15 その6

直近の野営地に泊まろうと街道に出るザック。だが食糧事情が悪化しており、半ば栄養失調気味だったせいか後方警戒が疎かになっていた彼は交通事故…もとい、馬車の馬に背中を蹴られて失神してしまう。幾ばくかの後にひき逃げ犯人…もとい、馬車の持ち主である商人に介抱されて意識を取り戻すザック。彼らは野営地に無事に辿り着き、商人「ギョショ」に湿布薬を塗って貰う。その効果は自信たっぷりにいっていただけあり、僅かな時間で鎮痛作用をもたらすのだった。食事を終え、後は寝るだけとなったのだがあちこちから怪しい視線を浴びるザック。だが当の本人は気付かないのだった…

━━━━━━━━━━━━━━━


- 就寝 -


「ほら、暫く背中を下にして寝れないだろ?」


ギョショが用意していた寝床とは…


「これは?」


幌の支柱に対角線上にロープが張り巡らされており、中央に人の背丈分くらい布が張り巡らされている…いうなれば空中ベッドのような物が用意されていた。


「ハンモックって奴だな。これなら硬い床板で困らんだろ?」


「いや…これって売り物なんじゃ?」


確か、サンフィールドの屋外に似たような物を見かけたことがある。尤も、木陰の涼しい場所だったので真昼間でなければ涼しく過ごせそうだなと思ってみていたが、僕は1日中仕事貯水池施工をしてたので終ぞ寝ることは叶わなかったけどね…


「構わんよ。それは寝心地を確かめるサンプルで使う予定だったしな。唯、壊さないように気を付けてくれよ?」


ばちぃんっ!…とウインクするギョショ…いや、もういいや。


「有難う御座います」


ぺこりと頭を下げると、


「使い方は…まぁ見りゃわかるか。じゃあお休み」


と、幌の中に灯していたカンテラを消して下に敷いていた毛布に包まる気のいい商人ギョショ


(…本当、いい人だよな。善人なギョショには嫌な目に遭って欲しくないもんだ…)


そう思いながら、ザックは外から近寄る何人かの気配に「はぁ」と溜息を吐く。そして、ハンモックからそっと降りて馬車を出る。



「何か御用ですか?」


馬車を取り囲む男たちに問うザック。大剣は除装したままだがそれ以外の装備はしたままだ。


「いや…君、生活魔法を使えるよね?」


「えぇ、まぁ…それが?」


(あ~…うっかりしてたな。食器洗うのにウォーター使ってたからなぁ…)


通常、食器を洗うのにウォーターで水を出しながら洗うことはしない。余程魔力が余ってない限りは無駄だからだ。ましてやピュアウォーターを少量づつ生み出しながらとかは…まぁ、傍目にはどちらとも判別できないけども。


「まだ魔力は残っているかな?」


「…水、ですか?」


「そ、そうそう…ちょっと水がね」


(うーん…水を汲みに行くのが面倒だから僕に頼ろうって人たちなのかな?…にしては人数多いよね?…ひぃふぅみぃ…ざっと10人ちょっと、か)


目を少しだけ動かして人数を確認する。星明りだけ…野営地には幾つか小屋が建っていて、その軒先に明かりが灯っているけどこちらの馬車までは殆ど届いてない…を頼りに確認したけど顔までは確認できない。何か事が起こっても誰なのか追及できない状況だ。


(ちょっとやばいかなぁ…)


「そちらに水汲み場がある筈ですが…汲みに行けば宜しいのでは?」


幾つか建っている小屋の横にある坂道を指して、暗に「他人にタダで頼ろうとすんなよ!」と突っ込む。既に言葉尻に険が混ざっちゃってるけどね…


「それがね…水桶が壊れちゃっててね…」


「では、水瓶を持って行けばいいのでは?1度で済みますよ?」


大人なんだからあれくらい持てるだろ?…てな具合に溜息混じりに突き放す。実際、僕は持てますよ?…ダンジョンに行った帰りはあれより重い物を持ち帰ることもあるしね!


「…重いだろうが」


「護衛の冒険者さんたちに頼めばいいじゃないですか?…力持ちだと聞いてますが」


ここに集まってる人たちに冒険者は居ないのかなぁ?…と思いつつ訊いてみる。いや、暗くて服装からどんな人たちなのか判別付かないんだもん。人物鑑定とか持ってれば確認したんだけどねぇ…あ、でも目が光ってバレちゃうからダメか。何でも、勝手に他人の鑑定をやったらダメだって規則があるって聞いたことあるし。人権侵害?…とか何とか。僕は植物鑑定しかないからバンバン鑑定できるんで気にしたことはないからなぁ…


「…舐めてんのか?」


「何をですか?」


空気からイラついてる雰囲気が漂ってくる。ジリ…っと下がる僕。狙いはアレ・・だ。まだ、ここはその圏内じゃない。


「おい、やめとけよ」


「でもよう…」


キレかかってた男を止めた男がこちらを見ている。睨んでいる訳じゃないみたいだけど…


「…じゃあこうしよう」


(どうしようってんだろ?)


「実はね…」



ぶっちゃけ、水なら坂を下りた所にある渓流から汲めばいいじゃんか…と思ったんだけど、どうやら上流で何かが暴れたらしくて水が酷く濁っていると。で、酷い汚れの衣類とかを洗う分にはいいんだけど、綺麗に洗濯したいとか飲料水に使うには…ましてや料理に使うには泥が混じり過ぎて使い物にならないと。流石に浄水器を持ち歩いている者は居なかったそうで、水に余裕のある馬車から融通して貰っていたそうなんだけど(ギョショさんの馬車は遅く到着したので既に食事やら何やらを終えた後なのでその話しは来て無かったらしい)そこに生活魔法で水を生み出していた僕が居た…ということだ。


「はぁ…話しはわかりましたが」


「では!?」


(えーっと…どの程度までなら騒ぎにならないんだろ?)


サンフィールドでやっちまったことは内緒にしてくれると約束してくれたけど、ここでやっちまったら意味は無いし…


「えっと…何方どなたかMPポーションは持ってますか?…数本でいいので提供して頂ければ、必要なだけ水を提供できると思いますが…」


加えて「ここだけの内密にして下さい」というと、誰かが契約書を持ち出して来た。


「えっと、これは?」


くるくると丸められたスクロールを広げながら持って来た男がいう。


「魔法効果のある契約書だ。これを使って契約し、約定やくじょうたがえると…」


「違えると?」


ザックがオウム返しに訊くと、男はニヤリと笑いながら


「ハンマーで殴ったような痛みが頭を襲い、次いで万力で締め続けられたような痛みが死ぬまで…実際にはそれだけで死ぬのは稀だが…続くそうだ。気の弱い者はそのまま永劫続くと思える痛みにショック死することもあるそうだがな…」


(ひええ~!?)


と冷や汗を掻くザック。絶対約束を守る方で使いたくないなと思っている中、血判がどすどすと押されて行く。


(いいのか?…こんな子供相手に…つーか本物かどうかもわからん契約書なんだけど…)


「じゃあ契約内容はこれでいいかな?」


渡されたスクロールを差し出されたので読むと…



【契約の書】

--------------------

契約内容:「  氏がこれから使う生活魔法を他人に他言せぬこと」

備  考:「他言せぬこととは、口伝・筆伝問わず知らさぬということ」

契約者 :※血判がどすどすと目前の人数分押されていると思いねぇw

--------------------



「うわぁ…」


実はライト明かりを既に点けたので血判状みたいになってる契約のスクロールはよく見えてるんだけど、血が多過ぎたのか垂れてる血判もあってちょっと鉄臭くなっていたり…ひぃぃ…


「すいません。皆さん指を出していただけますか?」


「え?…あぁ…」


ずらりと差し出される手、手、手…


「もうちょっと詰めて頂けます?…あ、そうそう…じゃあ…ヒールハンド癒しの手当て!」


いつもよりちょい魔力消費を多めにして効果範囲を広げる。ナイフでちょっと切った程度の切り傷ならデフォルト出力で十分だけど、10人ちょいの手だからね…


「あ、まだ動かさないで…光りが消えたら動かしていいですよ…はい!終わりです」


僕の声におっかなびっくりでライト明かりにかざしながら自分の指を確認している男たち。再度生活魔法を行使する…清浄化クリーンだ。これは広範囲でも大して魔力を使わないのでまとめて全員の手や垂れた足元から血液を消し飛ばす。契約書で口外しないからってサービスし過ぎたかな?…まぁいいや。


「おい坊主…これは………」


「内緒です」


ぱちんとウインクして人差し指を口にすると、


「おぉ、そうだったな…」


マジ返しされてちょっと照れたけど、すぐにフンスと鼻息を吹いた後


「じゃあ、案内してください。水瓶の元へ!」


暫くざわざわしていたのだが、全然水補充に動こうとしないのでこちらから動くザック。


「お、おお、そうだったな…じゃあみんな」


「おお…」


(…ってか、最初から決めとけよ…)


気が抜けたザックを他所に、男たち10数人は順番を決める為にと、じゃんけん大会が始まるのだった………



結局順位が決まるまで待ってるのも馬鹿ばかしい為、勝ち逃げ戦で勝った順に補充して回ることとなった。同時に勝ち抜けた場合は、その中でじゃんけんしてもらったが…


「じゃあMPポーションな。1本でいいか?」


「あ、あぁ…」


まだ余力があったので、受け取った小瓶をポーションスロット…ベルトに付けていた小瓶のホルスターに挿し入れておく。


「水瓶は…」


「これだ」


中を見ると、ほぼ空っぽでひっくり返してもコップ1杯あるかどうかという所だった。


「一応洗浄する?」


「構わんが…大丈夫か?」


魔力的に…と訊いているんだろう。問題無いと頷くと、横倒しのまま少量のピュアウォーターで洗浄する。清浄化クリーンでやると表面を削ってしまう為に耐久値が落ちてしまう為に水瓶などに行使するのはタブーとなっている。知らないでクリーンで綺麗にして、薄くしてしまって水圧で壊す…なんて初心者はよくあることだけどね。


「強化…ピュアウォーター…」


殆ど聞こえない小声で水瓶を強化した後に純水で汚れを流し落とす。そして更に傾けて中の水を地面に落として元の位置に戻す。


「そうだ。馬車の中に入れておいた方が楽ですよね?」


「あぁ、そうだが…よし、私が運ぼう」


1番目を勝ち取った筋肉ムキムキの男は軽々と水瓶を持ち上げ、馬車の中へと運び込む。ザックは後を追って馬車の中へと乗り込み、固定された水瓶を前に立つ。


「じゃあここでお願いする」


「了解しました」


蓋の空いた水瓶に手を添えて唱える。


「ウォーター」


水球が水瓶の中程に生まれ、どぼどぼと水流を注ぎ込む。


「む?…普通、手から水が注がれて行くと思ったんだが…」


「あぁ、普通はそうなんですよね。どうぞ、中を見て下さい」


ライトを生み出して明るくすると、男は水瓶の中を覗き込む。


「おお…中に水の球が…そこから水が注がれて…成程。これなら無駄に周りに水が飛び散らなくて済むんだな…」


感心しながら水瓶の中を見ている男。その内に満タンとなった水瓶に満足した彼は蓋をする。一応、蓋もこそっと洗浄&強化済みだ。


「有難う…ザンカンといったか。この恩は忘れないよ」


「他に予備の水瓶とかはないんですか?…ついでですからそちらにも「新鮮な水」を注ぎますよ?」


「あ…そ、そうだな。じゃあ頼もうか…」


馬車の車輪の間に予備の水瓶…というか木製のタンクが設置されており、先に中の水を廃棄してから洗浄・強化し、注水口から補充するのだった。予備というだけあり、水瓶より少なめだが注意して見ないとそこに水を入れたタンクがあるとは気付かず、よくできているものだと感心するザック。


「これで全部ですかね?」


「あぁ、ありがとう…本当に!」


「おい、次はうちだ。話しは全部終わってからゆっくりな!」


とまぁ、感極まってがし!と手を握られて叫びそうになった所に突っ込みが入り、ほっと安堵するザック。下手したら手が握り潰されていたと思うと…2番目の人、グッジョブ!



「…流石に疲れたな」


魔力回復にMPポーションをごくごくと飲み干し、やや頭がぐらぐらするが最後の馬車へと案内されるザック。空き瓶は後で再利用できると人目が無い隙にストレージに放り込んでいるが、ひょっとすると薬師に売るからと返してくれっていわれる可能性もある。まぁ、全部で10数本しかないからどーなるかは不明だけど。


「あれ?…馬車じゃないんですか?」


「あぁ…この野営地の小屋の給水施設のタンクなんだが…お願いできるだろうか?」


(あれ?…契約のスクロールに血判した人じゃない?)


…と訝し気な目で初老の男を見ていると、


「いや、水を補充してまわってるのがバレてしまってな…」


と、既に水を補充済みの馬車の人が頭を掻き掻き気不味そうにしている。


「…あの契約の書って、ひょっとして偽物?」


「え?…いや、本物の筈だけど…あれ?」


そういえば頭痛もしないしおかしいな?…と頭をぱたぱたと触って確認している男。


(…はぁ、してやられたかな?)


ゴソゴソと懐から契約のスクロールを取り出すザック。ぢぃ…と見詰めていると、確かに魔力を包括している雰囲気ではなさそうだ。薄目で見詰めても、魔力が籠っている魔導具やその類なら、僅かでも魔力が漂っているものだけど…


「どうしたのかね?…それは?」


と、先程の初老の男が付いて来ないザックに痺れを切らせて声を掛けて来たが、手にしたスクロールに気付く。


「ええと…」


話していいものかと悩んでいると、先程の男が代わりに説明をした。


「ふぅむ…偽物な。その男が偽物を掴まされたのか、それとも偽物とわかっていて使わせたのか…当人に訊けばいいのではないか?」


「それが…」


とうに野営地を出立し、この場には居ないと説明する男。とすれば…


「後者の確率が高そうですね…」


ザックが呟くと、


「いや、それは時期尚早時だろう。少年…君は血判を押したのかね?」


「あ…」


契約のスクロールを見ると、確かに押してなかった。


「なら、まだ契約は成ってないということになる。…良かろう、わしの血判を押してから押すといい」


初老の男はシャキン!とナイフを抜くと、さっと親指に刃を走らせてザックの手にある契約のスクロールを奪い取り、さっさと血判を押してしまう。


「これで良かろう」


血を手拭いで拭き取り、契約のスクロールを返却する初老の男。その指には既に傷は無く、僅かに治癒の光りが見えたことから自ら治したとわかる。


(回復魔法の使い手か、それとも…)


契約のスクロールを受けとりながらそんな考えがよぎる。


「さ、血判を。何、後から水の補給を受けたいといってきた者が居れば、小屋の給水施設から供給するようにするのでな」


そういった初老の男はスタスタと先に歩き出す。ザックは男に目配せし、アイコンタクトで「じゃ、ありがとよ」と立ち去って行った。ザックは長剣を抜いて親指を僅かに切って血判を押す。即座に傷をヒールハンド癒しの手当てで癒して初老の男を追うが、契約のスクロールが効力を発揮した瞬間、背後で絶叫を上げて転がる男が居たのだった…合掌(その後「男の罪を許す」と念じればいいことに気付いて許したけど…ね(苦笑))


━━━━━━━━━━━━━━━

初老の男「おお!…まさか全てのタンクを満水にできるとは…素晴らしい!」

ザック 「えっと…」

初老の男「君、野営地の管理人とか興味は無いだろうか?」

ザック 「え、遠慮しておきます…」

※至極残念がられたが、絶対拒絶したザックでした…(笑)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る