第10話 謝罪
「ごめん、千里! このとおりだ!」
俺は居間で床に膝を付いて彼女に頭を下げていた。
「作クン! 私がどれだけびっくりしたか解ってるんですか?」
「か、花蓮が強引で上手く行かなかったんだ!」
千里は腕を組んで制服姿のまま居間に立ち、威圧するかのような態度で俺を見下ろしている。
「ちゃんと断らないからこうなるんですよ。三島さん、作クンの部屋見たいとか言ってましたし……このままじゃ、また家の中に入って来ますけど、どうするつもりですか?」
「何とかする! 何とかするからっ!」
千里は小さくため息を付き、ソファーに腰掛けた。
「何とかって……作クン、三島さんに圧倒されてたじゃないですか! しかもデレデレしてたし!」
いやぁ、デレデレはしてないと思うけど……追い返すのに必死だったから。でも、批判は甘んじて受けよう、今朝の出来事は圧倒的に俺が悪い。
機嫌が直らない千里、それを見越していた俺は最終兵器をカバンから出した。
「千里、これで勘弁してくれ」
俺は白い紙箱をソファー前のローテーブルに乗せた。
千里は訝しげにその箱を眺めたが、箱の蓋を止めている金色のシールを確認して目を見開いた。
「えっ? 菓子工房メイなのっ?!」
前のめりになった千里は目を輝かせて蓋を開けた。
「美味しそう! ありがとう作クン!」
俺のシナリオは完璧だった、年頃の女子ならこの店のロゴを見ただけで気絶すること間違いなし、地元で名を轟かせる名店のシュークリームだからだ。
千里は「紅茶っ! 紅茶っ!」と可愛らしく小踊りしながら戸棚を開けて、とっておきのチョットお高い英国王室御用達の四角い缶に入った紅茶葉を取り出した。
居間に平和を取り戻した俺は畳み掛ける、千里の好物のグラタンを今晩のメニューにしていたからだ。
俺は学校帰りのスーパーで買っていた食材を食卓に置いた、というよりは彼女に見せ付けた。
「ん? 今日はグラタンですか?」
千里は声を弾ませて俺の背中に手を添えた。その瞬間、俺の体に電気が走った、軽く触られただけなのに……どうやら俺には女耐性が無いらしい。
しかし、ここまで上手く行くとは……俺は心の中で小さくガッツポーズをした、授業をよそに一日中考えたシナリオは無駄じゃなかった。
翌日、学校が休みだった事もあり、俺は遅い朝をベッドの中で迎えていた。カーテンの隙間から夏の強い陽射しが差し込んで壁に細い光の線を作っている。
「10時か……そろそろ起きないと千里が怒るな……」
俺は着替えもせずパジャマ姿のまま居間に下りた。
「作クン、おはようございます」
千里はもう身支度を整えてソファーに腰掛けていた。白いシャツにデニム生地のロングスカートを身に纏い、ラフな格好なのにファストファッションのモデルのような絵になる佇まいで。
まあ、元がいいと何を着ても決まるよな……。
タブレットで本を読んでいた千里は画面を消してローテーブルに置き「いま、作りますから」と言って立ち上がった。
キッチンに入ってエプロンを巻き、黒髪を黄色いシュシュで結んだ千里、その一連の動きに俺は彼女が自分の奥さんになった気分になり、照れくさくなってしまった。
「作クン、今日はお出かけするんですか?」
千里は俺に背を向けたまま調理しながら聞いた。
「別に予定は無いけど……」
白いトースターに食パンを入れダイヤルを回した千里は振り返ってモジモジしながら言った。
「私……作クンとお出掛けしたいです」
顔を赤らめ、上目遣いで千里は俺を見ている。か、可愛い……朝っぱらなのに理性が飛び、抱きしめたくなる。
照れくさくなった俺は頬を人差し指で掻きながら目を思いっ切り逸らして言った。
「俺も千里とたまには出掛けたいけど、外で一緒に居るのがバレたら――」
彼女はトコトコと歩いて俺の目の前に迫って来て言った。
「バレなきゃいいじゃないですか!」
俺は距離を詰めて来る千里にたじろぎ、後退りしつつ聞いた。
「いいじゃないですかって簡単に言うけど難しいだろ?」
「私、変装しますからっ!」
遅い……千里のやつ……いつまで待たせるんだよ! 女子は準備に時間が掛かるとはいうものの『直ぐですから』と言ってから何分経つんだよ!
俺は三和土に放置され、玄関ドアに寄りかかっていつ現れるとも分からない彼女を待つ。
変装って言ったって千里みたいなシルエットからして美人なら、知り合いが見たら直ぐに彼女だとバレるだろう。
居間のドアが開き、廊下に出て来た千里、俺はその姿に息を飲んだ。
千里はギャルになっていた。英語のロゴが入ったキャプを斜めに被り、大きな黒縁の伊達メガネを掛けダボダボのカラフルなTシャツに、ほつれた薄色デニムの短パンを履いている。長い生足をドバッと惜しげもなく見せつけ、髪は黒いけどクリクリとした巻き髪……最高に可愛い。
俺は清楚系美少女のギャップに見惚れ、言葉を忘れたかのように暫く放心した。
「へ、変かな?」
余りにも無言で見詰めている俺に向って千里は不安そうに聞いた。
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