03

 妖との戦いは嫌いだ。

 自分たちの常識が通用しない。急所どころか、生死ですら境界が怪しいものとどう戦えというのか。どこかの戦闘バカは勘だと言ったが、それができるのは一部だけだ。

 刀を握る手に力は入る。足にも。

 この群衆をひとりなら逃げ切れる。


「五条くん。走れるね」

「そっくりそのまま返しますよ。先生、走れないでしょ」


 自分ひとりなら生きて逃げることもできるだろう。しかし、長船と一緒には不可能だ。


「まだ、君ひとりなら逃げられる」

「二度もアンタを見捨てろと? 冗談じゃない」

「君たちは助けに戻ってきたのだから、一度だって見捨ててなんていない。だから、今回だけ目をつぶってほしい。君のせいじゃない。私のためだと思って、どうか退いてくれないか」

「断る」


 よく回る頭なんて今はいらない。常識も何もかもが違う妖と戦っているんだ。

 頭よりも手を動かせ。襲い掛かってくる全てを切り落とせ。動かなくなるまで、全てを。

 どれだけ血を流そうとも、刀だけは地面に落とさず、振り続ける。


「――――」


 あ、死んだ。

 目の前に迫る異形の腕に、熱くなった思考が急激に冷める。防御も回避も、心の準備すら間に合わない。


「ぐぇっ!!」


 だから、予想外に締まった首に戦場にも拘らず、咳き込んだ。


「大丈夫?」


 視界に映った場違いな少女の姿に、五条は恨めしそうに睨みつける。正確には、その少女の後ろにいる巨漢を。

 目はギラギラと飢えた獣のように禍神を捕らえ、舌なめずりでも始めそうだ。


「テメェが禍神か。少しは歯ごたえがあるんだろうなァ!!」


 一薙ぎで周りにいる小さな妖が数匹ひき肉に変わる。自分たちとは段違いのその力に、息を飲む。


「今のうちに逃げてほしところだけど……動けなさそうだね」

「申し訳ない……」


 長船も五条も満身創痍で、すぐに動けそうにもないどころか、今は虎渡が守ってくれているが、妖と斬り合うことすら難しそうだ。


「光、御子……? オマエ、光御子カ!! ソウカ! ソウカ! ?」


 暁を見て嗤う禍神に、虎渡の槍が突き刺さるが、ゲラゲラと嗤いながら、体をくねらせて見下ろす。

 古来より人々を癒すのは東雲の役目であり、暁は禍神と戦い、倒すことが役目だった。その身に宿る”神殺し”の力によって。


 神々が諦めた禍神討伐を成し遂げたのは、その”神殺し”の能力故だった。しかし、それは神である自身にも効果のある、諸刃の剣。それでも、暁はその刀を振り続けた。


「神殺ノ無イ、オマエナンゾ、腹ノ足シニモナラナイ!!」


 嬲って嬲って殺してやると、細められる目を叩き潰すように槍を降る。


「俺の前で主を殺すなんざ、いい度胸だ! 膾切りにしてやるよォ!!!」

「鬱陶シイ人間ガ……」


 苛立ったような禍神の腕が虎渡へ向かい、槍で防ぐが、受け止めた個所から黒く変色し、薙ぎ払い、距離を取る。

 しかし、息をつく間もなく襲い掛かる触手に、虎渡もうまく捌いては、妖を削るが、禍神の本体へ切りかかるために、徐々に自身も削れていく。


「チッ……」


 多少の傷は仕方ないと、わき腹に刺さる触手を無視し、禍神へ切りかかり、目の前へ迫る触手を槍で弾いたその瞬間、槍が折れた。


「!!!」


 迫っていた触手は頬を掠めるだけだが、腹に刺さる触手に、地面に叩きつけられる。

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