第13話 サン・クレメンテ攻防戦(13)

「…まぁ、良い。ここで話していても、仕方ない。シェルダン、今の時点では、上陸許可は出さない」


「ですが…」


「どのみち、ほとんどのふねに補給が必要だろう。先に上陸した連中に、周囲全艦の着艦準備をさせろ。誰が帰星して、誰を残すか――それも話し合わねばならないしな」


 誰を残す――その言葉で、表情をやや厳しくしたシーディアに、シェルダンもバルルークも僅かに眉をひそめた。


 2人の変化に気付いたシーディアも、憮然と両の腕を組んで、右手の指を苛立たしげに、左の二の腕にタップさせた。


過剰殺戮オーバーキルと騒がれている基地を放置して帰る程、私は能天気ではない。そもそも、ノティーツが言っていた『内通者』の話が手付かずだろう。その話を隠すために、この騒ぎが仕組まれた可能性だってある」


『まだ、いますかな?我々が地球軍と争っていた間に、警戒を擦り抜けた可能性も――』


「ノティーツが基地を閉じたタイミング、シェルダンがウイルスをばら撒いたタイミング、カミジョウが第一艦隊艦載機部トルナーレ隊を先行させたタイミング――それらを考えると、内通者本人が逃げ出す隙はなかった筈だ」


 バルルークの疑問に、間髪入れずにシーディアが返す。シェルダンは、その言葉を噛み締めるように目を閉じ――やがて、頷いた。


「…そうですね。私がプログラムを解凍する前後において、基地から艦は一隻も出させていませんし、出ようとする艦もありませんでしたね」


 いない――また、真顔でしれっと物騒な事を言っている。


 バルルークは乾いた笑い声を漏らし、シーディアは内心で、専門家は呼ぶまいと、密かに決めていた。


 どうしてもと言うなら、落ち着いてからメーカーの担当者でも派遣させれば良いとしか思えなかった。


『すみません、少々このまま、お待ちいただけますか。…どうやら基地からの通信です』


 3人の会話が途切れた僅かなタイミングで、滑り込んできた音があった。

 軽く頷くシーディアに、バルルークが席を外して、画面の奥へと下がる。


『…辺境衛星からの、徴用兵?』

「⁉︎」


 通話の相手自体は不明だが、バルルークの声は、シーディア達にも届いている。


『いや、捕虜や罪人ならともかく、今の金星に、そもそも徴用制度はない筈――』


 振り返らないまま、片手を上げたシーディアは、軽く人差し指を立てて傾け、シェルダンに近くまで来るよう合図をした。


「シェルダン。お前、短距離移動艦シャトル第七艦隊むこうに移れ」


 思わぬ事を言われたシェルダンが、軽く目を瞠りながらも、シーディアの肩近くに身を屈めた。


「…と、おっしゃいますと?」


「どうせカミジョウは、報告書にならない前段階での話など、私には寄越すまい。バルルークの口調からするに、あれも大方テゼルトあたりの通信だろう。シェルダン、今をもって、お前の司令官代行職は、私が預かり直す。第七艦隊むこうへ行って、見聞きした事を着艦後あとで私にも流せ」


「……承知致しました」


 確かに、光輝は余程の事が起きない限り、途中経過の報告はしないだろうなと、内心で納得しつつ、シェルダンは頷いた。


 ――後になってトルナーレから「自分で火薬庫カミジョウ手榴弾シェルダン投げて、トドメ刺したか」と大笑いされ、シーディアが凄まじく不機嫌になるのは、余談である。


「基地の前任者や業務報告も洗い出す必要があるな…キルヴェット閣下からの情報も、そろそろ届く頃だろうし…。あの基地で、誰が、何を目論む……?」


 声音こそ厳しいが、シーディアが答えを欲していないとシェルダンには分かったので、彼は何も答える事なく、シーディアに一礼して、背を向けた。


(司令官代行の返上は、有難い。これで格段に動きやすくなる)


 どのみち、自分が基地に対して仕掛けた事は、中途半端なのだ。どうせならば、今、破壊されたりロックされているプログラムの制御も、全て奪い返しておきたい。


「専門家はすぐには無理か…」


 どうも自分が知らない情報を幾つか握っているようだったが、更に徴用、などと言う聞き慣れない単語のせいもあってか、シーディアの意識は完全にそちらに向いてしまった。


 片手の数で足りる、20代将官の頂点に立つアルフレッド・シーディアは、更に現在、議会でも軍内部でも「トルナーレの後継者筆頭」と目されている。


 同じように、破竹の勢いで勝ち進む士官は他にもいるが――特に光輝・グレン・カミジョウとの大きな違いになるだろうが――シーディアは、議会や上層部相手に駆け引きが出来る、その政治力が、軍事的才能に比肩するほど凄まじいと言われていた。


 同じ情報を手にしたとしても、その活かし方が180度違う可能性があるのだ。


 基地を制御する事も勿論重要だが、出来れば、シーディアの動きも細かに掴んでおきたい。


 …困ったシェルダンが、少ない手札カードから考え抜いた結果――基地内でスタフォードがシェルダンのフォローに借り出される、と言う状況を後々生む事になった。


「基地も艦隊も、そんっなに人材ひといないのかよ⁉︎俺は便利屋を副業にしてる訳じゃねぇし、何より俺はまだ〝大尉〟だっ‼︎」


 第七艦隊に合流し、バルルークから事情説明を受けた後、通信を繋いだスタフォードは、完全にキレていた。


 宥めるのに、シェルダンはしばらく苦心をし、見かねた(責任の一端はあると思ったらしい)バルルークが、どこからともなく、ルナでのみ限定販売されていると言う、超高級ワインを入手進呈したと言うのは、当人達のみが知る事実である。


 もっとも、スタフォードの精神安定のために、そのワインが、国の支配者階級にしか出回らない筈の、完全予約限定生産ワインで、1ヶ月や2ヶ月の給与では足りないだろう事、恐らく、バルルークの懐は全く痛んでいないであろう事には、敢えて触れなかった。


 バルルークは、シェルダンのコンピュータの腕を絶賛するが、シェルダンからすれば、バルルークは別方向に突き抜けている。


「基地内の資料をアテにせず、実地で食料弾薬のチェックはした方が良いでしょうなぁ」


 ――補給の達人が言う事に、否やはないシェルダンであった。

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