第22話 家主

 出ない、クソ親父がっ! 何度電話を掛けても繋がらない、どこの国に居るんだよ! 俺はしつこく電話を掛け続けた。

 数分間そんな事を繰り返し、諦めかけた頃電話が繋がり、スマホからけだるそうな声が聞こえた。

『んぁ? 誰? こんな夜中に』

「夜中じゃねえって。いいか、よく聞け! アンタ自分の家、誰かに貸したか?」

『家? 何だっけ?』

「川崎レオナって人に家貸さなかったかって聞いてんだよ!」

『あーっ! あの話? そうそう、俺の家、シェアハウスにして貸す事にしたんだわ』

「シェアハウス⁈ 何勝手なこと言ってんだよ!」

『旅の資金不足で息子に仕送り不可能になったからシェアハウスにして自活させるんだよ、ナイスアイデアだろ?』

「はぁ? アンタ馬鹿だろ! 保護者が責任果たさなくてどうすんだよ!」

『だって、無い袖は振れないでしょう? 帰る金も無いし。だから息子には自活して貰うしか無いんだってば……ってアンタ誰?』

「お前の息子だよ」

『あー? 作也? 何だよ紛らわしい。まあそういう事だから頼むわ』

「頼むわじゃねえだろ! どうすんだよ!」

『近々工務店に家改造して貰う手筈取ってるから心配するなって、改装費は出すから!』

「いや、そういう問題じゃねえだろ」

『もう決めちゃったもん、契約書も交わしてるから破棄するなら違約金払わないといけないし……』

「違約金って……」

『そーゆ事だから頼むわ、俺の部屋使わせてやっていいから。じゃ元気でな作也!』

 プツッと電話は一方的に切られ、脳内の回線がショートしたかのように考えが纏まらない。意味わかんねぇ……頭を押さえ、俺はレオナをチラッと見た。

「大家さん! お世話になりまーす!」

 レオナはヒョンと飛び跳ね、俺の腕にしがみついてグリーン色の目を細めた。

 花蓮は目をパチクリさせ、自転車に跨ったまま俺に聞いた。

「さ、作? もしかしてアンタの家、シェアハウスになったの……?」

「らしい……」

「えーっ! ズルい! 私も住みたいっ! 家賃いくらなのっ?」

 自転車から身を乗り出して花蓮はグイグイと俺に迫る。

「知らないよ」

 俺はそんな花蓮をいなすようにぶっきらぼうに答えた。

「水道光熱費込み、ネット使い放題で5万だよ」

 レオナはそう言うと自分のカバンから大きな茶封筒を出し、その中から書類を俺に見せた。

 賃貸契約書……マジなやつだ……、俺はその書類を念入りに確認する。

「なになに、契約期間は2年間、家賃5万。追加費用? 食事1日2食追加で月1万?! 何それ!」

「どうしようかなぁ? ご飯作るのメンドイし安いから頼むかな?」

 レオナはピンク色のエナメルの財布をカバンから取り出すと、中から1万円札の束を取り出してペラペラとめくり、俺に渡した。

「はい、家賃とオプションの食事で6万円」

「ははは……」

 殺される、千里に殺される……。

 花蓮は真顔で俺に言った。

「いーな、私も住みたい」

「花蓮は無理だろ」

 俺は素っ気無く答えた、ここで花蓮が意地になって親に相談でもしたら面倒くさい事になる。

 面白くなさそうな花蓮は何か思いついたのかハッとした表情で言った。

「そうだ、川崎さん! 今日遊びに行ってもいい? 引っ越しも手伝うから」

 は? いきなり何言ってんだよ! さっきからレオナに苛ついてたくせに。

「助かるーっ! いいよ、来て来て。そうだ、いっその事引っ越しパーティしようよ! あと、花蓮ちゃん、私レオナだだから」

「うん、やろやろ! レオナっち」

 レオナっちって……俺は盛り上がる二人に言った。

「あのな、勝手な事言うなよ」

「私が借りた部屋で何しようと自由でしょ? それとも何? そーゆー事にイチイチ許可要るんですか? 大家さん!」

 俺に可愛い顔を近づけ、ニンマリと笑うレオナ。それに対して俺は返す言葉が出ない。

「作也! 自転車貸して? 私、荷物取って来るから。花蓮ちゃん、手伝ってくれる?」

「行く行くっ!」

 レオナと花蓮が俺に手を振り、自転車を走らせてポニーテールとツインテールが制服をなびかせて路地に消えた。

 取り敢えず千里に教えてやらないと……考えただけで具合が悪くなる。

 俺は自宅のドアを開け、重い足取りで居間に向かった。

 居間に入るとソファーに座って紅茶を飲んでいた千里が俺をチラ見するなり言った。

「あの転校生、お知り合いなんですね。作クンって可愛い子に知り合いが多くてびっくりですよ」

 ツンとそっぽを向いた千里、口が尖っているけどそれもまた可愛らしい。

「千里、その件なんだけど……」

 俺はドキドキして息が詰まった。

「何ですか? その件って……」

 怪訝な顔で俺を眺める千里、眼つきが怖い。

「今日から家に川崎レオナさんが住むことになったんだ」

 紅茶のカップをローテーブルに置き千里は言った。

「そうなんですか……? はぁ⁉ 今何て!」

「川崎レオナと俺達は同居するんだ」

「な、な……何でですかっ!」

 千里は勢いよく立ち上がって俺の眼前に迫り、歩みを止めず俺を壁に追い詰める。

「ウチの親父が金が無いからこの家をシェアハウスにして貸し出したんだ、それで川崎が最初の借主で賃貸契約も親父と交わしてて――」

「えっ? 嘘でしょ? だったら一緒に旅してる私のお父さんにもお金が無いって事なの?」

 千里は小走りでスマホをローテーブルから拾い上げ、速攻親父さんに電話を掛けた。

「出ません……」

 脱力した千里はフラッとソファーに倒れるように深く座った。

「千里、聞いてくれ。川崎が来る前に親父の部屋を片付けないといけないし、食堂として1日2回食事を作る事になってるんだ」

「食事……?」

 千里はソファーにゴロンと倒れて小さな声で呟いた。

「そんなの無理ですよ……」

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