02

 町を歩きながら、粟田は未だ不貞腐れた様子で団子を口に入れる。


「あーぁ、せっかく長船おさふね先生の授業聞いてたのになぁ! 花見の会に呼ばれるくらいすごーい長船先生の授業なんて、いくらになると思ってるんですか」

「サボってまで聞くもんじゃないと思うよ。それに、先生は別に法外な金取ってないからね。誤解を招くからやめなさい」

「はーい」


 元々長船は奉行設立の立役者であり、奉行としてふたりの上司であった時期もあったが、大怪我をしてからは現場で働くことはせず、その豊富な知識を生かし内部の仕事をこなしていた。その頃から研究への没頭癖が出始め、気が付けば、近所の悩み相談、子供の授業などと事が大きくなり、こうして学校を作ることになった。

 その上、功績が主神たちの耳に入り、社の内部、臣下ですら一部しか入ることのできない御神木を触れることのできる距離まで近づくことのできる、通称『花見の会』に招待された。

 『花見の会』に呼ばれれば、末代までの誇りと言われ、そんな長船が開く学校など、事実法外な価格であっても許されるだろうが、彼はおくびにも出さず、小さな学校を続けていた。


「だいたい、ちょっと前まで五条さんも常連だったじゃないですか。それが佳子かこちゃんが通い始めたからって」

「そりゃそうでしょ。自分の子供の学校、サボり場にする親いないから」


 そうは言うが、娘がいない時間帯に入り浸っていることは粟田も知っており、つい目をやってしまうが、五条自身はどこ吹く風。


「うわぁぁあああ!! 妖だァ!!」


 突然響く悲鳴に、ふたりは刀に手をやる。

 声の先には、低級と思われる妖が男の頭を掴み、口を無理矢理大きく開いては、カニを食べるかのように口の中に男を降ろしていく。

 男の足が妖の伸ばされた舌に触れるか触れないかといったところで、妖の下あごは地面に落ち、男を掴んでいた腕が切れ、男は地面に落ちる。


「立てるか?」


 男を庇うように妖との間に立つ剣を構えた五条と粟田は、ギシギシと小刻みに震えながらこちらへ向く妖を睨む。

 本来、奉行は妖などの魑魅魍魎を相手にする仕事ではない。あくまで、人の悪事を罰する仕事だ。そのためには、刀などの武道が必要となることもあり、多少であれば妖とも戦うこと可能だった。


「ぶっちゃけると、僕ってば、妖の相手嫌いなんだよね。首だけでも襲ってくるじゃん?」

「ちゃんと死んだのを確認しないからですよ」

「いや、どうやって確認するのよ」

「勘です」

「勘かぁ……」


 明確な基準がないなら、動かなくなるまで、とにかく切るしかない。

 息を吐き出し、改めて妖を見つめる。腕は切り落とした一本で、再生はしていない。下あごも同じ。残るは胴体と足程度であり、術を使えそうなタイプにも見えない。

 こちらを血走った眼で見つめる妖は、小刻みに震えたまま、駆け出す。


「きもっ!?」


 素直な言葉を叫びながら、粟田は足を切り、バランスを崩したところに、五条が大きく振りかぶり、頭らしき部分を貫く。


「最近、妙に増えてません? ここ一応、神様のお膝元ですよね?」


 妖が動かなくなったのを確認し、血を払いながら粟田がつい漏らしてしまう。

 昔から妖などの魑魅魍魎がこの国には蔓延っており、その被害者も少なくはない。しかし、主神のいる社の近くであるこの都市には、臣下も多く、結界も張られている。そのため、比較的妖たちの数は少ない。

 しかし、最近は、町中でも妖を見ることが増えたし、町中で臣下が戦う様子が目撃されることも多い。


「そうね。ま、神様ってのも全員を守れるわけでもないからね」


 五条自身も何度か神や臣下に助けられたことがあるが、その惨状は都で伝え聞いているほど美しいものではない。


「いやぁー実に耳が痛い」


 突然聞こえてきた軽口に、五条は刀をしまいながら、嫌な顔を隠すこともせず向ける。

 そこにいたのは、鴉の紋が入った羽織に胡散臭い笑みを浮かべた男。


「しかし、助かりました。鈍重な私の足では、被害が出てしまいましたから。いやぁ、本当に助かりましたよ。御奉行さん」


 焦る様子も無ければ、今にも友好的に肩を叩いてきそうな勢いの軽口に、つい頬が引きつる。


「そりゃ、こっちも人を守るのが仕事ですから」

「いやぁ素晴らしい! 貴方とはいいお友達になれそうだ。これからもお互い頑張りましょうね」

「お断りします」


 間髪入れずに否定すれば、男は笑いながら、筆を取り出すと空中に筆を走らせ、最後に柏手をひとつ。途端に妖は黒い獣のような何かに丸呑みにされ消えた。

 血のひとつすら残さず、残ったのは少し荒れた地面だけ。

 そして、襲われていた男へ近づくと、怪我の有無を確認し、打撲程度と確認すると冷やすように伝え、帰した。


「それで夜鴉よがらすさん。臣下の方々は、現状にお気づきなんですか?」


 騒ぎも収まり、徐々に人の流れが戻ってくると、粟田が少しだけ咎めるように臣下である彼、夜鴉に尋ねる。

 本来、魑魅魍魎と戦うのは、神の部下である臣下の仕事だ。後始末こそしているが、あのタイミングでは助けを求めていた男は助けられなかった。


「現状?」

「妖の数です。ここ最近、一日に一度は見かけます。こんな頻度で、町中に現れるなんて今まで無かったはずですよ。何か隠してるんですか?」


 魑魅魍魎の数が増えれば、それだけ凶悪な物も増える。数が増えるだけならまだしも、町の中に現れているというのは、更に注意が必要だった。町は結界で守られており、それを破って侵入できる存在がいることの証明ともいえるからだ。


「何も」


 しかし、夜鴉は表情一つ変えずに答えた。


「…………胡散臭っ! 五条さん以上の胡散臭さですよ!!」

「巻き込まないでくれない?」

「やはりお友達になれるのでは?」

「本気で嫌だ。ふざけんな」


 その笑みを今すぐに叩き切りたい衝動に駆られるが、相手は臣下。刀を柄に触るだけで必死に抑える。握ったら負けだ。抜く自信がある。

 抜いたら最後、切るだろうし、切ったらいくら何でも問題になる。


「冗談はさておき、本当ですよ。目下調査中です」


 相変わらず、信用はできないが、これ以上聞いたところで答える気もないだろう。

 諦めて見回りに戻ることにすれば、変わらない胡散臭い笑みで手を振られた。

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