15 その15

再び襲って来た第3階層の魔物「ウルフ」…草原と化した地形に俊敏性のある魔物は相応しいのだろう。そしてそれ程強いとはいえない彼らはその俊敏性と個体数の多さを武器に探索者たちに襲い掛かってくる。それ故、第3階層に降りてくる探索者は3対1でも戦える猛者といえど、より多くの数で押されては数の暴力で倒れ伏してしまうのだ。そんなウルフたちを相手に、「更に上の数の暴力」で蹂躙してしまえるザック。そんな見た目は子供の彼に畏怖を感じてしまう「息吹いぶく若草」チームの4人に対して誰も何もいえないだろう…。そして、ドロップ品の回収を終えた彼らは次階層へと歩を進めることになる。だが、三度のウルフの襲撃が開始され、更に強大なボスが現れる。4人は第10階層のボスと認識しているようだ。ザックは持てる力を駆使して次階層への階段通路…所謂安地に彼らを投げ飛ばして逃がした。自身はそのボスの目前から逃れられない状況だ。果たして、ザックは生きて戻れるのだろうか?…

━━━━━━━━━━━━━━━


- 第3階層で第10階層の主と対峙する状況 -


(さて、と…これからどうしようかな…)


目前の大きな獣…よくよく見ると、伝説のフェンリルに見えるこの魔物だが…


(どう見ても真っ黒なんだけど、汚れてるだけのフェンリル?)


氷雪を司っているともいわれるフェンリルは、元は真っ白のモフモフな魔物だという…


「若しかすると、綺麗にすれば仲良くできたり…はしないよね?」


イラついてる目前の魔物は三度唸りを、咆哮を上げて自身の周囲に発生させた衝撃波でザックを吹き飛ばす!


「ぐあぁっ!?」


くるんと1回転して着地し、ざざーっ!と地に足を付けて堪えるザック。


(…咆哮1発でこれか…)


再び目前の大きな魔物…否、魔獣を見上げるザック。あちらもザックを見下ろしており、イラついた様子が見て取れる。


(よく見ると…真っ黒1色って訳じゃなくて、あちこち黒焦げになってややまだらになっているなぁ…ダンジョンの中だから洗うってこともできないのかな?)


地形は時折この第3階層のように改編は行われるようだが必ず水辺がある地形になるとは限らない。毛が伸びてくれば生え変わるだろうが、短時間ではそれも叶わないだろう。


「…やっぱ我慢できない」


ザックは魔力を集中させる。魔獣は練り上げられる魔力に身構え、臨戦態勢に入るが…放たれた魔法は攻撃魔法ではなかった!!


ウォータークリーン洗濯!!!」


がおっ!?


魔獣は自らの周りに展開される「汚れを落とす水流」に包まれ、すっかりその体躯が…毛皮が濡らされて汚れをどんどん揉み洗いの要領で引っ張り出された後、「清浄化クリーン」の効果で分解除去される。すっかり綺麗になった毛皮が元の白い光沢を取り戻した後は、「ドライ乾燥」の効果でゆっくりと乾燥を施され、終わった頃には神々しい神獣の御姿がそこに在った。


「うん…綺麗になった!…余は満足じゃ…はっ!?」


が、がお?


ザックは一仕事を終えて「ふぅ~!」と汗を搔く仕草の後、ボス魔獣の目の前に居たことを忘れていたらしく現在の状況に気付いて慌てていた。魔獣…神獣ともいえる存在は何故自分が丸洗いされたのかわからず狼狽…はしてないがわけがわからんといった面持ちだった!


〈…そこの子供。何故…我を丸洗いしたのだ?〉


いきなり頭の中に言葉が伝えられ、驚くザック。


「え?…何これ…まさか…ひょっとして?」


最初はきょろきょろと左右を振り向いていたが、最後に目前の大きな白いモフモフに目を向けて問う。


〈うむ、如何にも…我が問い掛けている〉


じ…と見降ろして見詰めている相貌には、ザックを害しようという意図はなく…唯、疑問をもって問い掛けていた。対するザックといえば…


「いや、折角綺麗そうでモフモフそうな毛皮を持つモフモフさんが目の前に居るってのに…こんなに汚れてたら可哀そうだし!」


〈…も、もふもふ?〉


大事なことなので2回いいましたといわんばかりにザックが答えると、当のモフモフさん…否、目前の神獣らしき巨体が戸惑いの声を上げた。


「それより…折角綺麗にドレスアップしたんだし…その」


〈な…なんだ?〉


もぢもぢと頬を赤く染めたザックがにじり寄りながら喋ると、形容のし難い脅威を感じた神獣?がじりじりと下がっていく。


「毛皮に触れても…いいかな?…ダメ?」


〈…〉


両手を胸の前で組んでお願いするザック。リンシャやサクヤが見たら何でもいうことを聞きそうなくらいはパンチ力がある…かも知れない。お願いされてるのは、第10階層ボスらしき神獣らしい巨大な獣だが…w


〈何をいうかと思えば…戯けが…う、うむ…急用を思い出した。ではな…〉


と、早口で捲し立てたダンジョンの中ボスは…くるりと振り向くとその場から消え去ったのだった…恐らくは短距離転移のようなものを行使したのだろう。


「えぇ~…そんなぁ…モフモフがぁ…」


ザックはとても残念そうな顔でがっくりとorzしていたが、駆け付けたマシュウら4人に無事を確認され、そのまま地上へと退却することになったのだった…


(はぁ、仕方ないかぁ…もっと下層のボスがこんな所に出張って来たから報告とかしないとだろうし…嗚呼、モフりたかったなぁ…)


マウンテリバーにはペットとなる動物などは貴族でもないと飼えなかった。ペットを飼えるような余裕は平民や探索者・冒険者には無く一般的ではないというのもある。尤も、愛玩動物というものは弱者であり滅多に見つかる訳でもない。通常見ることのできるモフモフといえば角うさぎなどであるが狂暴過ぎて見敵必殺の上、解体されて調理され、食卓の上に乗るのが常なのだ…まさに弱肉強食の世の中だろう!



- 探索者ギルド -


「はぁ…また第3階層で戻ってきちゃったよ…」


溜息を吐くザックがげんなりとしていると、マシュウら4人が受付に駆け込んでダンジョンで起こっている事情を報告していた。受付嬢のサンディは事態を重く受け止め、


「ちょちょ、ちょっと待ってて下さい!」


と、奥へと引っ込んで行った。暫くの間待たされ、駆けて来たサンディが


「「息吹いぶく若草」チームの皆さん、こちらへ!」


というな否や、再び奥へと走っていく。マシュウたちは黙って後を追い、ザックもついて行くが…


(ん~…面倒なことにならなきゃいいけどなぁ…)


と、1人面倒そうな顔でテンション下げ下げになっていたのだった。



「ん~…それ、本当なのか?」


通された応接室に待機していたのはギルド長でも副ギルド長でもなく、ギルド職員のオサールその人だった。


「本当ですよ…この目で見たんですから!」


マシュウがいうと他の3人もぶんぶんと頷いていた。ザックから見れば、圧倒的な強者の圧を受けてまともに直視してなかった気がするのだが、1度でもあの恐怖を刻まれてしまえば、見なくても敏感に感じ取ってしまうものなのかも知れない…故に、余計な口出しはしない方がいいだろうと取り敢えず黙っていた。


「第10階層の階層ボスがねぇ…」


実はこのマウンテリバーのダンジョンは第10階層より先に進めた者は極僅かしか存在しない。そして最終更新階層は11階層であり、第11階層の探索はようとして進んでいなかった。何故か…第10階層のボスを倒して進めた者は僅か1チーム4名であり、そのチームは地上への転移魔法陣を使ってすぐに戻ってしまっていたからだ…。そして、第10階層ボスを倒したチームは全滅しており、地上には探索者の証であるギルドカードと僅かな装備品しか戻ってなかったのだ。


「嘘を吐いてるとでもいうのかっ!?」


「いやな…またブラックウルフを見間違えてトンボ帰りして来たんじゃないかってな?」


顔を紅潮させるマシュウらにオサールは苦笑いを隠すこともせずに淡々と返していた。彼がそんな煽り文句をいうとは思えなかったザック。


(…とすると、過去にそんなことが何度かあったっていうことかな?)


敢えて無表情を貫くザック。激高寸前のマシュウら4人。流石に小ボスに該当するブラックウルフと第10階層ボスの黒焦げ状態の神獣を見間違えることは少ないと思うが、黒い+でかい+狼っぽいで恐怖心を煽られたら…


(…平静を失ったら、大人でも見間違えてもしょうがないかな?)


と、独り納得するザックであった。



「オサールさんいいですか?」


「ん?…おお、待たせてすまないな。そういやもう1人の証人が居たんだったな」


ギルド職員オサールはザックの言葉に気付いてこちらに視線を向けた。


「それで…彼らが見たという第10階層ボスだが…真実ほんとうなのか?」


「え…それ、僕に証明しろと?…僕、まだ第3階層で足踏みしてて第4階層にすら足を踏み入れてないんですけど…」


つまり、未だ階層ボスである第10階層のボス部屋にすら足を踏み入れてないザックには、同一存在かは証明する術がない。だが、似顔絵ならず姿絵を描くことで、何と遭遇したのか証明することはできるのだ。若しくは、残されている情報として姿絵が保管されていればそれを見ることで証言は可能だ。


「そうだな…実はな。証言だけじゃ弱いと思うんだが…」


「討伐した高ランクの探索者のチームは…全滅してるんだ」


オサールに続いてマシュウが秘匿された真実を話した。


「え…それいっちゃう?」


ジュンがマシュウを目をひん剥いて突っ込む。


「そのチームの犠牲にして帰還したチームが俺らなんだが…」


ジャッカルが苦しみながら独白すると…


「えぇっ!…そんなことがあったんですかぁっ!?」


パトリシアが驚いている。どうやらパトリシアが加入する前の事件だったらしい…


「まぁ…そういうこった。実際に見たことがあるのはこの3バカだけなんだよ…しかも、恐怖心で黒い・でかい・怖いしか覚えてないときた…辛うじて狼のでかいのってのは印象に残ってたんだがな」


あの神獣と思われるフェンリルをウォータークリーン洗濯したら白くて大きいモフモフだった。伝え聞く姿…白くて大きい狼というのは事実だが、黒いというのは火属性魔法で焼かれたせいなんだろう。ダンジョンのボスとして復活しても黒焦げのままというのは聞いたことは無いが…


「そうなんですか。あ、でも僕、そのボス狼をウォータークリーン洗濯して綺麗にしてあげたので姿絵とか描けますけど、どうしますか?」


「「「ええっ(なにぃっ)(マジかっ)!?」」」


一斉に視線を浴び詰め寄られたザックは後退りながら、


「えっと、どうしますか?」


と、冷や汗を掻きながら再び問い、「勿論描いて欲しい!」との返答に、用意された紙とペンを用いて思い出しつつコリコリと描き出すのだった…



「これが…第10階層ボスか…」


「確かにこんな姿だったと思う」


「よく見ると…可愛い?」


「そうか?…愛玩動物として見るには精悍過ぎるだろ」


「モフモフっぽいですね…埋もれたいかも」


オサール、マシュウ、ジュン、ジャッカル、パトリシアの順に姿絵の神獣を見た感想を呟いていた。尚、斜めから見た全体図だけでなく、覚えてる限りの姿絵を描いたせいで、10枚くらいの紙が散らばっていた(描き損ねを含む)


「僕がウォータークリーン洗濯を使って綺麗にした後、念話で話し掛けて来ましたよ?…後、姿をその場で消して居なくなったので、転移魔法を習得していると思います。攻撃は仕掛けて来なかったのでその辺はわかりませんが…」


「…攻撃関連は奴等から聞いているんでな。その辺はいい」


オサールが2つの権能に驚きつつ問題無いといってきた。神獣フェンリルらしく氷雪系の魔法やスキルを用いて戦うらしい。恐らくは氷の息アイスブレスなども普通に行使して戦うのだろう。


「話はわかった。どうやら本当のことらしいな…この情報はギルドで買い取ることとなると思う。ザックよ、姿絵の情報は有難い。報酬と評価が下るには時間が掛かると思うが…暫く待って欲しい」


「あ、はい…あ、ドロップ品はすぐ買い取って貰えますか?」


「ん?…あぁ、買取窓口か倉庫に行ってくれ。数が多ければそれなりの時間は掛かると思うがな?」


オサールはもう解散していいぞといって応接室を出て行った。ザックは疲れたマシュウたちを見て、


「じゃあ、買取窓口か倉庫に行きましょうか」


といって席を立った。マシュウたちもその数秒後に疲れた顔をして席を立ち、ザックの後を追う…パトリシアだけ、安心感からか腰が抜けたようで席を立てず、


「仕方ねぇなぁ…パットは」


と、ジャッカルに肩を貸して貰いながら応接室を出るのだった…



- 買い取り窓口 -


「よお、ザック。お前、「息吹いぶく若草」チームに入れて貰ったんだって?」


ハンスだ。何だか久しぶりに見る悪友っぽいが、その実ザックを小馬鹿にするのが生き甲斐の小役人根性の探索者ギルド職員だ。窓口の職員が人員不足な為、買取窓口の他に受付カウンターにも出張っていることがある。


「あ?…まぁね。仮加入だけど」


どちらかといえば護衛の都合がいい為に一緒に行動できるようにと仮加入を勧められてそうしてるだけで、別にぼっちのままでも良かったといえるのだが…


「あ~、すいませんね、こいつまだ探索者始めて1年のペーペーなんで。迷惑を掛けてませんかね?」


と、何故か代わりに頭を下げ始めるハンス。男性陣は「何こいつ?」と物凄い訝し気に見ているが…いや、ハンス以外にも買取窓口に立つ職員がいるから、恐らくは彼以外の人が担当してる時にしか来たことがないのかも、だけど…。女性陣といえば「何かムカツクわね、こいつ…」というような顔をしてるけど、関わり合いになりたくないのかチラっとだけ見て後はそっぽを向いている。うん、多分それが正しい対応だろうね…


「ほっとけよ。で、買取をお願いしたいんだけど…」


「おお、いいぜ。で、どんくらいある?」


「数?それとも重さ?」


「数に決まってるだろ?…重さでってんな何百kgもあるのか?」


ハンスと僕がいい合っていると、


「あぁ…確か300kgはあるんじゃないか?」


と、マシュウが例の袋を1つ口紐を解いて置かれていたトレイの上に少しだけ流し込んだ。


じゃらら~~~~っっ!!


あ!という間にトレイからドロップ品が零れ落ち、ジュンとパトリシアが慌てて零れたドロップ品をかき集めに動く。遠くに転がって行きそうになった物だけ、ザックがストレージに密かに収納しておいたが…


「ちょまっ!…倉庫に行ってくれ、ここじゃ処理仕切れんわ!!」


と、ハンスが零れる程のドロップ品の量を見て倉庫へとぶん投げた。ザックはここぞとばかりニヤリと笑って倉庫へ歩いて行き、マシュウたちは一旦トレイへ入れたドロップ品を回収して後をついて行く…


「けっ!…どーせあの4人におんぶに抱っこの癖に…覚えてろよ!?」


覚えてたからといって何ができる訳でもなく、無様な記憶を覚え続けるだけのハンスに明るい未来は訪れないだろう…そう、背後に佇むリンシャの魔手に気付かない者程度には…



- 探索者ギルド・倉庫 -


「ん?…何かカエルが踏んづけられたような声がしなかったか?」


「さぁ…」


ジャッカルが振り向き首を傾げるがジュンが興味無く応え、「…ま、いっか」とスルーする4人。先頭のザックだけはいい気味とニヤけるがすぐに表情を戻す。ブラックザックくんが顔を一瞬だけ出したのだった…w


「ん?ドロップ品の買取かい?」


「査定もお願いします」


倉庫の中のギルド職員がこちらに気付いて顔を出してきた。ザックが応じると、


「こっちに来たってことは量も多いんだね?…ちょっと待っててね」


ギルド職員は奥に引っ込むと大きいテーブルを引っ張り出してきた。


「あ、お手伝いしましょうか?」


「あぁ、手伝ってくれるのかい?助かるけど…」


ザックは成人したとはいえまだ子供の年齢だ。15歳でマウンテリバーに訪れ、凡そ1年が経過して今は16歳となるがまだまだ体が小柄で未だに成人してない子供として扱われるか勘違いされることもある。鍛錬は続けているが、それ程筋肉ムキムキではなく服を脱げば腹筋や背筋が鍛え上げられていて痩せマッチョともいえるのだが…余り身体が育たない内に筋肉ばかり鍛えている為、骨の成長が阻害されるのではないか?…とギルド職員たちには心配されていたりしていた。逆にリンシャやサクヤには「そのまま可愛いままでいて欲しい」という秘密裡の想いがあり、念願が叶いそうで内心萌えているのは絶対秘密らしいwww


「あぁ、俺らが手伝うよ…」


「あぁ…案内してくれ」


ジャッカルとマシュウが手伝うと進み出て、「頼むわ」とギルド職員が持ってきたテーブルを設置して奥へと戻って行く。女性陣たちも、「軽い物なら運べる」と後を追いかけるのだった…。そしてやることが無くなったザックだが…


「あ~…そういやリンク切ってストレージに殆どのドロップ品を移動してたんだっけ…」


と、再度リンクを張り直してそれぞれのドロップ品がどれに入ってたか履歴を確認して再分配するという面倒な作業をする羽目に遭っていた…傍から見たら体育座りをした子供が虚空を見詰めてぼ~っとしているという…いや、何でもないw(ギルド職員は時々そうした奇行をしているザックを見慣れているので、気にされなかっただけマシなのかも知れない…)



(はぁ、間に合った…)


頭をフル回転させて各自の紐付き手提げ袋を元の状態に戻したザックは、疲れ切っていた。目の前にストレージと各アイテムボックスのリストを見ながら作業すれば操作も楽だったのだが、それでは虚空に指と視線を走らせる怪しい子供ということになり、全て脳内で処理する必要があった為だが…


「じゃあ、こっちのトレイに一旦ぶちまけてくれ」


ギルド職員の指示に一際大きいトレイ…という名称の大ダライにどざ~っ!!…とドロップ品をぶちまけて…溢れた。


「ちょちょ!ストップ、ストォ~ップ!!…一体どんだけ容量のあるアイテムボックスだよ!?」


(えっと…一応制限掛けたけど…確か1トンくらいかな?)


リンクを切った時は100kg制限にしたが、今は張り直したので元に戻っている。それでも制限無く入れてたら負荷が掛かり過ぎる為に最大1トンまでとしたのだ。重量に関しては単体の機能では100kgをゼロとする程度であり、リンクを張っている今は中に入れた物は指輪のストレージにある為に負荷は無い筈だが余り多くの物を入れた場合、リンクそのものに負荷が掛かりそうなので制限を掛けたという訳だ。


「えっと…これってどれくらい入るんだ?」


マシュウが小声で訊いて来たのでこちらも小声で答える。


「えっと…確か100kg…くらいだったと」


「「「えっ!?…(マジかっ)(本当なのっ)(これを売ったら一気にお金持ちにっ)!!」」」


そういや話してなかったかな?…と思いつつ、最後の誰だよ!…と心の中で突っ込むザック。事実、100kgも入る重量軽減機能付きの紐付き手提げ袋ならば、時間経過を抑える機能無しでも相当の価値はあるだろう。尚、見た目は水なら4リッターくらいは入るだろう革袋に手提げ用の紐が付いている袋といった形状をしている。紐を引っ張って搾れば口が締まるといった塩梅だ(口を開けば4リッター入りの水瓶がすっぽりと入る大きさとなる)水瓶だけ入れて満載にすれば、水瓶そのものの重量を抜いても相当量の水を運べるのでこれ4つだけでも水の行商人が可能という訳だ。


「ん゛ん゛っ…じゃあちょっと待ってろ…」


と、再び…いや、三度奥に向かうギルド職員。そして、ちらっと振り向いてマシュウとジャッカルに来い来いと手招きし、3人は倉庫の奥へ向かうのだった…



「はぁ、ようやく終わった…」


「あぁ…」


「疲れた…」


ジャッカル、マシュウ、ジュンが疲弊してもう動きたくないと疲弊した顔で用意された椅子に座り込んでいた。パトリシアは敷かれたシートに横になって寝ていた。ザックはそんなパトリシアに悪い虫が付かないようにと横に座り込んでいた。


「皆さんお疲れ様です」


立ち上がり様にストレージからスタミナ回復薬を取り出す。勿論、巾着袋に手を突っ込んで擬装はしているが…


「これは…?」


「スタミナ回復薬です。少しですが疲れた体が楽になりますよ?」


戦闘で疲弊した訳ではないので、試験管タイプの小容量瓶に入った物を配る。本物の試験管より細く、注射器よりは太め…と思えばいいだろう。勿論浣腸用のではなく、ワクチンとかの注射器よりは太いという意味だ。


「…あ、飲み終わったら瓶は返してくださいね?…空になった容器は再利用できますので」


ケチというなかれ。実際にウォータークリーン洗濯で洗浄した後に錬金術で作った薬液を再封入して再利用しているのだ。創ることは可能だが今ある物を再利用するのも大事なことだろう!


「あ、あぁ…」


その辺にポイ捨てしようと思っていたジャッカルたち。上げた手をそそくさと下ろしてザックに瓶を返却する。こうして、渡された試験管タイプの小瓶はザックに無事に返却され、綺麗に洗浄された後にストレージへと収納された。時間ができた時に、各々の小瓶に薬液が再封入され、また日の目を見ることがあるのだろう…


「あ~いいか?査定が終わったから」


「「おお、やっとか!」」


ジャッカルが死んだ魚の目から蘇生し、生き生きとした眼に戻る。他の連中も似たようなものだ(ザックだけは眠そうな目だったが…パトリシアは寝ていたので不明)ジュンは小声で「やっとね…これで当面の資金が確保できて宿を追い出されなくて済むわね…」と呟き、溜息を吐いていた。どうやら財政管理はジュンが担当しているようだ。


「…じゃ、これが買取品の査定証明書な。受付に行ってこれを出せば金を受け取れるからな?」


うんうんと頷くジャッカルとマシュウ。それにジュンの前に数枚の査定証明書が差し出され、代表としてジュンが受け取る。本当ならリーダーであるマシュウが受け取るべきだが、金に関する物はジュンが担当らしい。


(まぁ…わからなくもないかな?)


ザックはぼっちだったので全部こなさなくてはならないが、財政担当が居れば任せたいと思うことはある。財布の紐を締める者が居なければ、4人とはいえ…宵越しの銭を持たない気性の持ち主が多い探索者や冒険者たちは、毎日金稼ぎに働きに出なくてはならないだろう!


(実際、酔い潰れる程呑んで、頭痛を抱えながらダンジョンに潜って死んじゃう人とか居るしねぇ…)


ああはなりたくないなと思いつつ、受付カウンターへと戻る「息吹いぶく若草」チームの面々。ザックは最後部で後を付いて歩き、一応、待ち行列に並んだ。時間は夕方になりかけており、割といい時間帯となっていた。受付カウンター前は依頼の報告や拾得物を売りに来た探索者で賑わい、一番人の少ない待ち行列を選んだにも関わらず20分程は待たされた。


「はい、次の方、お待たせしました!」


「「やっとかぁ~」」


前に並んでいたマシュウとジャッカルがぼやき、一番前に並んでいたジュンは無言で査定証明書を差し出す。一応、待っている間に見せて貰ったんだけどこんな感じだった。



【査定証明書】

---------------

◎素材名×個数等…買い取り額(単価) ※使用用途等

---------------

【ウルフ】

◎牙×2155本…銀貨21枚 銅貨55枚(銅貨1枚)※アクセ品素材や錬金素材など

◎毛皮×1045枚…銀貨20枚 銅貨90枚(銅貨2枚)※衣装素材や防寒具素材など

◎骨×2123本…銀貨42枚 銅貨66枚(銅貨2枚)※アクセ品素材や錬金素材など

◎魔石(小)×720個…銀貨21枚 銅貨60枚(銅貨3枚)※魔道具素材や錬金素材など

◎魔石の破片×321個…銅貨96枚(銅貨0.3枚。個数×0.3(端数切捨て)) ※錬金素材

魔狼の剣ソードオブ・ウルフ×13本…金貨2枚 銀貨99枚(銀貨23枚)

◎水晶21本…銀貨31枚 銅貨29枚(品質毎に違う為時価) ※錬金素材

---------------

合計額(税抜き)…金貨2枚 銀貨62枚 銅貨77枚 ※税率40%

魔狼の剣ソードオブ・ウルフをオークションに掛ければ更に高額で引き取れると伝えられたが、オークション会場に送ってとやっていると時間が掛かる為に標準的な値段(時価)で買い取って貰った。普通の鉄の剣より鋭い。満月の夜に使うと僅かに敏捷度が上昇する


【フロストウルフ】

◎牙×1080本…銀貨21枚 銅貨60枚(銅貨2枚)

◎毛皮×530枚…銀貨15枚 銅貨90枚(銅貨3枚)

◎骨×1075本…銀貨21枚 銅貨50枚(銅貨2枚)

◎魔石(小)×415個…銀貨12枚 銅貨45枚(銅貨3枚)

◎魔石(中)×302個…銀貨15枚 銅貨10枚(銅貨5枚)

◎魔石の破片×210個…銅貨63枚(銅貨0.3枚。個数×0.3(端数切捨て))

凍狼の剣ソードオブ・アイス×6本…金貨1枚 銀貨80枚(銀貨30枚)

◎水晶21本…銀貨28枚 銅貨77枚(品質毎に違う為時価)

---------------

合計額(税抜き)…金貨1枚 銀貨77枚 銅貨57枚 ※税率40%

凍狼の剣ソードオブ・アイスをオークションに掛ければ更に高額で引き取れると伝えられたが、オークション会場に送ってとやっていると時間が掛かる為に標準的な値段(時価)で買い取って貰った。※斬り付けると低確率で対象が凍り付く。装備すると僅かに氷耐性を得る


【他】

第1・第2階層の魔物のドロップ品はオークを除き全て銅貨1枚で買い上げられ、一定額を超えた場合にランク別の倍率で徴税される。

---------------

◎オーク以外のドロップ品売却額…総額 銀貨36枚 銅貨88枚

◎魔石(小)×415個…銀貨12枚 銅貨45枚(銅貨3枚)

◎魔石の破片×210個…銀貨4枚 銅貨62枚(銅貨0.3枚。個数×0.3(端数切捨て))

---------------

合計額(税抜き)…銀貨32枚 銅貨37枚 ※税率40%


【オーク】

---------------

◎各種肉(食材)×112個…銀貨3枚 銅36枚(銅貨3枚)※ランダムに得られる食材(1kgの塊)

◎牙×98本…銅貨98枚(銅貨1枚)(銅貨1枚)※錬金素材

◎精力剤の素材×9個…銀貨9枚(銀貨1枚)※錬金素材(竿、玉がランダムドロップ)

◎魔石(小)×82個…銀貨2枚 銅貨46枚(銅貨3枚)※魔道具素材や錬金素材など

◎魔石の破片×42個…銅貨12枚(銅貨0.3枚。個数×0.3(端数切捨て)) ※錬金素材

魔豚の肉切り包丁ブッチャーズ・ハチェット×4本…銀貨44枚(銀貨11枚)

---------------

合計額(税抜き)…銀貨35枚 銅貨95枚 ※税率40%

魔豚の肉切り包丁ブッチャーズ・ハチェットをオークションに掛ければ更に高額で引き取れると伝えられたが、オークション会場に送ってとやっていると時間が掛かる為に標準的な値段(時価)で買い取って貰った。※錆びた肉切り包丁。そのサイズは包丁というには大き過ぎ、肉厚な刀身は恐ろしく頑丈。包丁なのに鉈と呼ばれるのはその刀身に由来するのか?対人戦に特化したその性能は容易く太腿や胴体を断ち切る性能を持つ。闘奴同士の戦いで戦果を挙げることだろう(金属製の鎧を装備している相手では効果は半減する)

---------------

総合計額(税抜き)…金貨5枚 銀貨8枚 銅貨66枚 ※税率40%

---------------



(…税込み額が金貨8枚 銀47枚 銅貨78枚で徴税後が40%差っ引いて金貨5枚 銀8枚 銅貨66枚…差額が金貨3枚 銀貨39枚 銅貨12枚かぁ…)


流石に探索者ギルト直営宿の安宿は比較対象にはならないけどマウンテリバーの標準的な宿屋は1泊2食付きで銅貨15枚だったことを考えると…


(2260日も引き籠りが可能…)


流石に1日2食ではお腹が減るから昼飯は外食で賄うとすれば1食銅貨2枚程度で必要最低限の食事を賄える為に1994日は働かずとも生活はできる。本当に最低限度の生活にはなるけど実践した場合、精神を病むことになるんじゃないかな…(ちなみに1箇月は28日、1年は12箇月で336日。1994日は凡そ6年となるけど何もせずに宿屋で寝転んで時間だけが過ぎるのを待つ毎日なんて何も楽しくないだろうなぁ…)


(まぁ、そんな人生を送るつもりは毛頭無いけど…ランクがこのままだとこんなに搾取されるんだね…。収入がある度に税金を支払ってる訳だから、村に居た頃みたいに年に数回に分けて税金をお上に収める必要はないんだけど…)



…と、査定証明書を見て考えてたら、「わっ!」…と前の方で騒ぐ声が聞こえてきた。ちなみに証明書は借りて手持ちの低品質紙に紙面複写ペーパートランスファーで写しておいたのでゆっくりと計算とかできたんだけどね。


「「金貨なんて初めて見たよ!」」


「きらきらぁ~!!」


「これで暫くは宿を追い出されずに済むな…」


ジャッカル、ジュンが金貨に感激し、パトリシアは幼児化したかのように見たまんまを口にしてマシュウは当面の宿代や細かな消耗品代の心配をせずに済むと心底安堵していた。最初に肩代わりした資金…確か銀貨2枚と銅貨60枚だったと記憶している。


(消耗品として立て替えた銀貨2枚はつり銭は貰ってないので銀貨2枚。弁当代は…食べたのが5回で25食分。5食はまだ残ってて5回分は自分で食べたので20食分の銅貨40枚を貰えばいいか…合計銀貨2枚と銅貨40枚を立て替えたってことで請求すればいいかな?)


そういう訳で喜んでいる所悪いけど、ジュンに立て替えた代金を請求するザックであった…。チームの共有資金として各種消耗品代として分け、ザックへの借金返済。残りの余剰金から何かあった時の為の積立金を除いた残りのお金から貢献度を考えて割り振ったのだった…



【「息吹いぶく若草」チーム・ダンジョン第1~3階層攻略収支】

---------------

収入:金貨5枚 銀貨8枚 銅貨66枚(徴税率40%)

支出:

 ◎消耗品代など…銀貨2枚(ザックへ返済)

 ◎食料品代など…銅貨40枚(  同上  )

 ◎宿代延滞料+食事代…銀貨2枚 銅貨24枚(1週間分・部屋2間(銅貨20枚))

 ◎宿代先払い料金…1箇月分(28日)銀貨5枚 銅貨4枚

  ・朝夕食事代(先払い分)…1箇月分(28日)銀貨3枚 銅貨36枚 ※前日に申請した分だけ消費(ダンジョンに潜ってる日は食べないので当然未消費となる)

 ◎共有資金…金貨3枚

 ◎分配用残金…金貨1枚 銀貨95枚 銅貨59枚

 ◎分配金

  1.ザック  …銀貨58枚 銅貨69枚

  2.マシュウ …銀貨48枚 銅貨91枚

  3.ジュン  …銀貨39枚 銅貨12枚

  4.ジャッカル…銀貨29枚 銅貨34枚

  5.パトリシア…銀貨19枚 銅貨56枚

---------------



【平均的な宿・割引き料金の一例(部屋2間の場合)】

※2間を格安で貸す代わりに食事券サービスなどは無し

※2間=2人分は朝夕の食事は出されるが、4人で泊っている為に2人分は別途実費で支払う必要あり

--------------------

1週間分…銀貨1枚 銅貨26枚 追加食事代×2名…銅貨6枚×2名×7日=銅貨84枚

2週間分…銀貨2枚 銅貨52枚    同上  ×14日=銅貨168枚

3週間分…銀貨3枚 銅貨78枚    同上  ×21日=銅貨252枚

4週間分(1箇月分)…銀貨5枚 銅貨4枚   同上  ×28日=銅貨336枚

以後、1箇月分に上記の宿賃を1週間単位で加算のこと

--------------------


━━━━━━━━━━━━━━━

貸し借りは早い時期に清算した方が、貸した方も借りた方もスッキリしますよね?w


ザック  「え…何で僕が報酬?トップなの…」

マシュウ 「いや、これでも少ないんだが…」

ジャッカル「確かに貢献度を考えれば、な…」

ジュン  「でも!…今までを考えれば信じられない収支よ!…しかも、1箇月も宿代を先払いできる程に!!」

パトリシア「最下位だけど…最下位だけど…今までで最高の収入額!!」

一同「装備品に使うんだぞ?…またアホみたいに趣味に注ぎ込んだら次から小遣い制にするからな!!」

ザック  (一体何を買ったんだろう?…気になる)



備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨250枚、銅貨1617枚(変化なし)

ストレージ内のお金

 金貨173枚、銀貨70枚、銅貨1815枚(変化なし)

財布内のお金:

 金貨1枚、銀貨78枚、銅貨124枚

今回の買い物(支出金):

 なし

ザックの探索者ランク:

 ランクC(変化なし)

本日の収穫:

 銀貨58枚 銅貨69枚(普通にドロップ品をギルドに収めて得られた収入から様々な支出を引いて残りを分配したお金。分配率は30%となった)

チームの共有資金:

 金貨3枚分。金貨のままだと使い辛いので、銀貨290枚+銅貨1000枚に崩してある

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る