の子は皆ここに一度は訪れたいと願っているのは俺を誘って来た他の二人の気持ちを察すれば理解できる。
「千里は何を観たいんだ?」
「実は私……此処のこと、何も知らないんです」
「えっ? そうなの?」
「はい、ただ……行ったら楽しいかなって……作クンとなら……」
小さな手提げ鞄の持ち手をギュッと握り、千里は俯いてモジモジしながら答えた。
何かいきなり緊張して来た……千里は俺と来たいのがメインでショッピングは二の次だって言うのか? ヤバい! 俺……何も下調べして無いんだけど……。ただ、千里の買い物に付き合うだけだと思ってたから。
嫌な汗が全身を包む、どうする? 考えを巡らせているとスタッフが叫んだ。
「ゆっくりお進み下さーい!」
行列が前へ進み出した、開店時間か? 千里は表情をパッと明るくさせ期待値を膨らませているみたいだ。
列は交通渋滞の車のように進んだり止まったりを繰り返しながらアウトレットモールのガラス張りのドアに吸い込まれて行く。
20分ほど掛けてジワジワと入り口に到達した俺達の背後で警備員がトラ柄のローブを張って大きな声で言った。
「混雑緩和のため入場規制を行います!」
うわっ! 助かった、入り口前で足止めなんて拷問だろ。
建物の中に足を踏み入れると、ほんのりと新しい建材の匂いが漂っていた。何もかも目に入るもの全てが新品の輝きを放ち、早く内部を探索したい衝動に駆られる。見た事の無いショップの看板が通路の奥まで続いていて千里は小さく感嘆の声を上げた。
「千里、何処から行こうか?」
俺はキラキラな瞳でキョロキョロしている千里に聞いた。
「あっ! 作クンあそこ! あれって東京にしか無かった雑貨屋さんだよ!」
千里は細い腕を伸ばして通路の奥の看板を指差した。
「行ってみようか?」
俺がそう言うと千里はこくりと頷いて微笑んだ。
でも、そこまで行くのに人が多くてまともに歩けない。俺と千里は離れ離れになりそうで、思わず彼女の手を掴んだ。
千里も俺の手を握り返して体を寄せ、俺の腕にしがみ付いて肩に頭をくっ付けた。
「凄い人だね、はぐれちゃいそう」
至近距離で囁いた千里、彼女の長い髪が俺の腕をくすぐり、心拍数が上昇する。
目的の店までの道のりがじれったい、誰も居なければ1分も掛からない距離が混雑のせいでなかなか進まない。
やっとのことで雑貨屋に入ることが出来た俺達はお洒落なデザインの商品を手に取って眺めては店内をグルグルとまわった。
千里は可愛いと言ってマグカップを買うか迷っていた。値段はそこそこ、だけどみんなで揃えたいと色違いを四つ買おうか迷っている。
四つ? 俺とレオナと花蓮って事か? 俺は千里の気遣いにほっこりとした、何となく打ち解けたようなギスギスしたような微妙な関係の三人の女子だけど、千里は案外その関係性を気に入ってるみたいで……。
四つ買えば一万円、まだ一軒目だぞ? 俺は千里に言った。
「もうちょっと回ってからでも良くないか? どうせ帰りにこの前は通るだろうから」
「それもそうですね、もっと良いものが見つかるかも知れませんし……」
俺達は雑貨屋を出て他のショップを探索し始めた。
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