第8話 サン・クレメンテ攻防戦(8)

「無茶振りだ……」


 第七艦隊副司令官光輝が指揮する艦の中で、艦載機を出発させる準備をしながら、ワレリー・ルーク・スタフォード大尉は独りうめいていた。


「空戦隊最強、泣く子も黙る第一艦隊艦載機トルナーレ部隊があるのに、何で俺?」


 そもそもは、旗艦の艦載機部隊の小隊長、大尉として艦に属していたスタフォードだったが、発進して、旗艦が基地に着艦しやすくなるよう、周囲を掃討するよう命じられている間に、旗艦そのものが撃たれてほふられてしまい、小隊ごと副司令官の艦に収容されて、今に至っている。


 立場が浮いていた感は確かにあったのだが、艦隊参謀であるバルルーク大佐から呼び出しを受け、艦載機による基地への最接近を命じられようとは、思いもしなかった。


 詳しい指示は、艦載機に搭載されているとしか、自分も聞かされていないと老参謀は言い、何をさせたいのか、と聞きかけたスタフォードの疑問は、空中分解させられてしまった。


『…まぁ、そう言うな。艦載機戦闘ドッグファイトとか白兵戦の必要があるなら、それも一案だが、今回は特殊事案だ』


「……やっぱり、大佐かよ……」


 以前ちょっとした作戦行動で一緒になって以降、三歳の年の差を感じさせず、妙に気が合って友人関係にあるアーレス・シェルダンが、どこからどうやって、他所よそふねの中のコックピットに通信を入れてきているのか、スタフォードは聞くのも怖かった。


「っつーか、何やってんだよ一体。大丈夫なのか、通信コレ?」

『問題ない。今は私が第一艦隊司令官代理だ』

「はぁあっ⁉︎」


 第一艦隊艦橋ブリッジで起きた出来事は、まだ第一、第七、お互いの艦の幕僚クラスにしか、情報は共有されていなかった。


 当然、スタフォードは知る由もない。


「…まぁ、いいや。詳しくは今度、飲みの席で聞くわ。とりあえず、俺に今から何をさせたいのか、説明してくれる?」


 バルルークが出発を急かしていたからには、相応の事情はあるのだろう。

 大尉である自分は、上層部うえが望む仕事をするだけ――スタフォードの切り替えは、早かった。


 少なくとも、シェルダンは無意味な事をさせないと、知っている。


(たまに、いやしょっちゅう、無茶振りだけどな)


 ――そんな本音は、おくびにも出さないが。


『バルルーク大佐に、艦載機への〝積込〟を頼んだんだが、あるか?』

「積込?…あ、これか。一つ、弾薬と入れ替えたとか言ってたな、そういや」

『基地の見取図は?送られてきているか?』

「ちょい待ち。えーっと……?…あのさ、このピンポイントで光ってるのって、何」


 シェルダンに問われるまま、一つ一つ確認をしていたスタフォードの声が、嫌な予感…とばかりに、段々とトーンダウンしてきた。


『それは、基地のメンテナンス用の外部ハッチを開ける、非常用パネルのある場所だ。スタフォード、なるべく早いうちにふねを出て、その積込荷物をへ撃ち込んできて欲しいんだが』


「………は?」


『外れたら外れたで、船外遊泳でも何でもして、それを埋め込んで貰わないとならないんだが…あぁ、予備の装置と船外作業服も一応必要か。まぁそうなると、いくら第一艦隊の艦載機部隊が最強と言われていようが、勝手が違うだろう?だから、万一を考えると、お前にしか頼めないんだ、スタフォード』


「いやいや!そもそも、そんなモン撃ち込んで、どうすんだよ⁉︎敵基地攻めてんじゃないんだから!」


 外部ハッチの非常用パネルにウイルスを仕込んで、内部のネットワークを乗っ取るのは、戦艦や基地を外から堕とすための定石セオリーのようなものだ。


 何で味方の基地に、そんなことを仕掛けなくてはならないのか。


 と言うか、予備のウイルス拡散装置に船外作業服、タイプの違う銃や近接戦用ナイフに煙幕弾まで、足元にキチンと積み込まれている事に、今、気付いた。


「……俺にどうしろってんだよ、じーさん……」


『…バルルーク大佐が、私が頼んだ物以上の物を用意しているのは、何となく分かった。いずれにせよ、武器もパソコンも艦載機も、まんべんなく扱える戦闘機乗りパイロットは、お前くらいだろうよ、スタフォード。だから、お前しかいないと言ってるんだ』


「…マジで、外から基地堕とすつもりなのか?アレは、もはや味方じゃない…のか?」


『閉じこもりの中が、まだ味方である事を信じたい』


「閉じこもりって何だよ……っつか、地球軍に見つかって撃墜される危険に、中から撃ち落とされる危険も加わるのかよ……」


『すまないな。戻って来たら、少佐に推薦するようトルナーレ大将かシーディア中将に言っておく』


「全っ然、足りねぇ!大佐が准将になった時に、高級士官用クラブ『フリューゲル』で、一番高い酒とツマミ奢ってくれるくらいでないと、絶対、割に合わねぇ!」


 最後は、ほとんどヤケになってスタフォードは叫んだが、存外、シェルダンにも思うところはあったようだ。


『……それなら私とて今、ツケで飲み放題したところで、文句を言われる筋合いのない重責を担ってるが……いや。いい、分かった。そこは責任を持って交渉しよう』


「……誰と?…まぁ、良いけど…いや、良いのかコレ…?」


 ブツブツと呟きながらも、準備の手は止まらない。

 ただ言いたいだけだ、と言う気持ちは分からなくもないので、シェルダンもそこは混ぜ返さない。


「よ…っと。んじゃ、ま、サクッと行ってくるわ」


『頼む。要らないだろうとは思うが、一応、第一艦隊艦載機部トルナーレ隊から、何人か待機はさせておくから。地球軍に見つかりそうになったら、にでも使ってくれ』


 第一艦隊艦載機部隊は、かつてフレッド・トルナーレがその長として、無双と言われた程の活躍をした部隊で、今、その隊は通称“トルナーレ”隊と呼ばれ、軍の空戦隊の中でも屈指の実力者が集う隊として、戦闘機乗りパイロットが一度は憧れる隊と言われている。


「……おぉ。天下の〝トルナーレ隊〟を囮とか、怖くて出来ねぇから、自力で頑張るわ」


『そこは任せる』


「宇宙空間で無駄に通信は飛ばせねぇから、後は戻ってからで良いよな?」


『構わない。どのみちウイルスプログラムが拡散し始めれば、すぐに分かる』


「まぁ、必要なら…後でウイルス回収くらいは手伝わ…なくもない。っつーか、ばら撒いた責任とって手伝えとか、後で言われるんだろうし」


 肯定も否定もないが、返ってくる低い笑い声に、だよなぁ…と、スタフォードはひとりごちた。


 自分の行動が、全体の中で実は相当重要な位置にあった事をスタフォードが知るのは、実際に基地が使用可能となり、中に入れるようになってからの事である。

 この時は、ただシェルダンに頼まれた、くらいの感覚で、飛び立っていったのだった。

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