第26話 解散

 俺は紙箱の中を覗いて言った。

「うわっ、何か凄いな!」

 ゴテゴテのフルーツがトッピングされたパイに俺は顔をしかめる。

「何、その反応! これだから男子は……」

 花蓮はため息をついて眉をひそめる。

「いや……どう見てもこのパイ、フルーツ盛りすぎだろ、冷静に見たら雑な感じさえするし」

「はぁ? 作クン……これのどこが雑なんですか? これは宝石ですよ!」

 千里はそう言って、やれやれと言わんばかりに首を大きく横に振り両手を広げた。

 千里……そんなセリフ、今どき食レポのコメディアンでも言わないと思うぞ。

「作也、取り皿。あと、お湯沸かして!」

 うげっ! さっきまで喜んでいたレオナまで言い方がキツくなってるし……地味に怒ってるな……。どうやら俺の感想は女子ウケしなかったようだ。

 このような状況になると俄然アウェー感が強い。まだ上辺だけの付き合いのくせに女子同士結託するとは……。空き部屋はまだある、今後また年頃の女子が入ってきたら俺の肩身は狭くなる一方だろう。



 お湯が沸き、俺は彼女たちの飲み物のリクエストに応えていた。

 コーヒーに紅茶、緑茶……容赦ない。彼女らに妥協の文字は無いらしい。

 俺はコーヒーを二人分淹れ、自分の分を確保した。

 飲みのもをローテーブルに運び、包丁を握った俺はワンホールのパイを切り分けようとパイに刃を当てる。

「本当に4分の1も食べるのか?」

 俺は三人をチラチラと見渡して聞いた。

 花蓮は重なった取り皿を両手で握りしめ、パイをガン見しながら答えた。

「イケるよ、デザートは別腹だし」

 その言葉に深く頷く女子たち。

 太るぞ…………。あぶねー、また余計なことを言いそうになった。この状況は空気を読むという日本人必須のスキルを磨く良い訓練になりそうだ。

 包丁に体重を掛け、パイがサクッと音を立てる。切り分けたパイを皿に乗せ、飲み物をお嬢様たちに配る執事と化した俺。

 花蓮と俺はコーヒーを、千里は紅茶、レオナは緑茶だ。

 やっぱりレオナは和を意識しているようで可愛い……。

 彼女たちは目の前に差し出されたパイに歓声を上げて早速それを口に運ぶ、嬉しそうな声がそれぞれに上がっていたが暫くすると三人は無言になってパイに集中し始めた。

 俺は静かになった居間に笑いが込み上げたが此処で口を滑らす訳にはいかない。

 そんな可愛らしい彼女たちを眺めつつ俺はパイにフォークを入れる。確かにこのパイは見た目に反して美味い、意外とクセになりそうだ。

 レオナが居候していた部屋の住人のお勧めだと言うこのパイは、地元の店だったが俺はその存在を知らなかった、多分今後もこの店のお世話になるだろうが、きっとお値段は張るのだろう。



「じゃあね、また明日!」

 満面の笑みで花蓮は玄関ドアを閉めた、俺達三人は彼女を見送り居間に戻る。

 怒涛の一日が終わり俺は物凄い脱力感に苛まれた。

 大量の皿がテーブルに溢れ、見ただけで疲れる、俺はローテーブルの皿をお盆にのせシンクに運ぼうとするとレオナが俺の背中をポンポンと軽く叩いた。

「あ? どうした? レオナ」

「作也、後片付けは私がやるから」

 俺の持っていたお盆を掴み、彼女は俺に微笑んだ。

「そっか? 何か悪いな……。食器は仕舞わなくていいから洗ったら籠にブッ込んどいてくれ」

「オッケー」

 レオナは千里のフリフリの白いエプロンを巻きシンクに向かった。

 俺と千里はテーブルの使った食器を積み重ね、シンク脇に置いた。

「じゃあレオナさん、お願いしますね」

 千里は布巾をシンクで湿らせてテーブルを拭き始めた。

 手持無沙汰になってしまった俺は食卓の周りをウロウロして仕事を探した、俺だけ遊んでいるようで落ち着かないからだ。

 そんな俺を千里はチラチラと眺め、手を止めて言った。

「作クン、こっちはもういいですからお部屋で休んでて下さい」

 千里に促され、自室に戻った俺はベッドに寝転んだ。何か良い香りがする……部屋に女子を入れたからだ。

 何だったんだ今日は、マジで疲れた……。

 やっと一人になれた俺は安堵からか急に瞼が重くなった。

 


 煌々とLEDのシーリングライトに照らされ、俺は不意に目を覚ました。

 やべ、寝ちまった……。

 俺はムクリと上半身をベッドから起こし、スマホを探した。

 床のラグに落ちていたスマホを見つけた俺はベッドに座り、それを拾い上げて画面を点けて時間を確認する。

 11時半か、眠い……俺はボーッとしながらあくびをして階段を下り、洗面所に歯を磨きに向かう。

 居間には誰も居なかったが電気は点いていた、もう二人は部屋に戻ったらしい。

 居間を通り過ぎ、洗面所のドアを開けるとレオナが鏡の前でミントグリーンのショーツ一枚の姿で立ってバスタオルで髪を拭いていた。

「えっ…………?」

 レオナは俺を直視して小さな声を上げた。

 形の綺麗なバストを俺に晒したまま硬直する彼女は、みるみる顔を真っ赤にして口をワナワナさせ大きく息を吸った。

 俺は声を上ずらせて手を体の前でバタバタさせて言った。

「ち、違う……わざとじゃ」

 レオナの絶叫が家中に木霊した、まるで殺人現場に遭遇したテレビドラマの女優のように。

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