第12話 帰路

「千里ってスキー出来る?」

「やった事はありますけど、上手くは無いですよ」

「じゃ、これから滑ろうか?」

 キョトンとして千里は俺を眺めた。

「は? 雪も無いのに?」



 ブーツにキャタビラの付いた短いスキーのような物を履き、ストックで体を支えている千里に俺は草を刈り込んだゲレンデの下方で手を振り「ここ迄来れるかー?」と叫んだ。

「行くよーっ!」

 元気に飛び跳ねた千里はヘルメットを被り、グラススキーを滑らせ斜面を下りる。

 シャラシャラとキャタピラが軽快な音を立て千里が俺の傍に来た。

「上手いじゃないか、千里!」

「楽しいね、これ!」

「慣れて来た事だし、一緒に行くか?」

「うん!」

 千里は可愛く頷き、ストックで地面を蹴った。彼女の大きめのTシャツが風に揺れ、涼しそうだ。それを見て俺も後に続く、二人は並走して斜面をスラロームしながらお互いを見つめ合い、微笑み合う。グラススキーは速度が出ない、その分楽しめる時間が長い、此処のグラススキー場はゲレンデが長く下まで降りるのに10分は楽しめる、俺達はそこで何度か短いリフトに乗り滑降を繰り返し、小一時間体を動かしグラススキーを楽しんだ。

 リフトで麓まで戻りグラススキーを返した俺達はそのままなだらかな斜面に作られた大きな花壇を眺めて時間を潰す。ここもこの施設の売りで広大な面積を贅沢に使った作りで散歩するには疲れるくらいだ。

 千里はスマホで花の写真を撮ったり珍しい蝶を見つけて眺めては俺を手招きして呼んでリラックスした仕草で俺に話し掛けた。

 そうこうしているうちに日は傾き始め、俺達はスキー場を後にして広大な駐車場にポツンと停まっている駅へ向かう送迎バスに乗り込んだ。

 バスの乗客は10人ほどで、俺と千里が隣同士に座るとバスのドアが閉まり、軽くホーンを鳴らしてゆっくりと走り出した。

「ありがとう、作クン。すっごく楽しかった!」

 駅に着くと千里はシャツの首元に挟んでいた黒い伊達メガネを思い出したように掛けた、千里は変装してるつもりだろうけど冷静に考えればこれは只の可愛い子ぶった千里だ、彼女を知ってる人なら一瞬その姿のギャップにギョッとはするだろうが、顔を見れば直ぐに彼女だと気が付くだろう。

 でも、あり得ないって先入観が大きなカモフラージュなのかも知れないな、だから心配はしていない。

 眼鏡の千里を見つめると何だか胸がキュっと痛くなる、俺って眼鏡っ子が好きなのかも知れない……そんなバカな事を考えつつ俺と千里は改札をくぐった。



 電車に揺られること十数分、千里の頭が俺の肩に乗った。さっきからコクリコクリと眠そうに列車のシートに座っていた彼女の重みが俺の上半身に少しづつ掛かって来る。近すぎて寝顔が見れないのは残念だ……居間でたまに居眠りしている千里は見た事はあるが、俺に寄りかかって寝ている姿は向かいのガラスの反射でしか確認出来ない。

 あと三駅だ、このまま寝かせておこう、俺は千里の体勢が崩れないように見守った。

 次の駅に列車が停まり、車内が揺れ千里はビクッとして目を覚ました。

「作クン、やだ……私……起こしてくださいよ」

 千里はキョロキョロして脱力した体勢を元に戻し、向かいのガラスに映る自分の姿を鏡代わりに髪を手櫛で整え密着した体を離す。

 ドアがシューと音を立てて開き、まばらに人が出入りする。俺達の前でつり革を掴む人のオレンジ色のスニーカーを何となく眺めていると頭上から声が掛かった。

「へぇ? 意外や意外、大スクープだね」

 聞き覚えのある声に二人はハッとして顔を上げた。

「一ノ瀬!」

 俺は声が詰まりそうになった、クラスメイトの一ノ瀬加奈子が嬉しそうなニヤケ顔で俺達を見下ろしていたからだ。

 彼女は公然とオタクを宣言している腐女子だ。いわゆる根暗の娘という佇まい、メガネで長い前髪が特徴の黒髪ロングに私服はいつもオーバーオールを着ているイメージしか無い。細く色白の顔が不健康そうだが、顔自体は整っていて可愛い部類に入る、だが本人はそれを自覚していないのか磨こうとはしていないようだった。

 彼女はボソッとした声で独り言のように千里に言った。

「二人が付き合ってるとか皆が知ったら腰抜かすわ。でも何で藍沢なの? 美少女には平凡過ぎない?」

 彼女はレンズの大きな赤くて細い金属フレームの眼鏡をクイッっと人差し指で整えて千里を覗き込む。

「い、一ノ瀬さん! 違うの! さっき偶然彼と会って何となく会話してただけなの」

 千里はいつもの冷静さを欠き、両手をブンブンと振って一ノ瀬を見上げ、上ずった声で否定した。

「さっきベタベタしてたの電車の外から見たよ。いいから隠さなくても、誰にも言わないから」

 俺は焦って一ノ瀬に言った。

「い、いや、ホントにさっき車内で会っただけで――」

 いきなりスマホをこちらに向け写真を撮った一ノ瀬、その行動に俺は絶叫した。

「うわーっ! 消せって!」

 俺は彼女のスマホに手を伸ばした。

 一ノ瀬はそれを避けて俺に言った。

「見田園さんのギャルコスプレ撮っただけだよ、萌えだよこれは! これは可愛いって! 女だけど嫁にしたいくらいだよ!」

「一ノ瀬さん、だから藍沢君とは――」

「解ったって! 言わないから心配すんなって、しつこいなぁ」

 ニンマリと笑顔を作り、一ノ瀬は手のひらをヒラヒラさせて大丈夫だと言っているようで俺はもう口を開くのを辞めた。

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