第9話 昼食

 登校から十数分が経ち、教室に生徒が増えて来た。千里も何食わぬ顔で教室に現れ、友達というかファンのようなクラスメイトの女子が彼女の周りに集まり、談笑している。

 花蓮は千里を確認すると俺を鋭い目でチラッと見た、俺と千里の関係性を見抜こうとしているように。

 千里は自分の席に座ろうと此方に歩いて来た、その様子を目で追う花蓮、そして俺を同時にギロリと睨む二人。

 はいはい、文句は個別に伺います。

 俺の席の前で机に腰かけている花蓮は席に着いた千里にいきなり言った。

「見田園さんって作の事どう思ってるの?」

 うわーっ! 出た! 空気を読まない直球女。

 意表を突かれた千里は口を閉じる事を忘れ、少し驚いた様子ながらも冷静な口調で言った。

「藍沢君のこと? ただのクラスメイトって認識だけど……どうかしたの?」

 肩に掛かった長い髪をバサッと手で跳ねながら若干挑発的な態度で千里は答えた。いつも穏やかな千里の言動とは思えない、きっと朝のやり取りが気に入らないのだろう。

「ベ、別に何でもないわ。ただ、聞いてみただけよ!」

 いつもは強気な花蓮でも千里の態度にたじろいたのか、彼女は机からピョンと飛び降り、自分の席へ戻って行った。

 二人のやり取りを見て、隣の席で溜め息を付いた俺に千里が視線を向けた。冷たい、冷たすぎるぞ! 初夏とは思えない寒さだ。

 まあ、怒るよな普通……朝の件は大失敗だったから。きっと千里も花蓮が家に上がり込んで来て狼狽しただろうし。

「なになに? 花蓮ちゃん、ジェラってんのかよ? 可愛いな!」

 尚泰が俺をからかって背中を小突き、口元を手で隠して千里をチラチラ見ながら小声で言った。

「でも、見田園さんは見当違いだろ? お前に気がある訳がないし」

 おい、千里に聞こえてるって! 余り彼女を刺激しないでくれ。



 昼休み、俺の隣の席で千里がいつもの巾着袋から弁当箱を取り出した。俺も弁当を…………あっ、無いんだった、朝バタついたから。

 俺の分なんて無いよな……俺は千里をチラッと見た。

 流石に弁当を手渡す姿はクラスの皆には見せられないだろうし。

 俺は席から立ち上がり、振り向いて後ろの席で弁当を用意している尚泰に言った。

「尚泰。俺、購買行って来るわ」

 彼は俺を見上げて言った。

「珍しいな、作也。弁当無いのか?」

「ああ、今日は家に花蓮が来たから作る暇無くてな」

 俺は席から立ち上がって尻ポケットから財布を取り出した。

「作もごはん買いに行くの?」

 花蓮が俺の財布を見て跳ねるように駆け寄って来て言った。

「そうだけど、花蓮も飯無いのか?」

「作っ! 一緒に買いに行こ!」

 花蓮は俺の腕にウシシと笑いながらしがみ付いて、あからさまに千里を眺めた。これは明らかに挑発行為。可愛い花蓮にくっ付かれるのは悪い気はしないが、千里から黒いオーラが出ているのが俺にだけ見え、背筋が寒くなる。

 千里はガン無視で応酬するかのように立ち上がり、俺達に背を向けてファンの子たちと机を繋げた。

 俺と花蓮は一階の購買へ向かった、花蓮は俺にくっ付き勝ち誇ったかのように満足げな表情を浮かべている。

「なあ花蓮、そろそろ離れてくれないか? ちょっと恥ずかしいし」

「あっ、ごめん!」

 顔を赤くした花蓮は俯いて俺を上目遣いで眺め、手を離した。

 ぐっ! 何だよ、今日の花蓮……可愛いぞ、お転婆のくせに腕を上げやがって。でも……千里のガン無視姿が脳裏をよぎり、この感情に後ろめたさを覚える。



「出遅れたかーっ。もう買うもの無いよ」

 膝に両手を付いて大げさに首を振り、花蓮はため息交じりに俺に言った。いつもは生徒でごった返し購買の中にも入れないのだが、閑散とした購買に着いた俺達を待っていたのはスカスカの商品棚。

 購買の商品棚のパンは残り僅かで、余り物でもあったので不人気商品の陳列棚と化していた。

「豆パンとかビミョー」

 花蓮は口を尖らせた。

「しょうがないだろ? こんな物でもお菓子食うよりはマシだよ」

「私は甘いのとしょっぱいのが食べたいのっ! もう甘いのしか無いし最悪!」

 花蓮は陳列棚から豆パンとレーズンパンを手に取り、紙パックのウーロン茶をガラス戸を開けて掴み不満げにレジに出した。俺は選ぶよしもなく二枚の食パンの間にイチゴ風味ジャムとマーガリンが挟まった自宅でもまず作らない罰ゲームのようなパンを手にした。

 これに金を払うのかよ……でも仕方ない、俺はレジ前の太いオレンジ色の魚肉ソーセージも手に取り、緑茶のペットボトルを買った。

 購買を出ると花蓮はため息を付き、買ったパンを眺めていたが、ハッとした表情で俺に言った。

「外行こう?」

「はぁ? めんどくさ。時間無くなるだろ」

 俺はあからさまに嫌な態度を彼女に示した。

「いいから、いいからっ!」

 俺に拒否権は無いらしい。花蓮は国連常任理事国かのような強引さで嫌がる俺の背中を押して外に連れ出した。



「案外、気持ちいいな」

「でしょ?」

 俺達はグラウンドの角に数か所設置されているベンチに座ってパンをかじっていた、昼休みグラウンドでサッカーに興じる男子生徒を眺めながら。

 花蓮はレーズンパンのレーズンが殆ど入っていない事にぶつくさと文句を言っていた。

「これ、詐欺だよ。こんなのレーズンが殆ど入ってないパンって名前で売らないと」

「仕方無いだろ?」

 俺は皮をむいたピンク色の魚肉ソーセージをかじりながら言った。

「作、一口ちょうだい!」

「はぁ? それ食ってろよ」

 何で女って人の食ってる物食いたがるんだよ。

「しょっぱいのが食べたいのっ!」

「仕方ないな、ほれ」

 俺は花蓮に、半分食べて短くなった魚肉ソーセージを差し向けた。

 パクッと花蓮はそれに食いつき、一口食べると、残りを咥えて離さない。

「ちょ、食い過ぎ!」

 俺は仕方なくソーセージを放した。

 花蓮はピンク色のソーセージを指で口の中に押し込むと満足そうな表情で笑った。

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