第15話 口論
六畳間ほどの広さのカラフルな個室に通され、花蓮はカラオケ店の受付で手渡された大きな端末でフードメニューを開き、俺に見せた。
「作、何食べる?」
俺はその端末の画面を覗き込んだ。
「え? 凄いな、何でもあるじゃないか!」
「だから言ったでしょ? 私はガパオライス頼むけど」
「んじゃ、俺もそれで」
「オッケー、担々麺ね」
「は? だから――」
「同じの頼んだってつまんないでしょ? 味見出来ないし!」
出た! 味見女。
「あのな、俺は……」
花蓮は俺に有無を言わせずに端末を操作し、注文確定ボタンを押した。
個室のドアの外から低音がドンドンとリズムを刻んでいる、昼間とは言え結構客はいるみたいだ。
「作、曲入れてね?」
慣れた手つきでタッチペンを動かす花蓮は「よし!」と言ってマイクを握って立ち上がった。
壁に取り付けられた大きな液晶画面に曲とミュージシャン名が表示されたが俺にはさっぱり分からない。
イントロが始まり花蓮は全身でリズムを取る。
なんだ、さっき観た映画の挿入歌じゃないか。アニメの映像が流れ、少し恥ずかしそうに花蓮は歌い出した。
カラオケの一曲目は気恥ずかしい、まだこの空間に馴染んでないからだ。でも今日は二人きり、構える必要は無い。
「上手いな……花蓮」
小柄だからか分からないが、地声が高い花蓮は高音も透き通るような綺麗な歌声で難なく歌っている、そういえば花蓮とカラオケに来たのは中一以来か? あの時は友達が大勢居たが花蓮の事は殆ど覚えていない、俺自身カラオケが初めてで皆の前で歌う事に抵抗があったからだ。
花蓮が上手に歌い上げるとマイクを通して俺に言った。
「次、作ね!」
「あ、ああ」
「まだ入れて無いの?」
花蓮みたく上手い奴とカラオケに来ると俺は若干、劣等感に苛まれてしまう。俺は高音が出ないから、だから歌える歌も少なくて真新しい曲はまず歌わない。
俺は歌いやすい無難なちょっと古い曲を入力してマイクを握った。
花蓮は個室に置いてあったタンバリンを手に取り、シャカシャカと振って俺を見つめながら一緒に歌ってくれた。何か優しい、花蓮って気が強いけど、何だかんだいい子なんだよな。
ノルマを果たし、俺がマイクを置くと次のイントロが流れ花蓮が歌い出す。俺は花蓮に何曲も歌わせ、俺はたまに歌う、そうしているうちにドアがノックされ店員が食事を運んで来た。花蓮は歌い終わってマイクを置くと「早速食べよう?」と言ってスプーンを握った。
俺が担々麺を半ほど食べたところで花蓮は言った。
「交換しよ?」
「えっ? 味見じゃ無くて交換かよ?」
「うん、最初からそのつもりだし、こっちのも美味しいよ?」
俺達は食器を交換し、再び食べ始める。コレって間接キスだよな……ええい! バカか俺は、中学生でも無いんだから何意識してんだよ!
花蓮は担々麵をすすり、「美味しーっ!」と声を上げる。
やっぱり花蓮は何も意識してないぞ、気にするな!
「辛ーい!」と言って花蓮はコップの水を飲み干し、続けて言った。
「作と間接キスしちゃった!」
その言葉を聞いた途端、俺はむせた。
「バカッ! 何言ってんだよ!」
俺は何度も咳込み、顔を赤くした。
「大丈夫?」
花蓮は俺の隣に座り、背中をさすった。
何だこの光景、この間もこんな事があったような……。
「間接キスくらいでそんなに咳込まないでよ、昔は良くキスしたじゃない」
シートに体を折り曲げ、背中を擦られていた俺は、顔を上げて答えた。
「それはガキの頃の話だろ!」
ムッとした花蓮は口を尖らせて言った。
「でもホントじゃない! 私のファーストキス、作だもん」
「そんなの大昔だろ? 幼稚園の頃の話じゃ無いか!」
「私の唇を奪っておいて幼稚園だから無効だって言うの? そんな事いうなら作と一緒にお風呂に入ったのはつい最近じゃない、小3だよ小3!」
怒った花蓮は俺を威圧するように体を寄せた。
「そ、それは……」
俺はあの時の事を思い出し、顔が熱くなった。お互いの体の違いを確認しあった事を。
「私の体タダ見したくせに! しかもあの時触ったよね!」
唾飛んでるって、興奮すんなよ花蓮!
「セーフだろ、セーフ! 小3はギリセーフだよ!」
俺はのけ反りながら反論する。
「無効だのセーフだのこの男はっ!」
花蓮は俺のシャツを両手で掴んだ。
「いや、無効とは言って無いだろ」
「ううっ」
花蓮は急に目にいっぱい涙をためて下唇を噛み、泣きそうな顔をした。
「私はあのあと、もう作と結婚しなきゃいけないと思ってたのにっ! 一緒にお風呂に入ったから赤ちゃん出来ちゃうって本気で思ってたんだから!」
「花蓮……」
俺はいきなり泣き出した花蓮に困惑して呟いた。
ボロボロと涙をこぼして花蓮は言った。
「私、今でも作が好きなの!」
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