第32話 不満
次の角を曲がると校門だ、俺は自転車を停め後ろに座っているレオナに言った。
「レオナ、ここで降りて! また先生に見つかったらアウトだから」
「オッケー、作也が降りなよ」
「何でだよ!」
「そんなだから千里ちゃん怒るんだよ、アンタ女の子に歩かせるつもり?」
ぐうの音も出ない、俺って女の子に優しく無いのか?
「はいはい、分かったよ」
俺は自転車をレオナに譲って歩き出した。
花蓮はニヤニヤして俺に手を振った。
「作! 先行ってるね」
何か疲れる、女の子に囲まれて過ごす事がこんなに気を使うとは……。いっそのこと気楽に一人で暮らしたい……。
教室に入ると尚泰が声を掛けて来た。
「おう、作也! 最近早いな? まだ可愛い幼馴染が迎えに来てくれてるのか?」
「ああ、そんな所だ」
「くっそー羨ましいな! お前、花蓮ちゃんとどこまでいった?」
「何がだよ?」
「とぼけてんじゃねーよ! キスぐらいしたのか?」
平静を装った俺だが『キス』というワードに体が反応して一瞬にして体が熱くなった。それを尚泰に悟られないように俺は彼に背を向けて言った。
「バカ言え、そんなんじゃねえって!」
俺は自分の席に座ると隣の席に座っていたレオナが「ヤッホー! 作也」と手を振った。
「何がヤッホーだよ、まったく……」
尚泰は今のやり取りを観て羨ましそうに俺の顔を覗き込む。
「なっ! お前、何時から川崎さんに名前で呼ばれてんだよ!」
「転校初日からだよ、しかも頼んでねーし」
「そ、そうなのか?」
レオナは尚泰に言った。
「何? 変かな? だって呼びやすくない? 藍沢とか舌噛みそうだし」
「か、川崎さんっ! 俺の事も名前で呼んで貰えないかな?」
「いーよ。で、何だっけ名前?」
「岡島尚泰だよ!」
「尚泰か……。じゃ尚君でいい? 私はレオナでいいから」
「い、いいよ! じゃあ……」
尚泰は自分のニヤけた顔を手のひらで叩いて言った。
「レ、レオナっ」
「なあに? 尚君」
尚泰は雄たけびを上げて喜びを爆発させ、レオナはそれを見て吹き出して笑った。
「何、興奮してんだよ尚君」
俺は尚泰を茶化した。
「お前は言うな! 気持ち悪いっ!」
尚泰は噛みつきそうな勢いで唾を飛ばす。
レオナと俺が笑っていると背後で女生徒が通り過ぎ、隣の席の椅子を引いた。千里だ、俺は少しゾクッとして体か強張り、彼女を直視出来ない。
椅子に腰掛けた千里は、俺を拒絶するかのように黒髪をバサッと手で払う。
「美田園さんおはよう」
千里を限りなく放置しておきたかった俺の気持ちに反し、尚泰が彼女に声を掛けた。
千里は尚泰だけを視界に入れ、「おはよう」と返した。
ヤバ、急に息苦しくなって来た、喧嘩してるのに至近距離とか無いだろ! どんな罰ゲームだよ。
「作也も挨拶くらいしたら?」
尚泰が俺の気も知らず、余計な事を言った。
「あ? ああ……。おはよう……」
俺は少しだけ顔を千里に向けて言った。けど、顔を直視することは出来ない。
千里も迷惑そうに小さな声で前を見たまま「おはよう」と呟いた。
お互い無理やり声にした会話、明らかに誰が見てもおかしい雰囲気に尚泰は眉をひそめる。
「作也、美田園さんに謝れ!」
尚泰の意外な一言に俺の声は裏返った。
「はぁ? 何でだよ!」
「どう見ても美田園さん、作也に怒ってるだろ!」
千里も驚いて声を上げた。
「なっ! 何言ってるの? 岡島君⁉ 私は別にこんなバカ――」
イラっとした俺は席から立ち上がって千里に詰め寄った。
「バカッって何だよ! 何怒ってるか分かんねーし!」
千里も立ち上がり俺に食って掛かる。
「分からないからバカなんじゃない!」
「ちょ!
レオナが驚いて俺達の間に割って入った。
大声での応酬にクラスメイト達が驚いて俺達を見ている。
シンと静まり返った教室に担任の先生が入って来て言った。
「どうした? 何かあったのか?」
俺は先生に「何でもありません」と言って席に着いた。
クラスメイトの囁き声があちこちで聞こえる。
「美田園さんキレたの始めて見た」
「何? あの二人? 付き合ってるの?」
「まさか、無い無い!」
最悪だ、簡単に爆発してしまった。お互い不満が抑えられないって事か……。
本当は直ぐにでも千里に謝りたいのに。
朝のホームルームが終わると千里は教室を出て行った。俺と距離を取りたいって事か?
千里はその後も休み時間になる度に俺から逃げるように姿をくらました。どうやら学校内での和解は無理らしい。かと言って家でも合わせる顔が無い……どうすれば……誰か解決方法を教えてくれ。
放課後、千里は一目散に教室を後にした。一日中千里は俺を遠ざけ、見えない壁を作り続けた。もう修復は不可能なのか? そんなのは嫌だ、きっと千里だってそう思ってくれている筈だ。
千里と喧嘩してからというもの、ずっと解決策を探しているが答えは出ない。気分が重くなり、帰宅するのが怖くなる。
重苦しい気分で席から立ち上がれないでいるとレオナの明るい声が聞こえた。
「作也、帰ろ?」
俯いている俺の視界に横から顔を出してニコリと笑ったレオナ、トレードマークのポニーテールがゆらゆらと揺れ可愛らしい。
「ああ……帰るか……」
こんな可愛い子に帰ろうと誘われれば殆どの男の気分は晴れるだろうが、今の俺に効果は無いらしい。
「うわっ、暗っ!」
俺はジト目でレオナを見た。
「そんな目で見ないでよ! マジで怖いから。あーあ、私も家に帰るの嫌だなぁ、険悪な二人が居るから……」
レオナは俺の背中をバシッと叩いて「ちょっと! しっかりしなさいよね!」と口を尖らせながら無理やり席から引っ張り上げた。
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