03

 秘密基地に戻ってくると、上がった息のまま、箱のふたを開けて、最後のひとつを入れる。


「これで全員だな!」

「アリガトウ!」

「これで外に出られるんだね」


 あとは箱を結界の外に持ち出すだけ。

 これは対して難しくはない。明日にでも持って外に出られるだろう。


「よかったね」


 小さな友達との別れは悲しいが、ここにいては彼らが危険だ。

 短い間とはいえ、自分を頼ってくれた小さな友人たちと思い出が込み上げて、涙が出そうになれば、佳子が手を握ってくれる。


「じゃあ、また明日くるから」

「そしたら、外に出してやるからな」


 いつものように箱の中に小さな妖を仕舞い、小屋を後にする。

 いつもと同じ。いつもと同じはずが、その日は後ろ髪を引かれた。最後だからかもしれない。

 巴が振り返れば、小屋の暗闇にうっすらと浮かぶ紋様。見覚えがあった。


「――――」


 術の本で見た封印の中でも、最上位の方陣。

 絶対に触れてはいけないと念押しされたそれ。


「まがつ――」


 ”禍神”を封じる方陣だ。


 暴風雨で家が壊れたような音と衝撃に襲われ、気が付けば、地面に横たわっていた。体を起こせば、黒く禍々しい蛇のような何かがこちらを見下ろしていた。


「巴……!?」


 倒れるふたりの前で巴は、術で瘴気を防いでいたが、その術すら黒く蝕まれ、伸ばす腕を黒く変色させている。


「なにして……!? 巴!!」

「にげ、て…………!!」


 自分のせいだ。あの箱の封印に気が付かなかった。

 今の今まで、封印が発動するまで、気が付かなかった。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!! 私のせいで……!!」

「良クナイ。良クナイナァ。君ノセイジャナイ、君ノダ」


 蛇が嗤う。


「君ノオカゲデ、復活デキタ!! アリガトウ! アリガトウネェェエエ???」


 嬉しそうに体をくねらせ、巴の術を砕き割ると鳥のような足で巴を掴む。


「ダカラ、オ友達ニナロウネェ?」


 それは初めて小さな妖に会った時に言った言葉だ。


「モウ、辛クナイヨ」


 足元でひどく青い顔の友達へ、目をやり、息が詰まる。

 手を伸ばせば、彼らが殺される。自分のせいで。

 でも、このままでは自分が殺される。死にたくない。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」


 こんな時ですら、選べない自分に嫌気が走った。


「ミンナ、一緒ダヨ」


 鋭い牙が目の前に迫る。


 しかし、いつまでも痛みは来なかった。


「うちの生徒に手を出さないで頂こうか」


 そっと目を開ければ、そこには長船が刀を構え、禍神を睨むように見上げていた。


「すみません。怖い思いをさせました。いいですか? 逃げなさい。臣下の詰め所で助けを求めてください。お願いします」

「先生は……?」


 ゆっくりと腕から降ろされながら問いかければ、良く知った優しい微笑みを向けられた。


「時間を稼いでみます。粟田くん! 子供たちをお願いします!」

「了解!」


 粟田は佳子と浅田を抱えると、林の中を駆けだす。

 それを阻むかのように、黒い妖が襲い掛かるが、粟田達に触れる直前に地面に落ちた。


「先生との貴重な共闘は譲るんですから、勝ち以外許さないですからね!!」

「無茶言うなぁ……アレが妖かよ」


 五条は刀を肩にやりながら、重い息を吐き出し、周りにも溢れ出す黒い妖たちに目をやり、刀を構えた。


「逃ガサナイ……逃ガスカァァァアアア!!」

「言葉を介する妖、相当上位の存在ですね……すみません。こんなことに巻き込んで」

「謝らんでください。ま、娘を誑かしたバカをぶった切る親バカとでも思っといてください」


 禍神を目の前に軽口を叩く五条の気遣いに、眉を下げると、長船も刀を構えた。

 かつてより圧倒的に体は動かないが、それでも彼らを逃がすだけの時間は稼がなければいけない。

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