第9話 サン・クレメンテ攻防戦(9)

「…〝乗っ取りハッキング〟の方は、どうやら見つからずに始められそうですな」


 空中に浮かぶ宙域図と、点滅しながら動く光にチラリと視線を向けながら、バルルークがそう、上官へと告げた。


 大丈夫でしょうか、などと月並みな事は彼は言わない。そこは適材適所、出来る者がやれば良いと、バルルークは思っている。


 彼はただ、言われた物を(時々オマケは付けるが)用意するだけである。

 そして彼の現在の上官、光輝・グレン・カミジョウも、そこは何も言わない。


 光輝にしても、そこは既にシェルダンに任せてしまった事なので、余程の事がない限りは、何も言うつもりはない。別に、独りでやれと言った訳でもないので、誰をどう使おうが、シェルダンの自由である。


 ――と言うより、光輝の意志さえ見せておけば、使役してでもそこへ着地させようとするのがシェルダンなので、近頃では、その途中経過に関しては、何か言おうとも思わなくなっていた。


「…なら、次だ」

「かしこまりました」


 宙域図から基地部分が縮小され、代わりに各艦隊の現在地と、指揮を取る士官が何人かピックアップされた。


「シェルダン大佐ほどではないにしろ、そこそこ現場での柔軟性に見込みがある士官を充てておきましたよ。後で文句ケチもつけにくいよう、第一艦隊の士官中心で。閣下はあまりそこのところ、関心はおありでないでしょうが、私が後で苦労させられますんでね。自衛です。派閥力学とは、そう言うモンです。ただちゃんと、最後に美味しいところは第七艦隊ウチが持っていけるようにしてありますから、そこはご安心下さい」


「………」


 ドヤ顔、と言う語彙は光輝の辞書にはない。

 ただ、文句があるなら言ってみろ、的な空気はそこに感じた。


 充てられている士官の顔と名前を一瞥した光輝は、文句の代わりに画面上の士官の位置を、片手を動かして何人か入れ替えた。

 ほう、と、バルルークが息を吐く。


「確かに派閥だ何だとは、どうでも良いが、土壇場で功を争われるのは迷惑だ。不穏な芽は摘んでおけ」


 どうやら光輝は、派閥こそ把握していないものの、いったん自分の麾下に入った各士官の性格や、士官同士の相性は、ある程度見極めがつくらしかった。


 常時、バルルークが追いつけない程の量の書類に目を通している光輝の、速読や記憶、情報を取捨選択する力は、余人の追随を許さない。


 彼は、なるべくして史上最年少将官になっていると、こんな時バルルークは思う。


「では閣下、どこから始めましょうか」

「まず、遊撃勢を動かせ。向こうの戦力をこちらの左翼側に引きつける」


 そう言った光輝は、自艦の床を、指し示した。


「…敢えて申し上げますが、今、ご自身が最上位でいらっしゃるのは、ご自覚済みですかな」


「俺が実質トップに立っている事を何人が知る?、第一艦隊艦隊旗艦が中央にいれば、兵の士気は上がるし、遊撃から俺のふねが出る事で第七艦隊の士気も下がらない。そう返せば満足か、バルルーク」


「ですから『敢えて』と」


 軽く頭を下げるバルルークに舌打ちしつつも、光輝はそれを咎めたりは、しなかった。


「遊撃が出る事で攻めてくる主戦力は、前衛の連中にあしらわせろ。大将艦と後衛艦は、陣形を広げずに、少しずつ、敵の後方に艦を回りこませていけ。小惑星帯に紛れて通り抜けられる腕のある連中で固めてあるだろうな。いずれバレる事は確実だが、あまりに早すぎたらエサにもならん」


「……偃月陣形を少し変形させましたか。後方艦を少し割いて、相手方の退路を防ごうとしているように見せかける、と」


 光輝は直接それには答えなかった。

 と言う事は、間違ってはいないのだろう。

 俺が知りたいのは…と、冷ややかな言葉が、代わりにそこに続いた。


「この、後ろから展開させる艦に食いつくのが〝誰〟かと言う事だ。そこは下手な士官に確認をさせるな。見間違いや勘違いは、全滅する未来しか生まない」


「…では、それは私が確認を」


に司令官旗艦が食いついてきたなら、地球軍の増援部隊が近くまで来ていると考えろ。参謀長が殿しんがりに残って、司令官を先に合流させようとしている――とな。その場合は遊撃と前衛で、全力で参謀長艦を叩く。そのまま司令官を増援部隊と共に基地圏外に弾き出してしまえ」


「もし、参謀長艦が食いついてきたなら?もしくはそれ以外だったら?」


「増援はまだ。単純に背後に回られたくないと考えた。そう言う話になる。どちらでもないなら、普通に局地戦として、総数を削いでいけ。いずれどちらかが出てくるまで続けさせろ。参謀長艦だったら――」


 光輝の手元の制御卓コンソールから、細い光が空中の宙域図に伸びる。


「ここで地球軍の艦隊を分断する。司令官旗艦を囲む陣形をとらせて、降伏勧告だ」


「参謀長艦に…ですか?」


「そこから実際に司令官旗艦を囲い込んで潰すには、お前が計算した、艦隊燃料や弾薬の残量では足りない。司令官に降伏させたところで、参謀長が増援を呼びに退しりぞいたら意味がない。参謀長に「おまえが降伏するなら、司令官は逃がしてやる」と持ちかければ、こいつが命がけで司令官を説得するだろうし、司令官にも、増援と共に戻って来ないよう言い含める筈だ」


「シェルダン大佐が、基地の凍結プログラムを、それまでに解除させれば――」


「そんな不確定な事を組み込んで動けるか。せいぜい、自分が基地から撃たれないよう自衛させておけ」


 もっとも実際に基地から撃たれれば、この作戦が成り立たなくなるが、その程度なら、シェルダンに任せておいて良いだろう―――。


 言葉の裏で、光輝がそう言っているように、バルルークには聞こえた。


 あえて楽観的、常識的と思われる言葉を挟んで、光輝の反応を伺ってみたバルルークだったが、光輝は、そのどれをもバッサリと切り捨てた。


 司令官を逃がせば、一時的とは言え評価に響く可能性もあるのだが、それよりも自分が出した補給資料を読み込んで、動きを組み立てられれば、苦言の呈しようもない。


『閣下は極端なくらいに〝馬鹿が嫌い〟だと言う事と、軍人の本分以外に関心がないと言う事をまず理解されていれば、閣下の下につくのはそれほど難しい事ではないと思いますよ。取り入って出世するのではなく、自分の力で勝負をしたい士官には、むしろ呼吸がしやすいくらいではないかと』


 バルルークの配属と入れ違いに、トルナーレの下へと配属替えになったシェルダンは、バルルークにそう、言い残して行った。


 ――今ならそれが、よく分かる。


 今更出世にそれほど興味がないバルルークでも、自分の本分を理解されて、活かされるのは、気分が高揚する。


「かしこまりました。では、各艦の行動指針書を上書きして、参謀長艦の動きを逐次こちらに流させます。最終的な位置が掴めるまで、遊撃勢の指揮に関しては閣下にさせて頂きますが、宜しいですかな」


「……とんだ参謀だな」


「あれもこれもと、分不相応な事をしない事が長生きの秘訣だと思っておりまして。その代わり、敵参謀長艦の位置は間違いなく特定してみせましょう」


 一瞬、呆れたような光輝の視線が飛んだが――確かに、戦う事と、戦況の正確な分析を、独りで行う事は難しい。


「いいだろう。その代わり、この艦が多少突出しようが先陣に立とうが、口は挟ませんからな」


 返事の代わりに、バルルークは黙って頭を下げた。

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