第4話 サン・クレメンテ攻防戦(4)

『…どちらへ送りますか。個人用ですか、その艦の責任者フォルダの方ですか。ちなみに責任者フォルダの方でしたら、まずアドレスを』


 今は直属の部下ではない筈なのだが、光輝の軍用個人フォルダにそらで送れるのもどうかとバルルークは思ったが、僅かに光輝が片眉を上げたところを見ると、似たような感想は抱いたのだろう。


 ややぶっきらぼうに「…個人用だ」とだけ言葉を返す。


「!」


 だがその言葉が終わるか終わらないかの内に、光輝の側の簡易端末が、受信の音を立てたところをみると、シェルダンは、どこへ情報を送るのかと聞きながら、その答えには予想がついていたのだろう。


 責任者用フォルダには、本人以外の第三者から「覗き見ハッキング」をされるリスクがあるのだから、当然と言えば当然なのだが、その当意即妙ぶりに思わず光輝は舌打ちし、バルルークは「やれやれ」と、苦笑した。


 最もバルルークにとっては、一連の端末操作をそのまま光輝が行なってくれる方が有難いので、そこに苦言を呈するつもりはない。


 光輝は無言のまま、軽く片手を動かした。

 指揮シートの周囲に柔らかい風が吹き、光輝の黒髪とバルルークの白髪交じりの髪を微かに揺らす。


 それとともに、外部からの覗き見を防ぐベールビュー液晶と、会話を外に漏らさない防音機能を兼ね備えた、特殊なシールドが、光輝を中心に半径2.5mほどの場所に出現した。


 将官級以上の士官の艦にのみ付随している機能で、これでこちら側が、この先しばらく、光輝と、側に立つバルルークだけが会話を把握出来る事になる。


 そうした後に光輝は、シールドの内側に、シェルダンが送ってきた資料をバルルークにも見えるよう、空中に出現させた。


 そこに映し出されたのは、サン・クレメンテ宙域図、現在の金星軍地球軍それぞれの艦の配置に、二隻の艦の個別写真だった。


「地球軍第一艦隊、ですか……」

『ええ。ただ、数として、第一艦隊の全てと言う訳ではないようですが』


 バルルークの呟きに、答えたのはシェルダンだ。


 現在は、地球サイドに属するとされる木星の情勢が昨今不安定であり、その様子見と牽制を兼ねて、第一艦隊が出ていた――などと、金星サイドはもちろん知る由もない。

 航路の確認も兼ねて艦隊を分散させていた事も、である。


 ただ、目の前で展開している艦の数が、一個艦隊としては明らかに不足しているとあっては、シェルダンとしても、無視は出来なかったのだ。


『主要士官のふねの内、確認出来たのは、司令官旗艦と参謀長のふね。その内、第一艦隊司令官コローネ・バリオーニ大将の方は、定年前の功労人事のような形で今の地位にあると、もっぱらの噂です。…なので閣下がこの艦隊の〝心臓〟はと仰るのなら――恐らくは、こちら』


 シェルダンの声に合わせるように、画像が動く。


 トルナーレではなく、光輝を「閣下」と呼んでいるのは、恐らく以前の名残り、全くの無意識だろう。


『第一艦隊参謀長リヒト・イングラム中将。あるいはその配下にも、優秀な士官はいるかも知れません。一人では動かしきれない局面も何度かあったようですし。司令官を拿捕すれば、議長表彰ものでしょうが、まずはこの参謀長と側近達を崩さない事には、話にならないと思います。この司令官の事は、シーディア中将が幾許いくばくかの戦力をもって引き返してくるまで、ひとまず置いておかれるべきかと。シーディア中将が引き返して来ようとしているのと同様、この場にない、地球軍第一艦隊の残存兵力も、どういう動きをとっているのか、まだ掴めていませんから』


「まぁ、馬鹿でなければこちらへ向かっているだろうな、そいつらも」

『…楽観視は出来ない、とだけ』


 光輝がほぼ言葉を飾らないのは周知のため、今はバルルークと三人でしか会話をしていないものの、なるべくオブラートに包みながら、シェルダンは同意する。


「………いや」


 そこで光輝は一瞬だけ、思案するように目を閉じた。


『閣下?』


「そう言う事なら、司令官旗艦を狙っていると思わせつつ、参謀長艦を孤立させる。先に参謀長艦を狙うと、自爆覚悟で司令官を逃がした上に、残存兵力と連携されるのがオチだ」


「———」


 シェルダン、バルルークそれぞれが、個性に応じた驚きの表情を見せた。


 ここまで続く局地戦で、全く綻びを露呈させない相手となれば、確かにそこまでしてもおかしくはないのだ。


「バルルーク、合流した艦隊の分を含めて、全体の行動に必要な燃料と食料を調べていた筈だな。出せ。それと、あと何時間自由な行動が可能かもだ。合流予定艦隊の事は数に入れるな、入れていたら死ぬぞ」


 シャルム・バルルーク大佐は、定年退官迄を数えた方が早い年齢ではあるが、長年、補給計画を立てる事に一日以上とも言える才があった事と、同じ一兵卒上がりであるフレッド・トルナーレの目に留まる事とによって、ここまで来た老参謀である。


 まさかこの期に及んで、最前線で出世街道驀進中と言っても過言ではない司令官の下に配属されるなど、彼自身にとっては、青天の霹靂ではあったが、そもそも彼も大多数の上層部と折り合いが悪かった為、補給に偏りがちな自分の才能を評価されるのは、不愉快な事ではなかった。


 …この時も、命じられてもいない、自分達の艦隊に必要な情報かどうかも分からない、燃料と食料の残存の分析をとっくに行なっていた事を知られていて、どこに目があるのかと、驚くより先に感心してしまった。


 対象が、補給と情報と言う違いはあれど、自分達の戸惑いは同じものの筈だと、勝手に妙な親近感を、バルルークは親子程も年齢の違うシェルダンに対して抱いていた。


『基地が閉じている事を悟られる訳にはいきませんからね…。今はまだ、着艦を試みて集中砲火を浴びた、の事がありますから、単に二の舞を避けていると思われているでしょうが…』


 第七艦隊司令官ネルソン・ホーエンガム中将の顛末に関しては、シェルダンも多分に自業自得だと思っていたため、完全に素の発言なのだが、その為に今、なっている光輝の方は、無言のまま、こめかみに青筋が浮かんでいるのをバルルークは視界の片隅に捉えた。


「シェルダン」

『……は』


「その艦はだ。凍結システムの解除に関するデータがどこかにあるか、なくても、各マニュアルへのアクセス権は最強の筈だろう。――権限がある内に探せ」


 第一艦隊司令官の持つ、各種データへのアクセス権は、言わば軍最強だ。

 前線での戦いを好むトルナーレは、日頃あまり活用していないようだが…今ならその権限は、シェルダンの手にある。


 戦闘と解析の同時進行を、光輝は言外に要求している。


 だがそれは、トルナーレであれば絶対に求めない事であり、シェルダンは自分の中で何かが高揚していくのを、自覚していた。


 ――己の能力の八割で良いと言われるか、十割を差し出せと言われるか。


 光輝・グレン・カミジョウは、出来ない事をやれとは、言わない。

 出来て当たり前の事に、力を抜けとも言わない。

 出来る筈だと、言外にでも言われれば、無様な姿は晒したくない。


『承知しました』


 シェルダンは迷わず、十割を差し出す決断を下した。

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