02

「いやぁ、死ぬところでしたね」

「ほぼ貴方のせいだったように思いましたが」


 あっけからんと言ってのける夜鴉に、備前は疲れたように返した。

 屋根から屋根へ。夜鴉の扱う術で飛び移りながら、社を進み、ようやく本来人が歩く廊下へと辿り着いた。

 空を飛ぶなどという慣れない経験に、船酔いに似た寒気を感じるが、気になるのは、やはり後ろだ。あれだけ煽った虎渡が追いかけてこない理由がない。

 話をしに来て、聞いてくれると言ったというのに、あの様子では話し合いもできないだろう。


「ご心配なく。あの人は追ってきませんよ」

「そうなのですか……?」


 確かに追ってきている様子はない。


「追ってきたとしても、途中で誰かが止めるでしょうから、大丈夫ですよ」


 それは、本当に大丈夫なのか?

 つい喉まで上がってきそうな言葉だったが、必死に飲み込む。


「まぁ、アイツの忠義は本物だから、私や貴方が殺されることはないですよ」


 少しだけ表情に陰りのできた夜鴉に目をやれば、いつものように微笑まれた。


「さて、話を伺いましょう」

「先程も虎渡殿に、私の話を聞くよう暁様より言われていると仰っていた。私は、一度も暁様に拝謁したことはないはず。以前の奉行所の件についてもです。何故、暁様は、私などに手を差し伸べてくださるのですか」

「それが、貴方がここに来た理由ですか?」


 その質問を、反射的に否定してしまいそうだった。しかし、開きかけた口を閉じ、夜鴉を見つめる。


「いいえ。しかしながら、この疑問に答えがないまま、臣下と奉行が協力などは到底不可能と考えます」


 協力関係を結びに来たが、先程のように臣下と奉行の関係は冷え込んだものだ。

 片や信仰心に厚い臣下。片や信仰心の薄い奉行。手を取り合うことも難しい。

 しかし、臣下の筆頭ともいえる妹神が率先して、奉行たちに手を差し出す。面識すらないというのに。見ず知らずの者からの無償の施しは、大きければ大きいほどに、気味悪く恐ろしいものだ。


「なるほど。では、端的に申しますと、貴方方がからです。それ以上の理由はありません」


 理解はできなかった。まだこの国に住む人間だからと言われた方が、納得できたかもしれない。


「主は、この国を照らす光であり、常に人々を見守っています。元より、貴方のことは気にかけていました。だからこそ、臣下により奉行創設が頓挫しかねない状況を収めたのです。

 理由など本当にそれだけなのです。理解できないという顔をされても、それ以上のことはありません」


 神と人の考えの違いだと、夜鴉は言葉を続けた。少しだけくぐもった笑顔で。

 彼もまた、納得はしたくない答えなのだろう。しかし、主の臣下であるが故に、口にしなければいけない。


「承知致しました。では、本題ですが、近日出現の多くなった妖の件です。町民にも被害が増え、臣下と奉行、各々が対応するのではなく、互いに協力すべきと存じます」

「難しい話ですね。こちらの問題もそちらの問題も大いにある。しかし、臣下たちに門を開けさせることは可能でしょう」


 門を開けさせる。それはつまり、なにかあった時に奉行であろうと、頼ることは許されるということ。協力することは難しいということだった。

 上の話だけではない。下の人間たちは、臣下であろうと奉行であろうと、お互い相容れないことは多い。むしろ、頼ることを許されるだけでも、その意味は大きい。


「人を守るという志は同じだというのに、手を取ることはできないと」

「これでも実現可能な方法を提案しているのですよ。それとも説法をお望みですか?」


 夜鴉の言う通り、これが限界。

 神による人の守護を目的とする臣下と人の営みを守護する奉行では、同じ人を守るという目的を持っていても、明確に意味が異なる。

 それゆえに、手を取ることはできない。


「私は、それでも手を取り合う方法を模索します」


 この件だけではなく、この先もずっと。

 同じ目的を持った人間同士がいがみ合うなんて、おかしな話なのだから。


「えぇ。主もそれを望まれています」


 その笑顔は、嫌という程見覚えのある笑顔だった。

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