第13話 不意打ち
「大丈夫でしょうか? 一ノ瀬さん……」
家に戻るなり千里は伊達メガネ越しに、玄関前で鍵を開ける俺に聞いた。
「まあ、信じるしかないな。アイツは学校では口数も少ないコミュ障だから拡散はされないだろう」
「そうなんですか? 随分と冗舌でしたけど……」
千里は不安そうに俺を眺めた。
「大丈夫だよ、アイツは俺に慣れてるんだ。仲が良いって訳じゃ無いけど地元が同じで何年も同じクラスだったから、でも教室じゃ静かな奴だよ」
「それなら良いですけど……」
玄関ドアを開け、二人が中に入ると千里は言った。
「遊び疲れたので晩は軽くお蕎麦でいいですか?」
「蕎麦か、それもいいな。頼むよ千里」
「はい、お安い御用です!」
千里はギャル姿のまま黒いエプロンを巻き大きな鍋にお湯を沸かし、小鍋で麵つゆを温める。
鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けた千里は「あった!」と言って食材を幾つか取り出した。
翌朝、いや……もう昼近い時間、俺はスマホの振動音で目を覚ました。あれ? 日曜なのに目覚ましか? 解除して無かったっけ……。
俺は充電中のスマホを布団の中から手を伸ばして画面を眺め、眠気が吹き飛んだ。
花蓮からの着信だ、俺はまた彼女に振り回されるような気がして電話に出るのを躊躇ったが呼び出しは止まらない。
ど、どうする? 俺は頭を掻きむしりながら恐る恐る電話に出た。
「もしもし、花蓮? なん――」
『あ? 作? 今近くに居るんだけどそっち行っていい? どっか遊びに行こうよ!』
寝起きで頭がボーっとしているのに早口でまくし立てる花蓮に、俺の脳の処理速度が追いつかない。
「近くって
『もう作ん
「は? 何言ってんだよ、そんないきなり来られても困るぞ! って切れてるし!」
勘弁してくれよ、どうする? 取り敢えず着替えないと!
俺はベッドから飛び起きて、急いで床に脱ぎ散らかした皺が寄った服に腕を通した。
トントンと階段を誰かが昇ってくる音が聞こえ、俺はドキンと体を硬直させた、まさか花蓮なのか?
ドアの向こうで声がした。
「作クン? 起きて下さい! 三島さんが来てますけど」
ゴンゴンと強いノック音で、千里が急かすように俺にプレッシャーを掛ける。
「今行くっ!」
俺はズボンのベルトを締めながら階段を降りて用心しながら玄関ドアを少し開けた。
体を斜めに向けてスマホをいじっていた夏蓮はこちらに気づき言った。
「あ、作? 入っていい?」
夏蓮がドアを引く。
「駄目だって!」
俺はドアノブに体重を掛け、抵抗する。
「何でよ! 入れてって!」
「あ、遊びに行くのか? ちょ、ちょっと待ってろ!」
俺はドアを閉めて速攻鍵を掛けた。
「はぁーっ!」
玄関前の廊下に仰向けで寝転がり、俺は脱力感に襲われた。
居間のドアが開き、千里が俺に近寄ってしゃがみ込むと耳元で囁いた。
「夏蓮さんとデートですか? じゃ、ご飯は抜きでいいですね?」
ご飯抜きってどういう……千里は微笑して立ち上がると居間に戻りドアをバンッと閉めた。
「千里……さん……怒ってますよね……」
俺のつぶやきが虚しく廊下に響いた。
「ちょ、作っ! 開けなさいよ!」
籠った声が外から聞こえ、夏蓮がドアを激しくノックして呼び鈴を連打している。
「ヤバい!」
俺は焦って部屋に戻り、身支度を整え、財布を尻のポケットに差し込んで急いで玄関に向かう。
居間を覗くとソファーに千里が腰掛けていたが、タブレットで顔を隠し、俺をガン無視状態だ。
俺は彼女に恐る恐る声を掛けた。
「千里……行ってくるわ……」
タブレットを少しだけ下げ、俺と目を合わせた千里のジト目が怖い、でもこれは夏蓮を千里から遠ざける為でもある。
俺はそっと居間のドアを閉めた。
千里は俺が居なくなった後でどんな反応をするんだろう? 想像するとちょっと怖い。
玄関ドアを開けると夏蓮は居なかった、「あれっ?」俺が周りを見渡すと、彼女は家の前に自転車を停め、スマホを眺めながら立っていた。
「あっ、作! 遅いよ!」
俺に気づいた夏蓮は少し拗ねた感じで言った。
夏蓮は清楚な白いレースの半袖ワンピースを着ていた、髪はいつものツインテールだけど新鮮だ……。夏風にスカートと髪が揺れ、まるで映画のワンシーンみたいだ。夏蓮ってこういう格好もするんだ、可愛いんだけど……。
「な、何?」
黙って彼女を眺めていると、夏蓮は上目遣いで俺に聞いた。
「いやぁ、案外似合ってるな、その格好」
「案外って何よ! バカ作っ!」
夏蓮は両手を握って背伸びをして怒って続けた。
「わ、私だってこういう服着るんだからっ!」
「分かったって! ゴメンゴメン! 言い方が悪かったな」
「じゃあ、言い直してよ!」
「え? そのだな……いつものミニスカ姿も好きだけど、今日の夏蓮は何て言うか……新鮮で可愛いよ、見た目はお淑やかだし」
夏蓮は大きくため息を付いて片手で顔を覆いうな垂れた。
「作ってホント一言多いんだって! 何? 見た目はって! そこ要らないから!」
少し怒った顔で、でも嬉しそうな声で花蓮は微笑んだ。
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