第33話 策略

 帰り道、俺の漕ぐ自転車の後ろでレオナが「うひひ」と笑いだした。

「何だよ、気持ちわりーな」

 レオナは頬を膨らませて俺の背中を小突いた。

「何よ! 別にいいでしょ? 楽しいこと思いついたんだからっ!」

 いいよな、レオナは気楽で。俺は千里の事を思い出してため息を付いた。

 暫く自転車を走らせ、信号待ちで自転車を停車させた時も彼女は俺の後ろでいきなり吹き出し笑いをして、顔をニヤつかせていてハッキリ言って気持ち悪い。

「何なんだよ、さっきから!」

 俺は何だか自分の事を笑われているようで若干不快になって来た。

「ひ・み・つ!」

 レオナは噛み締めた歯を見せ、満面の笑みで俺に言った。

 それを見て、う・ざ・い! と言葉を返したくなった俺は朝の千里との口論の事を思い出し余計な事を言うまいと口をつぐむ。

 


 自宅に着くと俺は直ぐに家の陰を覗いて千里の自転車があるか確認した。

 戻って来てる……いつもは千里の自転車があることに嬉しさを感じていたが今日は違う。

「意気地なし! ビクビクしちゃって何なのよ!」

 レオナが自転車を覗いている俺の背中に活を入れる。

「レオナにはカンケーねーだろ?」

 言われたくない事を言われ、俺は低い声でレオナを牽制した。

 玄関を開け、家の中に入ると二階に走る足音が聞こえ、ドアが閉まる音が響いた。

 千里……多分俺を避けてる。悲しさと寂しさが入り乱れ複雑な感情を引きずりながら取り敢えず居間に入ると、食卓テーブルにスーパーのレジ袋が放置されていた。

 レオナは冷蔵庫からガラス瓶に入ったウーロン茶を取出してグラスに注ぎ、歩きながらひと口飲むと二階に向かった。

 俺はテーブルに放置されたレジ袋の中を確認して買った食品を冷蔵庫に仕舞う。

 千里は一秒も俺に会いたくないって事か?

 俺は千里がスーパーで買ったであろう食品を、落ち込みながら冷蔵庫に仕舞い終わると重い足取りで階段を登って自分の部屋で制服を着替え、ベッドに腰かけて天井を眺めた。

 何でこんな事になっちゃったんだろ……。

 千里に謝りたい。

 俺はベッドから立ち上がり、ドアノブに手を掛けて止めた。

 拒絶されたらどうしよう……。勇気が出ない、俺はそのままドアを背に寄りかかり、ズルズルと床に腰を降ろした。

 その時、小さなテーブルの上に置いてあったスマホが振動し、俺は焦って四つん這いでそれをすがるように手に取り確認する。

 千里か? 千里なのか?

 SNSにメッセージがある事を知らせるマークを見つけた俺は期待と不安が入り乱れる中、急いでアイコンを押す。

「何だ、レオナかよっ!」

 思わず落胆がそのまま声に出た。

『4:30に居間に来て! 頼みたいコトあるから』

 何だよそれ! アイツは俺を雑用係だと思ってるのか? 回りくどい、歩いて5秒の距離だろうが、直接言えばいいだろ!

 って、もう時間じゃないか……面倒な事を頼まれなければ良いけど。

 俺は部屋を出て居間に下りた。

 居間には誰も居なかった、何だ? レオナの奴、俺を呼び出しておいて……用があるなら早く来いって。

 俺はソファーに座ってレオナにスマホでメッセージを送ろうとしたが、二階から足音が聞こえ、階段を降りてくるのでスマホを触るのを辞めてズボンのポケットに仕舞った。

 居間のドアが開いて入って来たのはレオナでは無く千里だった。彼女は俺を見てハッと驚いた表情を見せたが直ぐに視線を逸した。

 俺も千里と二人きりで同じ空間に居ることに緊張して無意味にスマホを触ってやり過ごす。

 千里は食卓に座り、俺と同じくスマホを操作して、居間で最大限の距離を取る二人。

 なんだこれ? レオナは何やってんだよ! 気まずいから早く来てくれ。

 物凄く居心地が悪く逃げ出したくなった時、洗面所のドアがバンッと開き、レオナが嬉しそうにいきなり現れソファーに腰掛けて千里を呼んだ。

「千里ちゃん、こっち!」

「な、何ですか?」

 千里は迷惑そうに食卓の椅子から立ち上がるとソファーに近づいてレオナの横に立った。

「ここ座って」

 俺の真向かいのソファーの上をポンポンと軽くタップしてレオナが千里に座るように促した。

 何だ、この展開……? ハメられた?

 千里は俺をチラッっと見て、嫌そうに体を斜めにしてソファーに腰を下ろしてレオナに聞いた。

「用事があるなら早く言って下さい!」

 千里がそう言った途端、レオナは一人でブーっと吹き出し笑いをした。

「千里ちゃん、何で作也に怒ってるの?」

 レオナの言葉に千里はソファーから勢い良く立ち上がり、大きな声を出した。

「か、関係無いじゃないですかっ!」

 逃げるように居間を出て行こうとする千里の背中にレオナは叫んだ。

「関係あるよ!」

 レオナの意外な一言に居間は静まり返り、千里は背を向けたまま足を止めた。

「関係あると思いたい……私、嫌だよ……こんな雰囲気……」

 そう言ってレオナは千里の手を後ろから握り、引っ張るとソファーに座らせた。

「千里ちゃん、作也は鈍感バカだから説明しないとわからないの」

 千里は深く俯いて顔が見えず、反応が分からない。

「作クン……言ったじゃ無いですか……埋め合わせするって……」

 顔を上げた千里は目尻に涙をためて「言ったじゃ無いですかっ!」と俺を睨んで声を張った。

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