第7話 サン・クレメンテ攻防戦(7)

「恐らく引き返してくるシーディア中将は、多少の余分な物資も運んで来られるでしょう。ただ同じ事は地球軍側にも言えて、この場にいない地球軍第一艦隊の残存兵力が、駆けつけて来るかも知れない。そうなれば千日手、出る犠牲も今までの比ではなくなる可能性が高い。だから今ある戦力で敵の〝心臓〟を止めて、末梢のこりは自ら退かせるよう仕向ける。ここにない戦力は、今は考えない――そう言う決断を、カミジョウ准将と私はしたんです。貴水大佐にもぜひ、その事をご理解頂きたくて、声をお掛けしました」


 声は静かで落ち着いているのに、内容は反比例するかのように、重い。

 それは平時ならば決して、准将と大佐で下して良い決断ではない筈だ。


「……給与以上の事を、されていらっしゃいますね」


 決して悪い意味ではなく、そう漏らした貴水に、シェルダンの口元も僅かに緩んだ。


「貴水大佐にも、巻き込まれて頂きますよ。話はまだ、終わっていません。むしろ、ここからが重要な〝お願い〟です。私はこれから、サン・クレメンテ衛星基地のシステムを、プログラムを解凍します。ですが、さすがに秒で成せる事ではないので、その間、第一艦隊の指揮を貴方にお願いします」


「……は、い?」


「詳しい流れは、第七艦隊のバルルーク大佐が上手く組み上げてくれるとの事なので、貴水大佐は、艦長代行として、カミジョウ准将のふねと上手く連携が取れるように第一艦隊を誘導して下さい。そこは本来の職務通りの事をして頂ければ良いので、そう難しくはないと思いますよ」


「あの……ちょっと、話を整理しても?」


「どうぞ。バルルーク大佐から連絡が来るまでの間にはなりますが」


 考え込むように、恐らくは無意識にかき上げられた貴水の黒髪の間から、ヘイゼル色の髪が覗く。


 本当に、かき上げられた時に瞳の色と同じになるようにしているんだな、とシェルダンは思わず場違いな感想を抱いていた。


 しかもその髪は、サラサラの艶々ツヤツヤだ。生え際の心配をする士官がいたら、刺殺したくなる様な外見だ。


 貴水が、監察官よろしくあちこちの部署に配される理由の一つには、年齢不詳のこの外見もあるのだろう。


「私に…艦隊を預かれと、仰いますか。そしてその間、貴方は基地へのハッキングをなさる…補給の不安を早いうちに解消する為に。そう言う事で、宜しいですか?」


「そこまで明け透けには言っていませんが、まあ概ねそうです。付け加えるなら、我々が基地を使えない事を、悟られない為と言うのもありますよ。ホーエンガム中将の旗艦の末路を見て、我々が基地への着艦に二の足を踏んでいると、いつまでも相手が思ってくれているとは限りませんから」


 光輝に説明した事と同じ事を、更に直接的に、シェルダンは貴水に言った。

 もちろん、貴水は光輝と違ってホーエンガムが直属の上官ではないので、あぁ…と、納得したような声を返すだけである。


「明け透けついでに伺いますが、ハッキングはお得意なんですか、シェルダン大佐?」


「そうだと申し上げれば、私も監察対象になりますか?〝キルヴェットの最終兵器〟、貴水大佐?」


 ハッキングと聞けば、多少の躊躇や後ろめたさは出るだろう――そう思った貴水の予想に反して、シェルダンが微笑わらった。

 微笑わらった上に、自分が投げた変化球を綺麗に打ち返してきた。


「……何の事でしょう」


 知らず、貴水も微笑を返していた。

 空戦隊の友人あたりがその場にいれば「空気が寒いっ!寒すぎる!」と叫ばずにはいられなかっただろう。


「基地のシステムにハッキングする事自体、私には思いもよりませんでしたので、それほどの腕をお持ちなのかと…。他意はありません。不愉快に思われたなら、謝罪します」


「いえ。至極真っ当な反応だと思いますよ。高位アクセス権限があれば出来るだろうとか、そんな無茶振りはカミジョウ准将一人で充分です」


「……っ!」


 一体さっきまで、光輝とシェルダンは、どういうやりとりをしていたのか。

 段々と、貴水は巻き込まれたくなくなってきたが、微笑を崩さないシェルダンは、それを許してくれそうになかった。


「…可能なんですか?」


「まぁ、可能にするしかないでしょうね。それしか事態を打開出来る手段がない以上は。ですが流石に、艦隊指揮と両立させる事は難しい。なのでそちらは、出来る方あなたにお願いしようかと」


「……ここへ来るまでは、只の中佐で、副長だったんですが」


「数多い職歴に、代行とは言え第一艦隊旗艦艦長、更には司令官の肩書きも加わりますね。凄いな、最強の〝最終兵器〟だ」


「最強と呼ばれて喜ぶのは、小学生くらいまででしょう……」


 貴水が、諦めにも似た深いため息を吐き出したのに前後するように、シェルダンの手元の通信音が鳴った。


「時間ですね。バルルーク大佐からの、行動指針書です。戦局が大きく変化しない限りは、基本的にこの指針書に従って艦隊を動かして下さい。でなければ、我々はいずれ飢えて死ぬか、燃料切れになったところを蜂の巣にされて、終わりです」


 相変わらず、穏やかに物騒な事を告げるシェルダンである。

 手元を流麗に動かすと、先程までとは違った宙域図がそこに浮かび上がる。


「ちなみに、ここにあるのは、あくまで誘導したい『結果』への『指針』だけ。戦場は生き物ですから、細かい運用は現場に任せないと、自滅一直線。一艦一艦に攻める航路まで指示していたら、それはただの馬鹿ですからね。そんな訳で貴水艦長代行、艦隊運用は貴方に全てお任せします。この指針書の意図に沿うのが難しいと判断された際にのみ、私に声をかけて下さい。私も…なるべく早く、衛星基地を堕とします」


 そう言ったシェルダンは、貴水の返事を待つ事なく、目の前の指揮官シートに腰を下ろすと、周囲の色々なキイを叩いて、宙に現れるスライドに、物凄い勢いで目を通し始めた。


「シェルダン大佐……」


 ――どうやら貴水も、腹をくくるしかないようだった。

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