03
万年桜に向かい合うように、虎渡は座っていた。
じっとある一点を見つめながら。
「虎渡」
かけられた声に目だけ向ければ、同じ臣下である
姿を現していない神の姿は、本来見ることはできないが、虎渡だけは暁の気配を探り当てることができた。
「妹神様はどうだ?」
「相変わらず眠ったままだ。近頃は回復が悪ィからな」
神の傷は、人のように眠れば治るというものではない。必要なのは、信仰心だ。
桜花之国は、伝承にある”災厄”に加えて、未だ魑魅魍魎が跋扈していることもあり信仰心は高い。その上、国を治めているのは元々ひとつの神である東雲だ。東雲に集められた信仰心を、暁に分けることで顕現、つまり暁が復活することができた。
先陣を切って戦いに向かう暁は、回復のため眠りにつくことが多いが、戦いがあるということは、同時に助けを求める人間も多いということ。結果的にすぐに回復するのが今までだった。
しかし、ここ数年は回復にも時間が掛かるようになっていた。
虎渡がまだ眠っているというのだ。本当にまだ回復はしていないのだろう。
「何かあったのか?」
「”
「!!」
”禍神”
伝承には”災厄”と称される、この国に闇をもたらした存在。
国民に伝わる伝承には偽りがあった。
それは、神々が災厄を倒したということ。実際は瀕死に追い込み、この国の地の底へ封じ込めることしかできなかった。
禍神は封じられながらも、魑魅魍魎を生み出し、地上に住む人々を襲い続けていた。
「主も結界内に禍神の気配を感じるが、場所までは特定できないという。心当たりはないか?」
「ねェな」
「そうか」
この話を知っているのは上位の臣下だけだ。
禍神が都の中にいるなどという情報が漏れなどすれば、それこそ混乱が起きる。早々に対処しなければならないが、禍神ならば相応の準備が必要になる。
賀狼は少し万年桜の根元へ目をやるが、殺気に似た気配に前に控える男へ目を戻す。
「主が動く必要はねェ」
虎渡は少しだけ乱れた気配に槍を握り直すと立ち上がった。
「禍神が殴り込みに来るなら、俺が殺す」
その言葉に賀狼は、静かにその背中を見送った。
「相変わらずだねぇ。大虎くんは。妹神様の第一臣下であることを忘れていないかい?」
虎渡が社を出るのを見下ろしながら、
臣下は、本来神の手足として、神の奇跡を代行する者。神の意思に従う存在だ。しかし、虎渡は暁の意見を無視することもあれば、勝手な行動も多い。
実力こそ折り紙付きだが、そんな彼を第一臣下として傍に置いておくのは、絶対的主従関係が揺らぎかねない。
「あぁ見えて、内政もできるんですよ。困ったことに。主不在でも政が滞ることはないので、ご安心を」
「意外だよねぇ! ホント!」
ため息交じりに答える夜鴉に、紫煙を大きく吐き出しながら笑うが、煙管に口をつけながら、夜鴉に向ける視線は決して和やかなものではなかった。
「でも、俺が言いたいのはそういうことじゃないのよ。臣下は意見なんて持っちゃいけないのよ。特に主の意志に背くのはね」
神を崇め奉る。それにより、禍神の脅威から
それが、この国の成り立ちだ。もし、その関係が崩れたのなら、この国は目覚めた災厄により、今度こそ光のない闇に落ちていくことだろう。
「主の御意思ですよ。人ならば意志を持って進め。その結果はなんであれ、どこへであろうと進むことに意味がある。と。蛇目殿は、どちらかといえば、こちら側かと思いましたが?」
神が二柱いるため、臣下も大きく東雲と暁の派閥に分かれている。臣下のほとんどは、基本的に国を治めている東雲に属し、暁に属している臣下は圧倒的に少ない。
どちらに属しているかで、若干の考えの違いは存在するが、虎渡を筆頭に、不在が多い暁に属する臣下は、東雲に属する臣下から見れば、自由に見えた。
「冗談っ! 俺はこの国も人間も好きだよ」
紫煙を吐き出しながら笑う蛇目の目は鋭く、夜鴉を射抜き、夜鴉の目は少し細まった。
「では、その国を守るために仕事はサボらず、真面目にやってくださっていますよね?」
その声に、ふたりは同時に息を詰まらせる。
ふたりの後ろに立つのは、この国を治める姉神である東雲の第一臣下、つまり”濃紫”の
「してるしてるちょーしてる。見てごらん。この仕事っぷり」
「えぇ。まさに偵察の真っ最中です。見晴らしの良い場所こそ我らの絶好の仕事場ですよ」
「いやぁ~いいこと言うね! さすが、夜鴉くん! というわけで、安心して主の警備に戻ってくれたまえ!」
妖すら尻尾を巻いて逃げ出す狗亦の迫力。虎渡の荒々しさとはまた違った圧力がある。
慌てて取り繕うふたりに、狗亦は柔和に微笑んだ。
「えぇ。そうさせてもらいます。
まさか、禍神の気配が都で確認されてにも関わらず、油断をしている臣下などいるはずもありませんもの。もしそんな不届き物がいたのなら、禍神より先に、私がその首を落としてしまいますものね」
にっこりと微笑む狗亦に、ふたりは引きつった笑みを浮かべたまま、彼女が去るのを待ち、大きく息を吐き出した。
「町に行くかぁ……」
「そうですね」
ここにいては、命がいくつあっても足りない。
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