第11話 お出かけ
「可愛い…………」
長い沈黙の後、俺は静かな玄関でボソッと答えた。
千里は嬉しそうに微笑み、靴箱を開けてハイカットの白いスニーカーを取り出して屈んで履いた。
「私、作クンに初めて可愛いって言われたかも」
「そっ、そうかな?」
「そうだよ」
千里は立ち上がって俺に体を寄せ、目を細めた。
玄関に出ると千里は自分の自転車を家の陰に取りに行かないで、自転車に跨る俺の傍に立っていた。
「どうした? 千里、自転車は?」
千里は俺の自転車の後ろに跨り、腰にいきなり抱きついた。その瞬間、彼女から良い香りが漂い、俺は脳天に落雷が落ちる感覚に襲われた。
ちょ、これって思いっきりデートだろ!
ヤバい! ドキドキして来た、背中に何か柔らかいものが当たってるし。
顔が熱い、多分赤くなってるんだろう、俺はペダルに体重を掛け、顔に風を当てながら快晴の中、駅へ向かった。
「3番ホームか。千里、走るぞ!」
ホームに列車が入ってくる音が聞こえ、俺は階段を一段飛ばしで駆け上がる。
「作クン、待って!」
千里も焦って俺の後を追った。
階段の上から多くの人が降りてきた、俺たちは人の波を避けながら壁際を走り、何とかホームに着くと急いて列車に乗り込んだ。
千里は俺のシャツの背中を摘んて息を切らして体を屈めている。
笛の音が聞こえ、列車のドアが閉まった。今日は土曜日、いつもよりは乗客は少ないが、席は空いていなかった、俺はドア近くのつり革に掴まり、千里は手摺を握り俺と目を合わせ微笑んだ。
恐らく千里はこの列車の中で一番の可愛さだろう、俺は急に千里と一緒にいる事に恥ずかしさを覚えた。
不釣り合い過ぎる……。
俺は千里から人一人分つり革を移動し、はた目から見て他人同士と思える距離を取った。
千里は俺をチラッと眺め、隣に移動する。
俺はなんとなくまた移動する。
「作クン、逃げないで下さい!」
少し睨んだ顔で千里は俺の腕に掴まり、伊達メガネの顔を近づけて続けた。
「やっぱり変だと思ってるんでしょ?」
「いや、思ってないって!」
「じゃあ、何で逃げるんですか?」
「それはなんと言うか……千里が可愛過ぎて……その……俺と不釣り合いで一緒に居るのが逆に恥ずかしいって言うか……」
クスクスと口に手を当てて笑った千里は言った。
「何ですか、それ? そんな事無いですよ。作クン格好いいですから、自信持ってください!」
俺が格好いい? 産まれてこの方、言われた事ないけど。
乗車から数十分が経ち、席が空いたので俺と千里は隣同士横並びに座った、短パンから伸びる白い細長い足が眩しい、きっと俺より長いに違いない。
「あと二駅ですね」
目的地の仲山高原駅、そこはには巨大スキーリゾート施設がある、雪の無い夏に此処に来る意味は……。
「凄い綺麗! でも怖いっ!」
二人乗りのリフトに乗り、スキー場のてっぺんに向かう途中、伊達メガネを外して千里は叫んだ。
リフトが山肌から10メートルは上を移動している、落ちたら絶対に死ぬ高さ、しかも安全バーは細いパイプ一本だけ、コレは怖い。
「千里は怖がりだな」
俺も怖いけど女の子の手前、カッコはつける。
俺の腕をギュッと掴み、体を寄せる千里の髪の毛が風に揺れ、俺の顔をくすぐる。
新緑の木々が草の生えたゲレンデと対照的に周りに生い茂り空は雲ひとつ無く青い。
ケーブルに吊るされたリフトの殆どは空席だった。でも、自然の中ならこの方がいい。
「気持ちいいーっ!」
千里は片手を天に伸ばし叫んだ。滑車の上をリフトを吊るしたワイヤーが通過しカタカタと揺れる振動が心地良い。
リフトを降り、俺達は目的地に向かう。
スキー客が使う山小屋風食堂兼休憩所、歩いて直ぐの可愛らしいログハウス風の建物は夏場だけオシャレなカフェになっていて避暑地としては知る人ぞ知るといった穴場だ。
出掛けた時間も遅かったので、もう昼時は過ぎていていたが店内は年配の人が多く賑わいを見せていた。
俺達は景色の良い席に通され、ここに来たら食べるべきと言われているハンバーグセットを注文した。
「作クン、良くこんな素敵な所知ってましたね?」
千里が穏やかな笑顔で言った。
「ガキの頃、親父と来たんだ。母さんが死んでふさぎ込んでいた俺を無理に連れ出して……」
「……そうなんですか……ごめんなさい、変なこと聞いて」
千里は俯き、股に両手を挟んだ。
「こっちこそゴメン、気にしないでくれ。俺は此処で気分が晴れたんだ、だから千里にもこの景色を見せたくて……しかも飯が美味いから生き返るしな」
「待ち遠しいです、お腹も空いて来ましたし」
「千里の両親は離婚だっけ?」
「そうなんです、お父さんあんなだから……作クンなら分かると思いますけど冒険家の嫁は気が持たないらしいです」
「ははっ、確かに」
暫く話をしていると香ばしい香りと共に鉄板に乗ったハンバーグを店員が台車で運んで来た。
パッと顔を明るくした千里は俺とその食事を堪能し、最高のひと時を過ごした。
食後の珈琲を飲み終え、余韻に浸っている千里に俺は言った。
「この後が楽しいんだよ」
「えっ? 何がです?」
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