第31話 和解不能

 やっちまった、最悪な展開だ、引っ越しの手伝い以来、初めて千里の部屋に入ったのがこの結果とは。

 俺は逃げるように階段を降りて居間に戻った。

 ソファーの上でレオナが飲んでいた湯呑から唇を離し、首を傾げて俺を見る。

「どうしたの? 千里ちゃん叫んでたけど……」

「謝りに行って千里の部屋のドア開けて貰ったのに転んじまって、千里の胸気づいたら思いっきり掴んでた……」

 レオナは呆れたように大きくため息を付いた。

「あんたホントバカでしょ? それともワザと?」

 レオナは立ち上がって俺に顔を近づけた。

「ワザとなわけ無いだろ!」

「どうだか? 作也って偶然装ってるんじゃ無いの?」

 レオナにまで顔を顰められ、俺の信用度は地に落ちた。なんだか最近ツイてない、結局千里が何を怒っているのか分からないし、胸を掴んだことで余計に事態は難しくなった。



 晩ご飯時になっても千里は居間に姿を現さなかった、レオナと二人切りで摂る食事も会話が弾まない。

「ねえ、作也。千里ちゃんに早く謝った方が良くない?」

 レオナが箸で俺の顔を指し、先端をクルクルと回す。

「そんなの分かってるよ……だけど……」

 大っ嫌いって言われたし……。

「だけど、何?」

「原因が分からないんだ」

「あー、なるほどね。分からないのが原因だよ」

 レオナは漬物を箸で次々と口の中に放り込む。

「なんだよ、それ?」

 ぼりぼりと子気味いい音を立て、レオナは食べながら話した。

「何か大事なこと忘れてない? 原因はそれだよ。作也が正しく回答欄を埋める、そしたら千里ちゃんはきっと赤マルつけてくれるよ」

 はぁ? 何か余計訳が分からなくなった。

 思い出せ! 千里が帰ってきた時は機嫌が良かったじゃないか……俺の停学期間を学校に掛け合って上手く行ったと喜んでいたし、その後レオナが着替えて戻って来たら千里がキレた……レオナのせい? いや……レオナが消えた途端千里は甘えてきたんだ。

 そう言えば約束って……コレだ! 約束が分からないんだ。千里は『こないだの約束』って言ってたよな、って事は約束したのは今日じゃない。何時だ……? 

 暫く考えたが俺が千里と何を約束したのか思い出せなかった。

 どうしよう……単刀直入に千里に約束が思い出せないと言って謝って聞き出すか……でも今は無理だ、少し時間を置こう、明日になれば千里も少しは話を聞いてくれる筈だ。



 翌朝、居間に入ると千里はキッチンで作業をしていた。

 俺は少し緊張したが、いつも通り彼女に声を掛けてみる。

「おはよう、千里!」

 居間がシーンと静まり返る。なっ! 無視かよ! どうする? こうなりゃ伝家の宝刀平謝りを出すしか無いか……でもそんな所をレオナに見られたくないし、まだ早い……千里だって何時までも意地は張らないだろう、きっと状況は変わる……。

 ここは敢えてスルーだ。

 俺は洗面所に向かい、ドアノブに手を掛けようとして立ち止まった。閉まっているドアを開けるのが怖い。ここは我が家の火薬庫、俺は恐る恐るドアをノックしてみる。

 中からの反応は無い、いや待て! もう一度だ。俺はドアを強くノックした、誰もいないな……。

 俺は警戒しながらドアを開く。

「うわーーっ!」

 目の前にレオナの顔がどアップで待ち構えていて俺は身体をビクッとさせて大声を上げてしまった。

 レオナは俺の反応を見て満足そうにウシシと笑い「少しは成長したみたいね」とからかう。

「脅かすなよ!」

 俺は自分の胸を手で押え、大声で叫んだ。

 ずれたTシャツの首元から白いブラの肩紐を覗かせたレオナは勝ち誇ったように俺に指をさす。

「いい? 作也。女の子は朝の支度が忙しいの! だからアンタは朝、洗面所使わないで!」

「そんなの横暴だぞ!」

「うるさいっ!」

 レオナは洗面所のドアをバンッ! と強く閉めた。

 何なんだよ、まったく……肩身が狭い……ここって俺の家だよな? どうしてこうなった?

 食卓テーブルを観るとトーストが用意されていた、千里は怒ってるけどご飯は作ってくれたらしい。

 俺は食卓に向かい、椅子に座ってキッチンで背を向ける千里に「ご飯ありがとう」と頭を下げて箸を握った。

 千里は背を向けたまま俺を無視し、居心地か悪い俺は早食いをする。

 数分で食事を済ませ、シンクに食器を下げる時に千里の横顔を覗こうとすると彼女は俺から顔を背けた。

 なっ! 意固地になりやがって!

 俺は彼女の態度にイラッとしたが、原因は自分にある事を思い出し、冷静にと心の中で呟いて彼女から離れて部屋に戻った。



「あれ? 千里っちは?」

 迎えに来た花蓮が不思議そうに、玄関前で自転車に跨ったまま聞いた。

 俺が返す言葉が見つからずに居ると、レオナが代わりに答えた。

「千里ちゃん作也におっぱい揉まれて怒ってるから来ないよ」

 花蓮は眉間に皺を寄せ、ジト目で俺に冷たい視線を送る。

「おま……、変な言い方するなよ!」

「だって本当じゃない」

「それは床に転んだときに手が着地した所にたまたま千里の胸があって不可抗力で触ったっていうか手が乗っかったっていうか……兎に角事故だ事故っ! それに怒ってるのはそれが直接的な原因じゃないし!」

 俺は無罪だと言わんばかりのオーバーアクションが逆に信ぴょう性を低下させる。

「何? その言い訳がましい説明は……。どーせ作が約束すっぽかしたりしたんてしょ?」

 花蓮は腕を組み、呆れたように言った。何で分かった? 流石、幼馴染……。

「でも、これはチャンスかも……」

 嬉しそうに微笑んだ花蓮が呟いた。何がチャンスだよ! 頼むから静観しててくれ。

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