第3話 昼休み

 昼休み、尚泰は俺の机の上の弁当を覗き込んで関心した様子で言った。

「それ、自分で作ったのか? 作也って女子力高いな」

「うぇ? あははは。そうかな?」

「ウチの母さんのよりも旨そうな弁当じゃないか」

 俺の隣で本当の弁当製作者である千里が『当然じゃない!』と言っているかのように若干の笑みを浮かべている。

 千里が赤い花柄の巾着袋から水筒と弁当箱を取り出すと、尚泰が彼女に声を掛けた。

「見田園さん、一緒に食べない?」

 は? 何言ってんだよお前! 余計なこと言うなよ!

 千里はその言葉に一瞬固まったように俺達を一瞥し、「いいけど……」と言った。

「ほ、本当?」

 尚泰は顔をパッと輝かせ喜びを隠せないようだ。

 千里は俺の机に自分の机を向かい合わせにくっ付け尚泰に笑顔を見せる。

 何考えてんだよ千里、断れよ。もしかして朝の報復か?

 弁当箱を開け、千里は水色の水筒のボタンを押すとカポッっと蓋が音を立てて開いた。

「うわー見田園さんの弁当美味そう、自分で作ったの?」

 尚泰が千里の輝きを放つかのような弁当箱を覗き込んで聞いた。

「え、ええ」

「ん? 何か作也の弁当に似てね?」

 俺はドキッとして二人の弁当を見比べた、似てるっていうか同じだろ。

 証拠隠滅だ、俺はオカズをたて続けに口の中に放り込む、千里も焦って同じ食材を消すように口に入れた。

「ん? 似てるか? 同じ冷凍食品かな?」

 俺はすっとぼけた。

 千里は手作りのオカズを冷凍食品呼ばわりされたのが気に入らなかったのか眉をヒクつかせた、なんせ全部のオカズが手作りだからだ。

「見田園さんって確か一人暮らしだよね? 親が海外に出張してるとかで」

「ええ、そうだけど」

「どこに行ってるの?」

 千里は唇に人差し指を当て、天井を眺めながら言った。

「アフリカとか南米が多いかな……」

「そういえば作也の父さんもアフリカと南米に行ってるよな? 何かカッコいいな、親が海外に居るとか」

「別に大した事じゃ無いだろ? 日本で安全に稼げるならそれに越したことは無いし」

「夢がないな、作也は。見田園さんもそう思わない?」

「そうね、作クン――い、いえ、サクサク稼げるからって冒険しないなんてつまらないわ」

 ちょ、その呼び方! 俺は喉が詰まりそうになった。

「ん? 今作也のこと作くんって言わなかった?」

「言ってないわ。で、岡島君は海外志向なの?」

 うわー、さすが千里、動じない。

「そりゃ、チャンスが有れば行きたいよ」

「じゃあ、英語頑張らないと」

「見田園さんは英語ペラペラだもんな、羨ましいよ」

「私は勉強したわけじゃ無いからチョット卑怯かもね、海外で生まれ育ったから」

「海外生活か……日本なんて帰ってきたらつまらないんじゃ無いの?」

 首を傾げ、少し間を置いて千里は尚泰に言った。

「そんな事無いけど……。第一安全だし、人もグイグイ来ないから過ごしやすいし」

「モテたでしょ、見田園さん、可愛いから」

 尚泰が冗舌だ、完全に千里に魅了されマシンガントークが止まらない。

「どうかしら? いろんな人に声は掛けられたけど、それが文化みたいな所があるからモテてたのか分からないわ。しかも日本に帰ってきたら殆ど話し掛けられないし……」

「それは見田園さんが可愛すぎて、誘おうとした奴が自分じゃ不釣り合いだと思って話し掛けないんだよ、爆死するのが分かってるから」

「買いかぶり過ぎよ、ねぇ、作――さ、さあ、お昼休みが無くなっちゃうから早く食べましょう?」



 弁当を食べ終わった俺たちは机を元に戻した。まだ昼休みの時間は多少ある、俺は千里から距離を置きたくなり何気なく教室を後にした。

 千里も廊下に出て、俺とは反対方向に歩いて行くので胸を撫で下ろす。

 だけどそんな平和は何時までも続かなかった、スマホに千里からのメッセージが届き、呼び出しを食らう。

『いつもの所に来て』

 メッセージはそれだけ、逆に怖い。

 俺は観念して屋上へ出る階段の踊り場に向かう。

 まるで処刑場の十三階段のような気分で階段を登ると千里が腕組みをしながら指をトントンと落ち着かない様子でリズムを刻み俺を待っていた。

「千里、何?」

 俺は階段の下から踊り場に立つ彼女を見上げた。

「足りないの」

 千里は俺をチラチラ見ながら恥ずかしそうに頬を赤くして言った。

「は? 何が? 昼飯か? さっき食ったばかりだろ」

「はぁ? バカっ! 作クンが足りないの!」

 千里は俺の腕を引っ張り上げ、体を引き寄せた。

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