第20話 刺客

「どうしたんだ作也? グッタリして」

 教室で尚泰が、机に上半身を投げ出している俺に言った。

「いや、チョットな……」

「夏バテか? まだ早いだろ、夏は始まったばかりだぞ」

 俺は隣で静かにタブレットで小説を読んでいる千里を一瞥した、彼女はいつも通りに他人を演じている。

 花蓮は窓の外を眺めて笑って誰かに手を振っていた、朝の事など何も無かったかのように。

 頼むぞ花蓮……。

 俺は出がけに千里との同居を黙っていてくれと花蓮に頼み、彼女は軽々とそれを了承してくれた。あのペラペラと話すのが好きな花蓮が何時まで黙っていられるか心配だが、もうどうしようも無い、今から真っ当な言い訳でも考えておくべきか……。

 黙っていてくれたとしても安心は出来ない、逆に考えれば弱みを握られているという事だからだ。

 今後花蓮が黙っているのを条件に無理難題を押し付けて来るかも知れない。

 想像しただけで頭が痛くなる、美少女二人からのキスの代償がこれとは……。

 チャイムが鳴り男性担任が教室に入って来て「皆、席に着け」と言い、教壇に登る。

 クラスメイトはわらわらと自分の席に座り静かになった。

「お早う。今日は皆にいい知らせがある」

 勿体ぶって先生は皆の顔を見渡して一人笑った。

「転校生を紹介する、入りなさい」

 クラスメイトから期待と不安の歓声が上がり、教室の入り口に皆の視線が集中する。

 入り口のスライドドアが開き人影が教室に足を踏み入れる。スカートから飛び出した細長い陶器のような白い足、背は高く髪は金髪ポニーテールの日本人離れした容姿。

 息を飲む美しさに絶句するクラスメイトをよそに、俺は静まり返った教室で口走った。

「は? スーパーのお惣菜女じゃないか……」

「あーっ! アンタあの時の!」

 彼女は大股を開いてビシッと俺を指差した。

 俺は全クラスメイトから視線を浴びた、女子からは憧れの、男子からは妬みの視線を。

 先生は言った。

「何だ? 藍沢、知り合いか」

「いや、知り合いっていうか……昨日たまたま……」

 俺は愛想笑いで誤魔化してクラスを見渡した。千里は俺に恐ろしいジト目を浴びせている……その事に気付いた途端、俺の体が錆びたロボットのようにガクガクと軋み出す。

 先生に自己紹介を促された転校生は姿勢を正し声を張って言った。

「皆さん、はじめまして。私は川崎レオナです、見た目はこんなだけど日本人です。えっと……どうぞよろしくお願いします」

 拍手が起こり、先生は言った。

「はい、皆、仲良くしてやってくれ。じゃあ、藍沢の左一個ずれてそこに座って」

「えっ? 何で俺の隣……」

 後ろの席で尚泰が喜びの声を上げて俺に言った。

「やったな! このエリア、天国になるぞ」

 いや、地獄だろ。

 俺の川崎レオナに対する第一印象は最悪だからだ、タイプ的には花蓮ぽいけど、花蓮は長年の付き合いで何でも言える仲になっただけ。

 だけどアイツはどう考えても面倒くさいタイプだ。

 俺の左隣に空けられた机に川崎が座った。

 彼女は俺に向ってにっこりと微笑み、「よろしくね? えっと……」と困った顔をした。

「藍沢だ、藍沢作也」

「作也か、オッケー」

 軽っ! 何、この態度。

「ねぇ作也、私帰りここ行きたいんだけど、場所分かんないから案内してくれない?」

 いきなり呼び捨てからの道案内? はぁーっ、疲れる。

「案内って何処だよ?」

「ちょっと待って」

 川崎はスマホの画面を細い指で拡大して住所を俺に見せた。何だこの爪? 絵描いてるし……。ネイルアートに意識が取られ、スマホの画面に集中出来ない。

「ん? 俺んの近くだな、そこなら帰り案内してやるよ」

「助かったー! 私、土地勘なくてさ。そうか、作也んち近いんだ……じゃあ引っ越し手伝って?」

「引っ越し? まだなのか?」

「うん。今、ネットで知り合った人に空き部屋借りてるんだ」

「何でそんな回りくどい事してんだよ?」

 レオナは顎に人差し指を当てて天井を眺めると、俺に視線を戻して説明した。

「何だったっけ……契約が何とかで今日からじゃないと引っ越し先に入れないんだよ」

「親は? 一緒じゃ無いのか?」

「うん、私の両親医者なんだけど、なんちゃらの医師団とかで海外の戦地に出張中なんだ」

「はぁ? 戦地⁉」

「後方だから大丈夫らしいよ……。だから私一人だけなんだ。でも、引っ越し先シェアハウスだから楽ちんだしね、早く帰ってそこの住人達と仲良くしたいよ」

「シェアハウスか、楽しそうだな」

 でも、うちもシェアハウスみたいなもんか……。

「川崎さん、質問質問!」

 尚泰が後ろの机から身を乗り出して話に割って入る。

「なに?」

「川崎さんて彼氏いるの?」

 いきなりそれかよ! 

「いないよ。私、外国人に見えるからモテないし」

 尚泰は笑った。

「あー、なるほどね。川崎さん黙ってたら英語話しそうだし躊躇するよな」

「それそれ、私カフェ行ったらいきなり英語のメニュー見せられた事あるし、そんなの出されても分かんないっつーの!」

 尚泰、川崎めんどくさそうだから、あと頼むわ。俺は千里の目もあり、彼女とそれ以上話すのを辞めた。

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