第6話 サン・クレメンテ攻防戦(6)

「血液検査の必要性は理解しました、貴水大佐。同時に貴方の懸念もです。検査を依頼する医務士官は私に一任して下さい。そして、それを誰に依頼したのかは聞かないで下さい。逆に結果に関しては、私よりも先に、貴水大佐の方に何らかの方法で報告させます。本当に最低限の危険リスク回避ですが、今の状況下では、それが限度とご容赦下さい」


 貴水が自らの懸念と疑問を伝える前に、あっという間に、シェルダンはそれを読み取っていた。

 ――もしかすると、貴水自身が思うよりも、正確に。


 第一艦隊司令官の力を削ぎたい派閥力学がそうさせたのか、地球軍が斥候を紛れ込ませたのか、あるいは組織的な破壊活動か。

 いずれにせよ、艦長と副司令官は、同じ人間、あるいは勢力の手にかかった――その可能性だけでも念頭に置いて、動くべきではないか、と。


 そしてシェルダンは、貴水にその事までは口にさせない。シェルダンが、勝手に思って動くだけ。

 それも立派な危険リスク回避だ。


「承知しました、司令官代理」


 敢えてシェルダンの名を呼ばなかったのは、貴水なりの敬意である。

 例え10歳以上年齢が離れていたとしても、彼には、その能力がある…と。


「話の腰を折ってしまって、申し訳ありませんでした。そもそもは、私に話があるとの事でしたね」


 正しく話が通じている、と思ったのは、どうやらシェルダンも同じだったようである。


 泰然自若、瀟洒、優男、歩く――貴水慧は、人によって評価が変わる、ヘイゼルの瞳と黒髪を持つ、38歳。現在は、第一艦隊旗艦艦長代行だ。


 黒髪の一部を瞳と同じ色に染めたり、私服に応じてカラーコンタクトをはめたりと、とにかく印象が一定しないうえに、20代と言われても頷いてしまいそうな程の容貌の持ち主である。


 軍歴に関しても、長くレイ・ファン・キルヴェットの部下として、戦闘機乗りパイロットと艦長以外を全て経験していると言われる程の多彩ぶりで、彼が異動すると、必ず前後に粛清の大鉈がふるわれていた事から、〝キルヴェットの最終兵器〟と揶揄され、後ろ暗い所のある者は避けて通るとまで言われていた。


 キルヴェットが政界へと退いても、騒動は起こり、今度は代行とは言え艦長を拝命したのだから、貴水の周囲が若干引き気味になるのも道理と言える。


 今度から彼は、「経験していないのは戦闘機乗りパイロットだけだ」と自己紹介する事になるのだろう。


 そして、特に後ろ暗い所のないシェルダンは、それらを全く気にしてはいない。

 ただ貴水の観察眼と、相手が年下の大佐でも含みを見せないところに、これなら話が出来そうだと、内心で思っただけである。


「今のも充分『必要な』会話でしたよ、貴水大佐。代理同士、一方的な会話は艦隊の統率に悪影響ですから。大佐のお話は、実に参考になりました」


 そう言いながら、シェルダンは指揮シートの肘置きに再び触れると、遠隔操作ボタンで自分の端末から、光輝・グレン・カミジョウ宛に送った資料と同じ物を、防音シールド内の空中に浮かび上がらせた。


「カミジョウ准将にも、同じモノを送りました。先程少し耳にされたかも知れませんが、第一艦隊はこの後、少なくともシーディア中将が戻って来られる迄の間は、第七艦隊の指揮下に入ります。恐らくは、トルナーレ閣下の応急処置よりも、そちらの方が早いでしょう。このふねの医務士官達は職務に忠実ですから。閣下がどう仰ろうと、当面医務室からは出さない筈ですよ」


 それと…と、ここからが本題と言わんばかりに、シェルダンがやや表情を厳しくして、貴水を見やった。


「ここから先は内密に願いたいのですが、サン・クレメンテ衛星基地は現在、基地の乗っ取りを防ぐ為の自衛手段として、ライフライン以外の全てのシステムを凍結。我々は、物資の補給を基地に要請出来ない――そう言う状況です」


「……っ」


 貴水は、精一杯の自制で、は?と、らしくもない声を上げる事だけは、堪えた。


「乗っ取り、ですか?今?誰がそんな……」


「何故、今…そうですね。基地責任者のノティーツ大佐からは一方的な事後報告のみで、誰も話が聞けませんでしたから、それに答え得る人間は、今はいません。ただ…貴水大佐、貴方から先ほど伺った話が、その答えに一番近いのではないかと、今なら私は思いますよ」


「……それ…は……」


「すなわち、ノティーツ大佐か、それに近い人物に、今回の艦長や副司令官と同じ状態が起きたのではないか…と、言う事です」


 貴水は一見、目の前の戦いよりも重要度が低いと認識していた情報に、自分が思っていた以上の付加価値があった事を知り、愕然とさせられる。


「それと何故、カミジョウ准将が第七艦隊の指揮を今、摂っているのかは、お聞き及びですか」


「……基地との連携を図るため、先行して着艦されようとしていた、ホーエンガム司令官の艦が、狙い撃ちをされた、と……」


 物は言いようである。


 事実をして、第一艦隊へと伝えたのは、副司令官付参謀の、バルルーク大佐だ。


 光輝の表情を見る限りは、でない事は一目瞭然だが、それはシェルダンだけが、そう思っていれば良い事だろう。


「ええ。狙い撃ちされたと言っても当然、それに巻き込まれる艦は出てきますから、結果として、第七艦隊自体が、実働総数を落としています。そして第一艦隊も、議員団を金星本星に送り届けるために、艦隊の一部を割いて、当てた」


「シェルダン大佐……」


「議員団の護衛に、全体の二割しか割かなかった、トルナーレ大将とシーディア中将の決断は正しかったんですよ、貴水大佐。地球軍サイドの艦隊も、所属艦の全てがここに集結している訳ではないようですが、それでも混成艦隊である我々と違い、向こうは第一艦隊のみで、あの数です。数の面でも連携の面でも、我々は今、間違いなく劣勢に立たされています。まして今は、基地が閉ざされて、物資の補給もままならない。敵の殲滅、などと――もはや寝言だ」


 コルム亡き後も、何故、敵を一気に攻めないのかと言う声が、そこかしこに残っている事を、シェルダンは一刀両断した。

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