09 その9
領主邸で一夜を明かし、流石に連泊する訳にもいかず帰り支度を始めるザック。荷物を纏め、財布の中身を整頓し、報酬で貰った装備品を見て、ローブは軽装鎧の上から羽織る。そして指輪を指に嵌めようとすると…大人用の大きさなので緩い。どうしようかと思案した結果、サイズ合わせ用に内側に銀を少し盛ろうと思い内側を見たら…領主様たちの婚約指輪だった。中のメッセージを見るに奥様用らしいけど…見なかったことにしてスルーするザック。その後、無事に領主邸を出てマウンテリバーの町に帰還する…
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- 変化しちゃってたダンジョン第3層 -
前回到達した時は、確かに洞窟型の暗めの岩でごつごつしてる狭い通路が張り巡らされた構造だった、筈。だけど、今、目の前に展開してる光景は…
「どう見ても、草原、だろ…これ」
空高く鳥と思えるモノが飛び、その青い空には雲も僅かに浮いている。地上に目を向けると遠くには森だか林のような地形が見える。そこまで一面に青い…いや、草原なので緑色だけど…草原が埋め尽くされている。道らしい道は無いので探知が無いと迷子になりそうだ…
「…取り敢えず、目印を立てておくかな?(本気で迷子に成り兼ねないし…)」
「暗くなるかわからないけど、周りが暗くなったら光るようにしておくか…」
魔法陣を追加付与して、ポール全体が暗くなると光るようにしておいた。ギンギンに光るんじゃなくて、ゆっくりと明滅するように。これなら遠くから見えるだろう…海では灯台という建物が海を航海する船の道標になると聞く。これは陸の灯台みたいな物になってくれればいいなと似せてみたけど…
「全体が光る灯台なんて多分無いけど…一部分だけ光らせるのは面倒だしな、しょうがないかぁ…」
という訳で、手抜きしたザックだった。
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「ん?…何か接近してるな…何だろう?」
探知を使わずに気配に気を配りながら歩いていたザック。探知は常時使っておけるものではなく、任意のタイミングで使うことしかできない生活魔法なのでこうして気配を読む努力をしておくことも探索者としては必須なのだ。慣れれば相手より先手を打つことができるし、何より不意打ちを防ぐことができる。
「よくわからないけど…動きが速い。ウルフか何かか?」
複数の気配が思ったより早い動きでこちらを囲むように動いている。風が草原を撫でて動いている為に目では動きを察知できない。耳で音を拾おうにも、矢張り風が吹いている為に僅かな擦過音も聴き取れない。
「ま、普通の人間にはわかんないよな…こういうのは」
だけど、悪意のような敵意のような物を感じ取れている。これが気配察知とかいうものなんだろう。もっとスキルのように昇華すれば、索敵とかそのような名の付くモノになるんだろう…
「…来る!?」
僅かに感じ取っていた気配が変わり、真っ直ぐにこちらへ突き進んで来る感じに変化したと思ったと同時に、草原の草の動きが僕自身に向かって突き進んで来た!
(くっ…油断してた訳じゃないけど)
このままでは後数秒と経たずに接敵。見える範囲で10体近い魔物の攻撃を受けることになる。
(パーティを組んでても無理だよね、この数は…)
だから、
「
通常、単にアースウォールのみを創り出すならそれだけ唱えればいい。だけど、想定以上の数の魔物を防ぐには唯の土壁じゃ防ぐことは難しい…だから、敢えて2段階の魔法を唱えて強化する!
ずごごごごごご………どぉんっ!!!
地面が鳴動したと思ったら、あっと言う間に土の壁を形成する。そしてその壁はザックの周囲だけではなく、数mの高さまで伸びて外側へと開いて行く。最後の大きい音は先頭の魔物たちが一斉にぶつかった音だ。
どん!
がりがりがり…
「流石に登れないか…体当たりしたり爪で引っ掻いても穴は空けられないと思うけどなぁ…」
探知で外側を調べても人より体高の低い四足動物みたいな魔物としかわからないけど、予想通りウルフ系の魔物らしい。数m…目測で5mくらいの外開きの壁は登ることができないらしく、先程から体当たりと爪で引っ掻くなどの努力をしている模様。だが、外側の壁はなるべく爪の取っ掛かりを無くし、且つ分厚くしてある。
「うーん…このままだと諦めてくれるまで根競べかな…流石に一杯居る狼さんと戦うと負けちゃうしな…」
暫く考えた末、ザックは
「あ、防御用の装備、無いじゃん」
と。
・
・
「ストレージ内の砂を物質変換…疑似ミスリルでいいかな?…擬装用に後でライトメタルでコーティングすりゃいいか」
ストレージに仕舞ってあるサンフィールドの外に幾らでもあったマナを多く内包している砂を少し小分けにして錬金する。変換先はミスリルの性質を持つ疑似ミスリル。本物のミスリルと遜色ないマナ伝導効率を持ち、そして本物より高い耐久性を持つ性質の物質だ。武器にすれば高い切れ味と攻撃力を。防具にすれば高い防御力と魔法耐性を持たせることが可能。マナを貯め込める魔石を組み込めば攻撃魔法を纏わせて纏った属性を持つ属性武器になるし、防具の場合も同様に纏った属性防御の性質を持つ物となる。だが、この場合は無属性らしいウルフが相手だ。だから…
「堅牢のローブで既に硬いから…それを補う物がいいよね…」
堅牢のローブは「物理&魔法耐性50%」という破格の性能を持つ。尤も、充填されている魔力が切れるまでという欠点もあるが。
「盾がいいかな。まぁ持ったことが無いし、大きなのは動きを阻害するからなるべく小さい物…でも、余り小さいと攻撃を防げないからなぁ…」
暫く思案して、以前見たことがある取り回しが良さそうだなと思っていた腕に装着するタイプの小盾…バックラーを生成することにしたザック。
「左腕に装着。形は手先を長辺としたカイトシールド型で。重量軽減と、念じると触れている対象を吹き飛ばすスキル…(う~ん、何て名前だっけ?…体のでかいタンクの人が盾を構えて突進する時に「シールドバッシュ」っていってたからそれでいっか…意味が違うかもだけど…)のスキルを込める。魔力を充填する魔石は内側に3つ。スキル魔石は外側に…一応保護帯を付けて。飾りは無いけど形状的に頑丈さが増す溝を付ける」
ぶつぶつと呟きながら脳内で設計図を構築していく。内側に魔力充填魔石を付けたのは単に腕が触れていれば戦闘中でも魔力充填ができるよね?…と思い至っただけに過ぎない。堅牢のローブも背中の内側辺りと両肩に魔石が何個か縫い付けてあり、装備していて残り魔力量がある程度減ると自動でマナ…魔力を充填しているようだ。流石に装着者の魔力が減り過ぎていると吸わないように安全措置は施してあったが…
「あ、そうだ。「高濃縮魔石」を精製っと…」
ストレージ内の疑似ミスリルインゴットを錬金用の魔法陣エリアからアイテムストレージエリアに移し、砂から高濃縮魔石を3つ精錬する。こちらは砂から直接創ることが可能なのでインゴットを用意する必要はない…が、3つともなると割と砂を消費するんだけどね。戦闘用の装備品だから、戦闘中に魔力が切れても困るからしょうがないけど。魔力充填の隙で斃されたら目も当てられないしね!
「よっし、3つ完成っと…じゃ、インゴットからバックラーを精錬…え、名前?…」
インゴットを置いて魔石を3つとも置いて錬金魔法陣を起動すると、名前を要求された。要求性能的に名無しでは創れないのだろうか?
「え~っと…う~ん…さっきはシールドバッシュってしたけど、体全体で吹っ飛ばすって感じじゃないしな…盾に触れた魔物を…突き飛ばす、かな?」
「吹っ飛ばす」というよりは「
「修正…スキルは「トラスト」で。盾の名前は「トラスト・バックラー」で」
設計図が修正され、準備が整う。ストレージ内の錬金魔法陣に魔力を注ぎ込み、数分で「トラスト・バックラー」が完成する。
「よしっと…普段読みは「バックラー」でいっか」
ザックはストレージからバックラーを取り出し、左腕に装着する。ついでにMPポーションも取り出して飲む。
「ぷはっ…微妙に甘い味付けなんだよね、これ…」
空になった小瓶をストレージに戻してMPが回復した感覚に頷いてバックラーの魔石へ魔力を充填開始する。今は急ぎなので半分程充填してから土壁を見る。
「はぁ…やっぱ諦めてくれないかぁ…」
今まで洞窟型のダンジョン第3階層だったが、今や開放型ダンジョンと成り果てた第3階層。恐らくは中の魔物たちもダンジョン改編と共にその階層に相応しい魔物に改編されたのだろう。ということは…
「多分、飢餓状態なんだろうなぁ…」
土壁を生成してからたっぷりと10分近くが経過しているが、諦めることなく外側では体当たりや爪で引っ掻いている音が途切れることなく鳴り響いている。地上近くで鳴っていた体当たりの「どすん!」という音は、時々高い位置から聞こえてくるので、ジャンプして乗り越えようと頑張っているんだろう。それと同時にちょっと遠くから「ぎゃん!」と悲鳴も上がっていることから、仲間のウルフを踏み台にして更に高いジャンプを…という涙ぐましい努力をしているのかも知れない。
・
・
「さて…と」
流石に多対1の戦闘はしたくないザックだが、タイマンなら勝てる見込みはある。今見ているのは土壁だ。そこに手を当てて細工をする。
「念じると開いたり閉まったりする扉を構築…大きさは外に居るウルフ1匹分ギリギリで!」
何とも大雑把な注文だがドアとなる部分の色が変わる。
「よし…1匹通したらすぐ閉まれ…開けて!」
シャッ!…とウルフ1匹分の穴が開く。それに気付いたウルフたちが穴目掛けて集まってくるが先頭の1匹が通過すると同時に閉まってしまった為、「ぎゃん!」と悲鳴が響いて来る。恐らくは鼻っ柱を強かに打った為に鳴いたのだろう。
(…次入ってくるのは鼻血を流してる狼さんかもね…)
くすりと笑みを浮かべるザックだが、苛立った唸り声で我に返る。そう、今はタイマンとはいえ、命のやりとりをすべき相手が侵入してきたのだから…戦闘モードに切り替えて剣と盾を構えるザック。
ぐるる…
たしたしと足音を鳴らしてザックを睨みながら動き出すウルフ。その大きさはザックの腰程度のい体高で、全長は2mは無いだろう。尻尾を入れれば少し超えるくらいだろうか?
(動物としての狼なら成体だけど…魔物だとどうなんだろう?)
睨みながら考えたものの、鑑定スキルは植物限定の為に見たまんまの情報しか得られないザックには判断が付かない。元より、ダンジョン産の魔物は倒すとその死体は消え失せてしまうので死体を調べることも儘ならないのだが…
(ま、そんなの悩んでるより、目の前の戦いか…)
と考えるのと同時にウルフがその場から駆け出し一気に詰めてくる!
「うわっと!」
左腕を差し出してバックラーに噛みつこうとするウルフ。
「今だ!…「トラスト!」」
牙が「カツン」と触れた瞬間を狙ってスキル名を叫ぶ。いや、脳内で念じても問題無く発動する筈だが、ノリで叫んでみた訳だ…
ぎゃんっ!?
目に留まらない程の速度で突き飛ばされたウルフは…壁に激突して反作用でこちらに転がってきた。確かに剣の届く距離に転がってはいるが…
「う~ん…完全にこれ、ウルフだと意に反して吹っ飛んでってるよなぁ。壁があるから問題は無いんだけど…」
壁に当たった衝撃で気絶しているウルフの急所…首筋に剣をサクッと斬り込んでトドメを刺すザック。イージー過ぎて戦ってる感がゼロである!
「まぁしゃあないか…はい、次のお客さんどうぞ~」
客ではなく魔物だよと突っ込みたいがパーティメンバーは居らず、突っ込み役ゼロでの作業が続くのであった…
・
・
「次でラストかな?」
少し…いや、かなり疲れたザックがうんざりとした顔で呟く。通常なら死体が積みあがる程の数をこなしているが、此処はダンジョン。常識が通用しない異郷だ。第一、死んだ魔物は地上と違って死体を残さない。残る物は核となっている魔石が殆どだが、稀にドロップ品として体の一部や体内に入っていたであろうアイテムを残す(その殆どは魔石オンリーだが)ザックは踏み潰してしまうのも勿体ないと考え、全てをストレージに収納してはいたが…
「…ってありゃ?」
土壁を開けても入って来ない。もう残ってないのかなと思ったが探知には反応がある。あるにはあるが…
「あ、結構でっかいのが居るなぁ…フィールドボス、みたいな?」
大きいとはいえ通常サイズの3倍くらい。別に赤くもなく角も生えてはいないと思うが。ザックは土壁があると却って邪魔だと判断し、「解除」と呟いて崩壊させる。すると…
「おお…」
探知で視た通り、凡そ3倍の体高のウルフがやや離れた位置に佇んでいた。そして、すっくと立ちあがると、更に高くなる。
「って、4~5倍くらい!?」
最早見上げる高さになっていた。体長は尻尾を含めれば8mを越えているかも知れない。立ち上がったボスウルフは大体3mに届かないくらいで、ホブゴブリンを越えてオーガくらいの巨体を誇っている。
「…えぇ~………これを、ソロで倒すの?」
げんなりした表情のザックだが、
「通常固体を倒すのとは訳が違うんだけどなぁ…」
第一体躯が違い過ぎる。トラストで突き飛ばせても、
「う~ん…」
(試しに
がきぃぃぃんんん………
「トラスト!」
ぎゃいんっ!
噛みつき攻撃を仕掛けてきたボスウルフに
「はぁはぁはぁ…。まだ生きてるっぽいけど」
麻痺の効果で体の動きを止めることに成功するザック。
「さて、悪いけど」
眉間を狙い、サクっと刀身を挿し入れると…致命傷となったのか、そのままボスウルフの体は地面へと吸い込まれて消えていった。そこで丁度レベルアップしたのだろう。ザックの体からは疲労感が消えて高揚感が生じ、HPとMPの回復を感じられた。
「相変わらずMPは僅かしか回復した感じしかしないなぁ~…」
はぁと溜息を洩らしつつ、ドロップ品を回収したザックは休憩できる場所を探して歩き始めるのだった。
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まさかのダンジョン構造そのものの改編でした。基本、魔物からはアイテムしかドロップしませんが、探索者を食べた固体から食べた探索者の所持金を落とすこともなくはありません…が、改編直後では魔物も再構成されてるので基本は魔石と固有ドロップしか落としません!(改編に巻き込まれた探索者?…見届けた人が居ないので、誰も真実を知る者は居ないのDEATH!!)
備考:
探索者ギルド預け入れ金
金貨250枚、銅貨1617枚(変化なし)
ストレージ内のお金
金貨23枚、銀貨10枚、銅貨61枚(変化なし)
財布内のお金:
金貨151枚、銀貨10枚、銅貨165枚
本日の買い物(支出金):
なし
ザックの探索者ランク:
ランクC(変化なし)
本日の収穫:
(通常ウルフ)魔石(小)×186、牙×34、骨×26、毛皮×11
(ボスウルフ)魔石(中)×1、牙×1、骨×1、毛皮×1
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