03
古来より、魑魅魍魎の類が出たら、主神であるふたりが対応していたが、桜花之国全土を守るにはふたりだけでは難しく、彼女たちは”臣下”と呼ばれる部下を遣わせることとした。
都を含め、桜花之国の都市は全て臣下によって守護、運営されている。
奉行は創設されたばかりで、魑魅魍魎ではなく人の揉め事を治める仕事として認可された。
臣下の権利の一部を奪いかねない役職に、創設当時は相当揉めるのではないかと危惧され、事実、臣下たちには良い顔をされたことは無かった。
だが、鶴の一声。つまり、妹神の許可があっさりと出たことで、信仰に厚い臣下はいとも容易く手の平をひっくり返した。
「戻ったか。そっちにも出たんだってな」
奉行所のひとつで、副所長である
「そっちにもって……副長たちの方にも? いくら何でも数が多すぎやしません?」
「今、所長が聞きに行ってる」
さすがに妖の数が異常だと、所長含め上層部も動いているらしい。ただでさえ、臣下に好まれていない奉行だ。門前払いをされないことだけを願うしかないが。
「ま、こっちは夜鴉さんがいたので、処理とかはもう任せられて、助かりましたよ」
臣下は十二の階級に分かれており、夜鴉は”薄紫”。上から二番目の位の臣下だった。立場としては、主神の側近。事後処理は向こうがやってくれるだろうと、険しい表情の志津を宥めるだけの言葉だったのだが、夜鴉の名前を聞いた途端、眉を顰め殺気を放つ志津に、粟田も笑顔のまま固まる。
いくら気楽な粟田であっても、地雷を踏んだことだけはよくわかった。
固まる粟田と五条に、遠巻きに見ていたひとりが、そっと耳打ちし、その言葉にため息をつく他なかった。
「大虎がおられましたかぁ……できれば、先に言って欲しかったなぁ……」
「最近、荒れに荒れてるって話ですもんね」
巷で魔除け代わりにされている臣下、
その強さは歴代一とも言われているが、その荒々しさも歴代一と言われ、彼の戦った後は妖に憐れみを向けたくなる程、悲惨なものとなる。
しかも、夜鴉と違い、屍の処理をするわけもなく、妖たちの血が残骸はそのままに歩き回るのが当たり前。その姿は、妖や獣と大差ないと、人から畏怖されていた。
「最近、妹神様見ないもんね」
戦う姿は荒々しく、助けに来たと言われても信じられない迫力はある。
だが、そんな虎渡が、巷で厄除けの絵となる程度に好かれているのは、彼の主である妹神が共にいる時の姿故だった。
「というか、疑問だったんですけど、なんで妹神様って姿見えなくなる時があるんですか? 正月ですら、何年か姿見ない時ありますよね? 天界に旅行とかですかね」
「なんだ。知らねェのか。妹神は何度も死んでんだぞ。姿が見えなくなる時は、どっかで死んで、復活してる最中だ」
何度も目を瞬かせた後、粟田は驚いたように声を上げた。
「えぇぇぇぇえええ!? そうなんですか!? 五条さん、知ってました!?」
「え、あ、うん」
「私だけ!? 常識なんですか!?」
「いや、さすがに知ってる人は少ないと思うよ。でも、粟田ちゃんはさすがに知ってるかと思ってた」
「知りませんよ!? 神様って死ぬんですか!?」
「……みたいね」
「事実、死んでんだろ」
なぜ教えてくれなかったのかと、粟田が五条に当たる姿を見ながら、志津は静かにため息をついた。
この国の神への信仰心は、神が国を治めているが故に高い。だからこそ、迂闊に外で妹神が死んでいるなどと口にはできないし、下手に聞かれて臣下に突き出されても困る。奉行所は、比較的信仰心の低い人間が多い。多少ならば口にしても問題はないが、粟田の性格だ。どこで口にするかはわからない。
「おい。あんまり外で口にすんじゃねェぞ」
「はぁい。わかってますって。でも、実際、妹神様を倒すような妖って何でしょうね?」
何度か戦う様子を見たことがあるが、閃光のような動きに勝てる想像はできなかった。そもそも、昔話が本当なら国を襲った災厄を祓ったのは、姉神と妹神だ。
「実は”災厄”が、まだ残ってるとか。人知れず、妹神様が戦い続けてるとか」
それなら、妹神が死んでいるのは、負けているからだろうか。
負けているなら、どうしてこの国はまだ無事なのだろうか。
ならば、毎回相打ちなのだろうか。
「どうだろうねぇ……ま、僕はどっちにしてもイヤだけど」
「なんです? 五条さん、知ってるんですか?」
「まさか。臣下でもないんだから、知るわけないでしょ」
「本当ですか? ちょっと道場行きません?」
「うわ……カツアゲじゃん」
抵抗するも、最終的に腕を掴まれ、無理矢理道場へ連れていかれる五条だった。
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