第14話 行きたい所

「それで? 夏蓮は何処に遊びに行きたいんだよ」

 ふふーんと笑顔を見せた夏蓮は俺をビシッと指差してまくし立てた。

「映画行ってカラオケして中央公園散策して仕上げにカフェ行くの! いい?」

「はあ? 盛りすぎだろ! せめて二つに絞れよ!」

「イケるよ、さっき時間逆算したけど」

「いや、無理だって! 夜になるだろ!」

「たまにはいいでしょ?」

 花蓮は前屈みになり、俺にウインクしていたずらっぽく笑った。

「遅くなったら親父さんに怒られるぞ」

「大丈夫だって! お父さん、作となら結婚許すって言ってるくらいなんだから! って映画の時間に間に合わなくなるから行くよ!」

 夏蓮は自転車のスタンドを揚げ、ハンドルを押しながら飛び乗った。

「ちょ、待てって!」

 俺は焦って自転車の鍵を開け、ツインテールをなびかせて離れて行く彼女の後を追いかけた。いつも通りの関係性、夏蓮には家族のように何でも言えるけど気が付けば主導権を握られている。

 親に結婚を許される仲? 実際夏蓮と結婚なんてしたら尻にひかれるのは間違い無しだ……、千里となら……脳裏に先程のジト目のシーンがよぎり、恐妻家になり果てた虐げられる自分の姿が見える。

 美少女って怖いな……内面から来る自信がサイコ感を増幅させるのか? それともチヤホヤされるのが日常の人生が感覚を狂わせて行くのか? やっぱり美少女は観賞用だ、俺の真の恋人はこの地球の何処かにきっといる筈だ。

 そんな事を考えつつ俺は花蓮に追いつき、自転車を並走させ駅に向かった。



「早く!」

 夏蓮と俺は駅のコンコースを走り抜け、駅ビル直結の厚めの絨毯の敷き詰められた映画館のロビーに駆け込んだ。

 壁際に数台設置された券売機の順番待ちの列に並び、落ち着かない様子で時計の針を気にする花蓮。

 色々予定をブッ込むから時間が足りないんだろ? とソワソワしている花蓮の背中に言葉を掛けようと思ったが、言った途端に反撃に遭うのは目に見えて俺は敢えて口をつぐむ。

 そんな俺たちを助けるように直ぐに順番は回り、慣れた手つきで購入コードを入力した花蓮は、まだ整っていない息のまま発券されたチケットを俺に手渡した。

「え? アニメ観んのかよ!」

「そうだよ? 小学生の時、作と一緒に観たヤツの続きだよ! 楽しみでしょ?」

「まだ続いてたのかよ、前の話全然覚えて無いけど……」

 この作品の監督は仕事が遅くて有名だった、毎年のように作る作る詐欺を連発し何とか話題を作っては続編の完成を先延ばしにしていて俺は既にこの作品から興味が失せていたんだった。

「大丈夫だって、冒頭で3分で解る解説あるらしいから」

 俺達は振り返ってスクリーンに向かおうとすると、背後に亡霊のようなメガネ女子が立っていて思わず俺は声を上げた。

「一ノ瀬っ! お前、何で此処に!」

 クックックッと彼女は奥歯で噛み殺したような笑いで俺に言った。

「藍沢……意外とアンタってモテるんだね、二日連続とは……」

 うわーっ! 意味深な事言うなよ! 一ノ瀬は昨日会った時と同じような恰好をしていて、また見られたくない状況を見られ、俺はタイムリープをしている気分になった。

 花蓮は一ノ瀬の意味深なセリフに反応せずに言った。

「加奈子っちも映画観るの?」

 花蓮も一ノ瀬と付き合いは長い、小中高と同じ学校だからだ。

「三島、藍沢と付き合ってたんだ。仲良しなのは知ってたけど……へぇーっ」

 一ノ瀬は薄笑いを浮かべた。

「べ、別にそんなんじゃ無いって! たまたま暇だったから」

「焦ら無くても大丈夫だって、黙っててあげるから」

 胸を撫で下ろした花蓮は言った。

「そ、そう? お願いね? で、加奈子っちは何観るの?」

「アレだよ」

 一ノ瀬は眼鏡を光らせながら映画の大きな広告を指差した。

「なんだ、私達と同じだよ」

「そうなんだ?」

「急いだ方がいいよ加奈子、時間ないし」

「ヤバっ、そこどけろ!」

 一ノ瀬は焦って券売機を操作し始めた。俺達は軽食コーナーでドリンクを買い、映画館の制服を着たモギリの若い女性にチケットを渡した、モギリはアルミの袋に入った入場特典を替わりに差し出したのでそれを受け取ると、背後から音も無く駆け寄って来た一ノ瀬が俺の耳元で囁いた。

「藍沢、昨日の事、黙っててやるから特典寄越せ」

「うぇっ? お、おう……」

 俺は一ノ瀬に特典を渡した。

 別に特典はどうでも良かった、それよりも昨日の事を脅迫材料として使われたことに一抹の不安を感じる。

 一ノ瀬……コイツもまた、俺を悩ませる人員の一人になりそうだ。

「何? 加奈子っち、これ欲しいの?」

 花蓮はスクリーンに向かう赤い絨毯のひかれた廊下で、一ノ瀬に特典を差し出した。

「え? いいのか三島! うおおおっ! 恩に着るぜ!」

 メガネの奥の瞳を輝かせ、一ノ瀬はそれを受け取り、小躍りした。



 映画は満足のいくものだった、画像が美しく難解なストーリーが俺をスクリーンに釘付けにした、上映が終わり廊下に出ると花蓮も楽しそうに映画のシーンを真似しておどけながら俺に話し掛け、映画館のロビーで背伸びをして言った。

「おなか空いたから次、カラオケね」

「はぁ? 何でカラオケで飯なんだよ!」

 花蓮は俺の顔の前で人差し指をチッチッチと横に振り、分かってないと言わんばかりに腰に手を当てて言った。

「作! カラオケ屋さんのご飯を舐めたらダメだよ!」

「そ、そうなのか……?」

「ここの上がカラオケ屋さんだから行こう?」

 映画館のロビー奥のエスカレーターを指差して、花蓮は俺の手を引っ張った。

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