第11話 サン・クレメンテ攻防戦(11)

 アルフレッド・シーディア中将が宙域に引き返してくる少し前。


『もしもし、四代目ー?』

「やめろ、マフィアか俺は」


 通信回線から聞こえてきた元部下の声に、光輝が盛大に顔をしかめている。


『隊長は隊長でちゃんといるワケですから、元隊長って呼ぶのもどうか…と言う、隊内満場一致の苦肉の策なんですが』


「普通に階級で呼べ」


『そんな他人行儀な…っと!』


 真面目なのか、軽いのか、よく分からない声に、殴るか蹴るかしたような物音が重なる。


「…何をしている、ベルンフィールド」


『いえ、無事に〝開かずの基地〟が開いて、乗り込んでみたは良いんですけど…ね?何かイッちゃてると言います…かっ、言葉通じなくて、血走った目で暴れてるのがいまして…っと。ええ、それも複数!閉じこめられてて、精神的にキレましたかね⁉︎』


 ところどころ文節がおかしいのは、立ち回りを演じながら、報告しようとしているからだろう。


『コレ、我々で制圧してしまって問題ないのかと、テゼルト隊長が、ですねっ、気にしていらっしゃいまして…っ!』


「問題ない。むしろ、さっきまで待機でストレス溜まってただろうから、そこで吐き出しておけ。ただし無闇に殺すな。後で吐かせられそうなヤツは残せ」


『さ…っすが四代目、即答なんて、男前ですね…っ!ただ最後の一言に関しては――大分だいぶヤバそうなのもいるんで、努力目標でお願いします…っと!』


 第一艦隊艦載機部隊、通称〝トルナーレ隊〟。

 現在の隊長は、トルナーレから数える事六代目、スウェン・テゼルト大佐だ。


 通常の隊であれば、少佐や中佐が長に就く事が多いだけに、トルナーレ隊の立場ステータスが窺い知れる。


 そしてそのテゼルトが通信をして来ないのは、基地上陸の先陣を、現在進行形で突っ走っているからである。


 トルナーレ隊の〝死神の鎌デスサイズ〟――佐官になろうが、決して後方から指揮をらないのが、六代目隊長・テゼルトだ。


 代わって通信をするマコーレー・ベルンフィールドは、階級こそまだ中尉だが、光輝が隊にいたころから、戦況を読んで別働隊や殿しんがりに回れる冷静さがあった。


 このままいけば、七代目や八代目は時期尚早でも、九代目の隊長くらいにはなれるだろうと、テゼルトも光輝も内心では思っている男だ。


「ベルンフィールド。艦橋ブリッジに着いたら、まず誰か、旗艦のシェルダンにシステムの制御コントロールを渡してやるように命じろ。あと、基地内の状況次第で俺が行くから、通信と着艦の準備も並行してやるように言っておけ」


『承知しました…っ!』


「血走った目で暴れている、ですか…」


 通信が切れるまでは、黙って見守っていたバルルークが、ポツリと呟いた。


 ――結局、後衛から差し向けた別働隊に、食いついてきたのは「司令官」旗艦だった。


 バルルークからそれを聞かされた光輝は、すぐさま決断を下し、司令官旗艦と、そこに付いていた護衛艦隊を前衛の射線の外に追い出し、参謀長艦とその護衛艦に、全力の攻撃をかけた。


 地球軍の増援部隊が戦況を把握する前に、参謀長艦をほふらない事には、増援を得た司令官が、引き返して来ないとも限らなかったからだ。


 その間に、常識外の早さで引き返して来たアルフレッド・シーディアの部隊を索敵システムに捉えた地球軍が、ほぼ同時に現れた自軍の増援部隊に吸収されるように引き上げて行き、光輝らは何とか、燃料が尽きる危機からは免れた。


 戦っていた間に、補給物資を多めに抱えた艦を更に狙って墜とされていたのだから、その度に再計算を余儀なくされていたバルルークは、途中、らしくもなく敵軍参謀長、リヒト・イングラム中将に本気の殺意を抱いた程であった。


 だが最終的に、ぶつけた光輝のふねの火力に戦陣を破られたイングラムは、司令官や主だった部下の艦が射線の外に出た事を確認したタイミングで、どうしてもその側を離れる事を拒んだ部下数名と共に、自らの艦を爆散させた。


 いざとなれば、それをやる男だと思っていた光輝の予想は、ある意味正しかった訳である。しかもその際、補給物資艦と、何人かの高位士官をピンポイントで道連れにしている。


 第一艦隊旗艦トルナーレや、光輝のふねに見向きもしなかったあたり、更なる置き土産の存在を、疑わずにはいられない。


 司令官は地球軍の増援部隊に吸収されたものの、イングラムの主だった部下の中には、独り残った上官を諦めきれずに、引き返そうと試みて捕虜となり、光輝の艦に収監された者もいた。


「…何か気になるのか」


「いえ…その、確か捕虜を収監した兵士の報告書に、『捕虜の1人が「もう少し時間があれば、もっと広められたのに」と言ったような事を呟いていた』と、あったかと…」


「貸せ」


 記憶を辿るような表情のバルルークの手元から、端末を奪い取った光輝は、問題の報告書を、あっと言う間に見つけたようである。


「確か第一艦隊旗艦の副司令官も、そもそも様子がおかしかったと言っていたな」


「え、ええ。それと、シェルダン大佐の話では、艦長のも、タイミングが良すぎる…と」


「……なるほどな」

「閣下?」


「そう都合良く自白はしないだろうが、確認はしておく。あとバルルーク、第七艦隊に限らず、医薬品に強い士官を探せ。引き返してきたあの艦隊が、合流してくるまでにだ。どうせ、そうしろと言われるだろうからな」


 やや忌々しげな光輝が、アルフレッド・シーディアの名前を口にしないのは、恐らくは、わざとだ。


「承りました。医療ではなく、医…と言う事で宜しいのですね?」


 バルルークも、そこは礼儀正しく黙殺した。

 

 捕虜の中には佐官級の高官が何人かいたが、いずれもイングラムの素晴らしさ、人格者ぶりを讃えるばかりで、結局何も聞けなかった。


 ただ、そこに関しては元より期待をしていなかったので、トルナーレあるいはシーディアに後で引き渡すよう言い置いて(丸投げ、とも言う)、光輝はひと足先に、基地に入る事を決めた。


 あっという間に基地の中を支配下に置いた、テゼルトからの通信が、とてもそのままにはしておけないものだったからである。


「おまえは、ここに残れ、バルルーク。ここで第一艦隊との情報共有の基点になっておけ」


 そうしておかないと、後が煩い――光輝が言葉に出さなかった部分を、バルルークは正確に理解した。


「承知しました。ですがさすがに、お一人で基地に向かわれるのは、関心しませんな。私は確かに、とても武勇は誇れませんが、せめて歩兵か空戦隊士か、武に強い者をお連れ頂きませんと」


 せめて誰か、と言いながらも、こんな時に名前が上がる士官の数には限りがある。


 ワレリー・ルーク・スタフォード大尉、空戦隊所属兼シェルダンの「友人」が、呼び出しを喰らって顔をしかめる事になった。

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