1話 桜の都

01

 その昔、天より堕とされた災厄があった。


 災厄は、地上に生きるものを破壊し続け、人々は逃げ惑い、

 いつしか世界は闇に包まれた。


 だがある時、闇に光が射した。

 一筋の光は闇を切り裂き、

 一重の光は恐怖に震える人々を優しく暖めた。


 光に照らされ、導かれた人々は、遂には災厄を倒した。

 光はその後も、人々を照らし、安寧をもたらし続けた。


 それが、この神の治める国”桜花之国おうかのくに”で、最も有名な話である”国火明尊くにほあかりのみこと”の降臨。


「姉神様と妹神様の名前、違くないですか?」


 ひとりの生徒が首を傾げる。

 桜花之国を治める神は二柱存在し、その上彼女たちの名乗る名前は、”国火明尊”とは異なった名前だ。しかし、その光が二柱であることは、幼い生徒たちでも知っていることだった。


「良いところに気が付きましたね。”国火明尊”というのは、主神たる姉神様、妹神様のおふたりと龍の全てを指す名前です。

 神事、特に正月などには、正式な名前であるこの名前が使われていることがほとんどです。見たことはありませんか?」

「じゃあ、東雲しののめ様とかあかつき様とかは、嘘ってことですか?」

「嘘というと語弊がありますが、そうですね……御神木を見たことはありますか?」

「御神木って、あの万年桜?」


 この国の最も有名な枝垂桜。主神の社の敷地の中。小高い丘にあり、年に数回門が開かれる。

 どの時期であっても、枯れることのない枝垂桜は”万年桜”と呼ばれていた。


「本数は覚えていますか?」

「一本?」

「はい。そうです。通常、神々は現世、つまりこの世に降りてくる際に、依り代が必要となります。一柱につきひとつ。それを信仰のシンボルとし、この世で活動するための力を集めます」


 御神木が枝垂桜というだけあり、この国は桜の花が至る所に埋められ、祝いの席には必ず桜の菓子が用意される。


「御神木は一本。しかし、この国を治めているのは二柱の神。つまり、どういうことと思いますか?」

「えーっと……実はもうひとつある……?」

「その可能性も否定できませんが、こればかりは御本人方が仰ってるので答えてしまいますね。元々おふたりはひとりの神なのです」


 人として数えるならば、ふたりであることに違いはない。だが、根本は同じで、二柱は同じ存在であった。


「でも、似てないですよね?」

ともえは、父ちゃん臣下なんだろ? 実は、もう一本桜が隠されてるとかねーの?」

「え、う、ううん。聞いたことないよ」

「本当かぁ? 隠してんじゃないだろうなぁ?」

「そこまで。浅田君も親の仕事のことを全て知っているわけではないでしょう」


 臣下というのは、神に仕える人間のことで、一般の人間よりも主神であるふたりのことをよく知っているが、それはあくまで親の話。子である巴が知らずとも、なにもおかしくはない。それを疑う浅田を叱れば、不貞腐れたように顔を明後日の方へ向けた。

 この話題を続けるよりも、授業を進めてしまった方が気が紛れると、授業を続けようとすると、軒先から身を乗り出す影。


「はいはーい! 粟田あわたさんとしては、御本尊よりさっきの龍の方が気になります! 龍いるんですか!? 先生見たことありますか!?」


 小柄な体で、ここの生徒に負けず劣らず元気な声で質問する彼女に、生徒が困ったように笑う。


「またサボりかよ。粟田の姉ちゃん……」

「サボりじゃありませんーだっ!! 見回りです。み・ま・わ・り」


 粟田のおかげか、不貞腐れていた浅田すら呆れたように粟田を見ていた。


「龍に関しては、私も妹神様から聞いた話だけなので、詳しくはわからないんです。曰く、桜の精みたいなものらしいですよ」


 文献にも、はっきりと書かれているわけではない。ただ闇夜に煌めく桜のような存在として表現されることが多く、彼の龍もまた万年桜を御神木としているのだろうという予想だけしかできない。というのが、本音だった。


「それ、本人もよく言ってますよね……?」

「言ってる。全然妖精っぽくないよな」

「一応、この国の神様ですよ? バチ当たっても知りませんよ?」

「うっせ! 俺は天罰なんて信じてねーし! つーか、お前だって”一応”って言ってんじゃねーか!」


 妙に焦るような浅田の言葉に、粟田も少し驚いた様子で、軒先で座り直し、浅田を見つめる。


「はいはい。粟田さんが一緒に謝ってあげますから、何したんですか?」

「な、何もしてねェよ!!」

「神社に石投げました? 鳥居に立ちションしました? それとも立ち入り禁止のしめ縄切ったとか……あとは」

「してねェし、どんだけあんだよ……」

「なんたって奉行ですから、そういう悪いこと取り締まるお仕事ですよ。悪行なんてごまんと出せます。大丈夫です。今言った程度のことなら、謝れば許してもらえますし、普通にバレてますから」


 素直になりましょう。と、促す粟田に、浅田は眉を潜め、うるさいとまた顔を背けてしまった。


「大人しく認めた方が自分のためですよー?」

「うっせー! サボり魔!」

「なにをぉ!? 誰がサボり魔ですか!!」

「粟田ちゃんがじゃない?」


 不意に聞こえた覚えのある声に、粟田の口が閉じ、妙に引きつった笑みで振り返る。


五条ごじょうさんじゃないですかぁ。奇遇ですね! お昼でも一緒にどうですか? 奢らせてください」


 奉行でもあり、粟田の同僚である五条は、にこりと笑顔で粟田を見下ろす。


「悪いことをしたら謝れって言ってなかった? ちゃんと大人として見本にならないと」

「大人として、交渉で有耶無耶にするというのも大事だと思うんですよ!」

「チビたちに教えることじゃないね」

「うわーん! 同じサボり仲間として、今回は見逃してくださいよぉ!」

「人聞き悪いこと言わないでね!? メリハリがついてるだけだから!」


 襟元を掴まれ引きずられながらも、粟田と五条の騒がしい声が収まる頃、手の叩く音に生徒たちも気が付いたように、視線を戻した。

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