第27話 事故

「どうしたんですか⁉」

 悲鳴に驚いたのか千里がピンクのパジャマ姿で二階から飛んできて、床にうずくまって鼻を押えている俺の傍に屈み、背中にそっと手を添える。

「いや……ちょっとな……」

「ちょっとじゃ無いですよ⁉ 血出てますけど!」

 焦っている千里の後ろで洗面所のドアがバンッと勢いよく開いた。

「そいつはヘンタイよっ! って大丈夫⁉ その顔!!」

 黄色いパジャマを着たレオナが驚いて、血を流してうずくまる俺を見た。



「何かゴメン……」

 シュンとしたレオナは、ソファーで千里に傷の手当を受けている俺に謝った。

「いや……俺こそいきなり開けて済まなかった……」

 レオナが咄嗟に投げた化粧水の瓶が俺の顔面に直撃し、痛みで顔を擦っていると鼻血が噴き出し、俺の顔を血で染めた。表面の傷は大したことは無い、少し腫れて皮がむけた程度だ。ただ、痛くて顔を押さえていたから顔に血が付いて酷い怪我に見えてしまい逆に二人を驚かせてしまった。

「ちょっと見せて!」

 レオナが千里を押し退け鼻の傷をグリーンの瞳でマジマジと眺める。うわっ、近っ! 濡れた金髪は纏められる事は無く結構長い、彼女はその胸元まで掛かっている可愛らしい髪の毛先を両手で握りしめている。

「痛そー」

 人指し指を伸ばしてレオナは傷口をチョンと押した。

「痛って!」

 俺は体をビクッとさせた。

「あっ、ゴメン……」

 俺の顔を上から除き込み、前屈みになったパジャマの襟元からレオナの重力に負けた胸の谷間が見え、俺は目を逸らした。さっき見た形のいい綺麗な胸とスレンダーな白い体を思い出し顔が熱くなる。

「レオナさん、どいて下さい、絆創膏貼りますから」

 千里がソファの前にペタン座りをして絆創膏の剥離紙をめくり待ち構えている。

 目の前のどアップの美少女がレオナから千里に変わる、千里は床からお尻を上げて膝を小刻みに動かして横に移動し、大きな目をパチパチと瞬き、慎重に絆創膏を貼ってくれた。

 俺はソファーから立ち上がり、絆創膏の感触を指で確かめるとレオナに頭を下げた。

「済まない、レオナ。許してくれ、わざとじゃないんだ」

「もういいよ作也、アレは事故みたいなものでしょ? 私も悪かったし……」

 レオナは腕組みをして赤らめた顔を俺から逸した。

「ゴメン、今度工務店が来たら鍵付けて貰うから」

「えー? いいよ、そこまでしなくても……入る前にノックすればいいでしょ?」

「いや、そういう訳には……シェアハウスだから全部屋に鍵は付ける予定なんだ」

 千里は立ち上がって言った。

「作クン、そんなの要らないですよ、煩わしいじゃないですか?」

「そうだよ、いちいちメンドいし。私、鍵付けてもらっても掛けないと思うよ。大体お風呂に誰かが入ってたら洗面所使えないなら、かえって不便だし嫌だよ」

「そ、そうか?」

「無くていいよね? 千里ちゃん!」

「そうですね。作クンがノゾキが趣味なら物置に鍵付けて監禁部屋作りますけど……それまでは要らないです」

 おい……監禁部屋って今、サラッと言ったな。

「そっか……それなら作也の部屋に外から鍵掛けれるようにすれば良いんじゃない?」

 おいおい、それは無いだろ!

「いいですね……」

 片手で顎をそっと掴み、伏し目がちに思案する千里。

 なに真剣に考えてんだよ、怖いって。

 千里は俺に言った。

「監禁って少し憧れますね、何とも言えない背徳感がありますし……」

 俺は口元を引つらせて言った。

「犯罪ですよ……千里さん……?」

 プッと吹き出した千里は「冗談です」と言って目を細めた。

 レオナは掛け時計を指差して俺たちに言った。

「もう12時だよ、寝よ?」



 翌朝、俺はスマホが振動する音で目を覚ました。

「ねむ……」

 まどろみの中、顔を掻いた指先にツルっとした感触を感じた、何だこれ? 絆創膏?   

 ヤバっ! 朝飯作らないと!

 俺はベッドから飛び起きてスウェット姿で階段を駆け下り居間のドアを開けた。

「おはようございます、作クン」

 キッチンで朝ごはんの支度をしている千里が振り返ってニコリと笑う。

「ごめん千里! 今日は俺が当番なのに……」

「別にいいですよ、明日やってくれれば」

「ああ、分かった。でも晩はちゃんと俺が作るから」

 俺はそう千里に告げて頭を掻きながら洗面所のドアを開けた。

 洗面所には制服のワイシャツに白いショーツ姿のレオナが髪を纏めようとしていた。

「あっ……!」

「作也ーっ‼ アンタねえ……」

 レオナが拳を握って眉をヒクヒクさせ、低い声で睨んだ。

「ち、違っ……」

 俺は後ずさりしながらレオナとの距離を取り居間のソファーの端に足を取られ、そのままソファーに背中から倒れ込んだ。

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