2話 光と影

01

 桜花之国を治める神の社。

 年に数回行われる花見の会以外に、臣下たちより神域と呼ばれ、招かれた存在以外は足を踏み入れることはできない領域。

 奉行所長である備前びぜんは、予想通り門前で立ち往生していた。


「不信者めが、上位の臣下にお目通りが許されるわけがないだろう」

「では、近日増加している妖の出現について、話の分かる臣下と話をさせて頂きたい。こちらも見回りを強化しているが、それでも町民に被害が出ている。臣下にも少なからず被害が出ていると聞く。双方協力すべきと思うが、そちらの意向を聞かせて頂けないだろうか」

「不信者共と協力だと? 陽が出ているというのに、寝こけているのか」


 埒が明かない。


「”青”以上の人間を出して頂けるか?」


 わざわざ臣下の詰め所ではなく、主神のいる本殿へ訪れたのは、下っ端と話す為ではない。下っ端では、話を碌に聞かれず、門前払いになることは目に見えている。

 経験上、臣下の位が”青”以上であれば、話を聞いてもらえる。目の前の門番は、帯の留め具が黄色だ。黄色であっても話を聞いてもらえることはあるが、少なくとも彼は聞いてくれない人間らしい。

 その証拠に、”青”以上を出せという言葉に、明らかに眉を潜めた。

 ここは本殿だ。このまま門前で粘れば、いつかは上位の臣下が顔を出してくれるだろうが、想像できる長期戦に内心嫌になる。


 根気強く門番の彼と言い合っていれば、突然匂った血の匂い。

 振り返れば、鬼気迫る表情で血に濡れた大男は、ふたりが見えていないかのように大股に近づくと、門を蹴り開けた。


「と、虎渡殿! その姿で神域に踏み入れるなど――」


 門番の彼の咎める言葉は、木の拉げる音に遮られる。

 見上げた門には大きく抉れた傷。その傷を作ったであろう槍が門番の目の前にあった。反射的に彼の襟を掴み、引いていなければ、槍は門番の胴体を分割していたことだろう。

 味方にも関わらず、躊躇のない殺気に、声も上げられず、震えるだけの門番には興味が無いのか、虎渡は槍を肩にやるとまた歩き出す。


 ”気の立っている虎には近づくな”


 誰からともなく噂された言葉。目の当たりにすれば、備前も息を詰まらせ、虎が去るのを待つばかり。


「何してんだ」


 しかし、虎渡は突然足を止め、息を殺して虎渡が去るのを待っていた備前に顔を向ける。

 なにか気に障ることでもしただろうか。何も思い当たることはないが、こちらを睨む目から目を背ければ、先程と同じ光景が繰り返されるかもしれない。また槍を構えるのならば、こちらも刀を抜く覚悟で睨み返せば、尚更眉を潜められる。

 どう動いても対応できるよう集中すれば、虎渡は『中に入れ』と声なく招き入れた。


「…………ぇ」


 先程までの鬼気迫る雰囲気が消えたわけではない。だが、彼は招き入れてくれるようだった。

 意外な反応に、つい言葉が漏れてしまう。


「テメェの話は聞けと、主より仰せつかっている。とっとと入れ」

「感謝する!」


 血生臭さに、鬼気とした表情、味方へ躊躇なく向けた刃に忘れていたが、彼は”濃紫”。臣下の中でふたりしかいない、最も上位、主神の右腕である存在だった。


「おい! 鴉! いんだろ!」


 臣下が主より命じられているのならば、今更邪険に扱われることはないと思うが、それでも用件は早くに伝えるべきかと、口を開けば、振動のような声が被さる。


「貴方が招き入れたのですから、貴方が用件を聞くべきでは?」


 臣下は大きく分けて、二柱いる主神のどちらかに仕えている。

 どこからか現れた夜鴉と虎渡は、奉行創設を後押しした妹神に仕える臣下であった。


「あ゛?」

「主がいないからと、他人に当たらないでください。ストレスが溜まっているのは、貴方だけじゃないんですよ。

 だいたい、戦い方が雑なんですよ。物は壊れたら直す必要があるんですよ。子供でも知ってることです」


 冗談では済まされない殺気に、直接当てられているであろう夜鴉がどこ吹く風どころか、飢えて好戦的な虎に鞭を入れるような小言の嵐。

 それなりに重圧や修羅場をこなしてきたつもりだが、少しだけ帰りたくなった。


「――って、ぇえぇええ!?」


 襟を引かれたと思えば、体は浮き上がり、虎渡は眼下でこちらを睨んでいた。


「さて、逃げますか」

「はいっ!?」

「残ってもいいですけど、殺されますよ? アレに」


 おおよそ襟を掴んでいる胡散臭い笑みの男のせいだが、言いたいことを飲み込むほかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る