第12話 サン・クレメンテ攻防戦(12)

「…バルルーク大佐…っつーか、。俺の事、便利屋か何かだと思ってね?」


 基地へのウイルス拡散装置を、一発必中でぶつけてきた事だけでも褒めて欲しいところに、戻った早々、またもバルルークからの呼び出しである。


 さすがにスタフォードも、一言言わずにはいられなかったらしい。

 既に敬語も半分吹き飛んでいた。


「そりゃ護衛は必要だろうし!カミジョウ准将と行くコト自体は良いんだけれども!俺があちこち出張ると、第一艦隊艦載機部トルナーレ隊の連中にケンカ売ってるみたいになるから!そこは、ほどほどにしてくれねぇかな⁉︎」


 バルルークは、好々爺の如く笑っただけであったが、実際、光輝と共にサン・クレメンテ衛星基地に着艦したスタフォードは、早々にテゼルトらに拉致され、鍛錬と称した手合わせに巻き込まれる羽目になった。


 基地のプログラムの修復に手を貸せと、シェルダンが乗り込んで来るまで、それは続いたのである。


*        *         *


 第一艦隊艦橋での出来事に対する聞き取りを終えたアルフレッド・シーディア中将が、次に基地の外で起きた戦闘、主に地球軍が退しりぞくまでの経緯を確認しようとした時、光輝・グレン・カミジョウ准将は、既に第七艦隊のふねの中にはいなかった。


 捕虜に話を聞いた後、先行して基地に入っていた艦載機部隊の長からの呼び出しを受け、基地の方へ向かったと言う。


『テゼルト大佐のご様子から、早い段階で確認しておいた方が良いと、判断されたようですな』


 通信画面の向こう、そんな言い方をバルルークはした。


「…どんな様子だったと?」


『そもそも、テゼルト大佐達が入られた直後から、正気とは思えない兵士達が複数名暴れていて、基地の中が荒れているとの連絡は入っていました。それが、基地の艦橋ブリッジに辿り着いたところ、状況が更に悪化していたと――』


 ――過剰殺戮オーバーキル


 そう、続けられた言葉に、シーディアもすぐには反応が出来なかった。


『基地責任者ヤンネ・ノティーツ大佐や、その副官のリュシュカ・ルーサ少尉を始め…今、誰が無事で、誰が亡くなったのか、全てが暴れていた士官達の仕業なのか、便乗犯がいるのか――その辺りを確認したいご様子で、出て行かれました。さすがに、お一人で行かせるような事はしておりませんが、自分が基地に着く頃には、シェルダン大佐が基地の制御を全て奪い返している筈だとおっしゃって…。実際、その通りになって、少々驚きましたが。――今、大佐が中将の背後にお見えなのは、恐らくその報告だったのではないですかな』


 背後の扉が開く音がしたとは思っていたが、果たして、そこにはタブレット状の端末を手にした、シェルダンが入って来たところだった。


「…超能力でもお持ちなんですか、バルルーク大佐」

『いやいや。私は、カミジョウ准将のお言葉から推測したまでで』


「正確には、凍結されて、手も足も出なかった状態を解凍しただけです。恐らくは、敵に解凍された場合の事も考えて、データが破壊されたり、何重にもロックがかかっている情報もありますから、その辺りのフォローは、まだまだ必要です。ただ、ここから先はメーカーなり専門職の士官なりに入って貰いたいと思ったので、ご報告かたがた伺った次第です」


「『………』」

 シェルダン自身は、いたって真剣に進言したつもりだったのだが、シーディアも、画面の向こうのバルルークも、何とも言えない表情を垣間見せた。


「…何か」

「…要るか、専門職?」

『ですな。門外漢の私などから見れば、大佐も充分に専門職の方ではないかと』


 ほぼ同じ感想を持ったらしい2人に、シェルダンは不本意そうに顔をしかめた。


「私がやった事は、ブラックハッカーとホワイトハッカーの合わせ技みたいなもので、つまるところ、破壊する側の手法です。本来、私は創造するつくる側の人間になりたくて、この世界に入りましたが、そちらに関しては、残念ながらまだまだ趣味の域を出ていないと思っていますよ。まぁ…解凍のために、ばら撒いたウイルスを回収する責任は、さすがに持たせて頂きますので、上陸許可をお願いしたく」


「…シェルダン」

「はい」

「トルナーレ大将閣下が負傷された」

「はい」


「今後の治療や監督権の問題もある。閣下には、宙域から地球軍が完全撤退している事と、基地からの補給が可能になった時点で、本星にお戻り頂かなくてはならない」


「はい」


「……分かっていて、基地に向かうつもりか」


「基地をあのままにしてつ事の方が、余程問題があると考えます。もちろん、やったのが私でなければ、閣下のおっしゃりようは正しいのでしょうが……」


 副官なのに、上官を置いて残るのかと言う暗黙の問いかけに、シェルダンも困ったように小首を傾げる。


「と言うか…キルヴェット閣下を千尋せんじんの谷に落として来られた方のお言葉としては、説得力がないと言いましょうか……」


 ――20代後半の男に小首を傾げられたところで、そんな仕草は可愛くもなんともない。


 年齢が近いからかも知れないが、嫌味に嫌味を返すあたり、むしろ腹立たしいとさえシーディアは思った。


「私が獅子の親とでも言うか?あの方の何を、今更育てるんだ。往路のように、ぞろぞろと護衛連れてた時点で過保護極まりなかった。百歩譲って、哨戒活動のついでにただ送るだけならともかく、地球軍とぶつかった段階で、艦隊の数では劣勢だったんだ。なら自力で帰って貰って何の問題がある」


「それでも、今頃、中央議会のお歴々が右往左往していらっしゃると思いますよ。むしろ私より、閣下の方がお帰りになる必要がおありでは…?」


 トルナーレが、第一艦隊司令官の席を降りようとしている事を知るのは、まだシーディアとその場に居合わせた貴水だけである。


 その事を知れば、ますますシーディアは帰らなくてはならない側の人間と見做されるのだろうが、キルヴェットとヘルダーの件だけでも、実は充分に呼び出しを喰らう理由になっている事は、本人も自覚済みであった。

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