第6話 サン・クレメンテ攻防戦(6)
「血液検査の必要性は理解しました、貴水大佐。同時に貴方の懸念もです。検査を依頼する医務士官は私に一任して下さい。そして、それを誰に依頼したのかは聞かないで下さい。逆に結果に関しては、私よりも先に、貴水大佐の方に何らかの方法で報告させます。本当に最低限の
貴水が自らの懸念と疑問を伝える前に、あっという間に、シェルダンはそれを読み取っていた。
――もしかすると、貴水自身が思うよりも、正確に。
第一艦隊司令官の力を削ぎたい派閥力学がそうさせたのか、地球軍が斥候を紛れ込ませたのか、あるいは組織的な破壊活動か。
いずれにせよ、艦長と副司令官は、同じ人間、あるいは勢力の手にかかった――その可能性だけでも念頭に置いて、動くべきではないか、と。
そしてシェルダンは、貴水にその事までは口にさせない。シェルダンが、勝手に
それも立派な
「承知しました、司令官代理」
敢えてシェルダンの名を呼ばなかったのは、貴水なりの敬意である。
例え10歳以上年齢が離れていたとしても、彼には、その能力がある…と。
「話の腰を折ってしまって、申し訳ありませんでした。そもそもは、私に話があるとの事でしたね」
正しく話が通じている、と思ったのは、どうやらシェルダンも同じだったようである。
泰然自若、瀟洒、優男、歩く
黒髪の一部を瞳と同じ色に染めたり、私服に応じてカラーコンタクトをはめたりと、とにかく印象が一定しないうえに、20代と言われても頷いてしまいそうな程の容貌の持ち主である。
軍歴に関しても、長くレイ・ファン・キルヴェットの部下として、
キルヴェットが政界へと退いても、騒動は起こり、今度は代行とは言え艦長を拝命したのだから、貴水の周囲が若干引き気味になるのも道理と言える。
今度から彼は、「経験していないのは
そして、特に後ろ暗い所のないシェルダンは、それらを全く気にしてはいない。
ただ貴水の観察眼と、相手が年下の大佐でも含みを見せないところに、これなら話が出来そうだと、内心で思っただけである。
「今のも充分『必要な』会話でしたよ、貴水大佐。代理同士、一方的な会話は艦隊の統率に悪影響ですから。大佐のお話は、実に参考になりました」
そう言いながら、シェルダンは指揮シートの肘置きに再び触れると、遠隔操作ボタンで自分の端末から、光輝・グレン・カミジョウ宛に送った資料と同じ物を、防音シールド内の空中に浮かび上がらせた。
「カミジョウ准将にも、同じモノを送りました。先程少し耳にされたかも知れませんが、第一艦隊はこの後、少なくともシーディア中将が戻って来られる迄の間は、第七艦隊の指揮下に入ります。恐らくは、トルナーレ閣下の応急処置よりも、そちらの方が早いでしょう。この
それと…と、ここからが本題と言わんばかりに、シェルダンがやや表情を厳しくして、貴水を見やった。
「ここから先は内密に願いたいのですが、サン・クレメンテ衛星基地は現在、基地の乗っ取りを防ぐ為の自衛手段として、ライフライン以外の全てのシステムを凍結。我々は、物資の補給を基地に要請出来ない――そう言う状況です」
「……っ」
貴水は、精一杯の自制で、は?と、らしくもない声を上げる事だけは、堪えた。
「乗っ取り、ですか?今?誰がそんな……」
「何故、今…そうですね。基地責任者のノティーツ大佐からは一方的な事後報告のみで、誰も話が聞けませんでしたから、それに答え得る人間は、今はいません。ただ…貴水大佐、貴方から先ほど伺った話が、その答えに一番近いのではないかと、今なら私は思いますよ」
「……それ…は……」
「すなわち、ノティーツ大佐か、それに近い人物に、今回の艦長や副司令官と同じ状態が起きたのではないか…と、言う事です」
貴水は一見、目の前の戦いよりも重要度が低いと認識していた情報に、自分が思っていた以上の付加価値があった事を知り、愕然とさせられる。
「それと何故、カミジョウ准将が第七艦隊の指揮を今、摂っているのかは、お聞き及びですか」
「……基地との連携を図るため、先行して着艦されようとしていた、ホーエンガム司令官の艦が、狙い撃ちをされた、と……」
物は言いようである。
事実を
光輝の表情を見る限りは、
「ええ。狙い撃ちされたと言っても当然、それに巻き込まれる艦は出てきますから、結果として、第七艦隊自体が、実働総数を落としています。そして第一艦隊も、議員団を金星本星に送り届けるために、艦隊の一部を割いて、当てた」
「シェルダン大佐……」
「議員団の護衛に、全体の二割しか割かなかった、トルナーレ大将とシーディア中将の決断は正しかったんですよ、貴水大佐。地球軍
コルム亡き後も、何故、敵を一気に攻めないのかと言う声が、そこかしこに残っている事を、シェルダンは一刀両断した。
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