第34話 和解

「千里っ! ごめん……! 俺……約束したのに……完全に忘れてて……」

「昨日、作クン……あたかも分かってたかのように私に聞き返して、ホントは知らなかったって事ですよね?」

「済まない……俺……千里の言ってること分からなくて誤魔化したんだ」

 俺と千里の顔を交互に見てレオナは言った。

「で? 作也の提案は?」

「ち、千里……今更だけど埋め合わせの埋め合わせさせてくれないか?」

「もういいです!」

 千里はソファーから立ち上がった。

 その時、玄関の開く音が聞こえ、「作っ? 入るよーっ!」と花蓮の大きな声が玄関内に響き、廊下を歩く音が近づく。

 何で花蓮が? 千里に気を取られて玄関のカギを閉めるのを忘れていたのか? 

 居間のドアが開き、花蓮が俺たちを発見して緊迫している空気も読まずに「ただいまー!」と笑った。

 何がただいまだよ……何でこんな時に……ここを地獄にしてくれるのか?

「あ? 花蓮ちゃん、お帰り!」

 レオナが嬉しそうに振り返って言った。

「あれ? 何か邪魔だった? 千里っち……」

 花蓮は千里が目に涙を浮かべているのを気にして皆の様子を注意深く伺っているようだ。

「べ、別に何でもありません!」

 千里は花蓮に顔を隠すように体を背けた。

「そう? じゃ、遠慮なく。作? 日曜なんだけど豊北区に出来たアウトレットモールに行こうよ、あそこ色々と凄いみたいだよ?」

 花蓮のその言葉に千里は身体をピクッとさせて俺に近づき、俺の腕を引っ張り上げて立たせると、いきなり俺の腕にしがみ付いて言った。

「そこのアウトレットモールには私が作クンと行く事になってます、次の日曜日に!」

 はぁ⁉ 何言ってんの? 千里……。

 花蓮は眉間に皺を寄せて俺に聞いた。

「何それ! ホントなの作っ!」

 千里は俺の腕に胸を押し付けるようにギュッと体を寄せ、花蓮に「ごめんなさい!」と言って俺の顔を睨み付けるように覗き込んだ。

 これは千里との約束。歓迎会の食事を作っている寂しそうな千里に俺が感謝の気持ちで埋め合わせると言ったのを思い出す。

 俺は咄嗟にあたかも既に決まっていたかのように花蓮に言った。

「えっ? そ、そうだよ。千里とは前から約束してたし」

 あんぐりと口を開けたレオナが大きな声を上げた。

「ちょ! 何言ってんの? 日曜は私と一緒に出掛けるって言ってたじゃない!」

 レオナはソファーから立ち上がってポニーテールを揺らして俺に詰め寄る。

「ごめん、先約があったの忘れてて……」

「ダメだよ、荷物持ちなんだからっ! しかも私もそこのアウトレットに行くつもりだったし!」

 グイッと顔を近づけ歯をギリギリと噛み締めたレオナに俺はたじろぎ、後ずさりして体をのけぞらせた。

 俺の腕が締め付けられ痛みを感じる、千里が腕を強く握り爪を立てて警告する。

「作クン? 分かってますよね?」

 ひっ! これはヤバい! どんどん痛みが強くなる、今回だけは絶対に千里と行かないと。

「ご、ごめん二人とも! 今回は千里と行くから!」

 俺は顔を引きつらせながら二人に断りを入れた。

 レオナはウーッ! と威嚇して「作也の嘘つきっ!」と叫んで床をドスドスと不満げに踏み付け、花蓮の手を取って二階に連れて行った。

 居間に千里と二人きりになった俺は彼女に向き直り、「千里、ホントにゴメンっ!」と言って深々と頭を下げた。

「私こそ御免なさい……意固地になっちゃって……」

 意外な言葉が頭を下げている俺に掛けられ、俺は身体を折り曲げたまま千里を見上げて顔色を伺う。

 温和な笑顔が戻った千里、何時もの優しい佇まいの彼女。

 千里は俺の手を取り、両手で握りしめて言った。

「お詫びの品は何かな……? なんちゃって」

 彼女はペロッと舌を出して逃げるように居間のドアに向かい、廊下に出ると振り向いて「日曜日が楽しみです」と言ってニッコリと微笑みを浮かべてドアを閉めた。

 千里……許してくれたんだ。

 俺はホッとして胸を撫で下ろしたが、良く考えればレオナと花蓮を敵に回した事に気付き、また具合が悪くなる。

 レオナには悪い事したな……自転車の後ろでニヤニヤしてたのは俺と千里を仲直りさせる事を考えてた為だったとは……。

 はぁーっ……どうすればいいんだ? あの二人はドライ気質だからまだ交渉の余地はあるか……でもそうで無ければ逆に手が飛んで来そうだけど。

 どっちにしろ解決は遠い。でも、千里の時よりは気楽だ。

 俺は何の根拠も無いが楽観的に考え、若干の小言を毎日チクチクと二人に言われながら日曜日を迎える事となった。

 

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