第10話家族

 白い部屋。白いベッドで病的に痩せた老人が臥せっている。いや、実際に病気なんだ。私はこの光景を2年と少し前に見ていた。瞬間ここが夢だと気づく。白いベッドで眠るおじいちゃんだけが明瞭で、窓の外の景色も、その白い病室だって曖昧な形で存在していた。

「唯、自由にいきなさい………………」

「おじいちゃん!おじいちゃん、いやだよ」

 体の制御は全くできず、勝手に動く口から出てくる言葉を他人事のように聞いていた。

「ゆい、ゆい………………。お前だけが心配だ………………」

「いやだ、死なないで。もっと一緒にいたい!」

 私はただ家族と一緒にいたいと願っていて………………。涙がこぼれていた。確かここからはおじいちゃんの手を握って、それから………………………………。



………………………………………………

 目を開けると白い天井が覗いていた。ほんの少し前まではよく見ていた家族の夢も数週間空いただけで懐かしく、そしてさみしく感じる。

 寝返りを打つと、ベッドのサイドテーブルに置かれた目覚まし時計は3時50分をさしていて、轟音を鳴らす10分前だった。なってしまう前に目覚ましは止めてしまって、顔を洗ったりと身支度をしに洗面所へ向かった。


 身支度を終えると次はキッチン。豆腐やネギを切って、沸かしたお湯でわかめを戻し味噌汁を作っていく。ご飯は昨晩予約をしていたから炊けていた。チルド室から取り出した鮭を塩焼きにして、作り置きしておいたポテトサラダを添え、レタスをちぎって、朝食を食べる。

 朝食を作るのは、小学校高学年のころから私の役割だった。お母さんは教育熱心で、小学校の頃はたくさんの習い事をしていた。ピアノ、バレエ、習字………………。思いつくものは何でもやっていた。私はそのころから鈍感であまり周りが見えず、合わせることもできなかった。どれも苦とは思わず、賞をとったらお母さん頭をなでてくれるのがうれしくてむしろ楽しかったと思う。家族でいられる時間が少なくなっていったのはさみしかったけど。

 でも、私が成長し、手がかからないようになると、だんだんとお母さんは家事を私に任せるようになって、どこかに行ってしまうようになった。それは実のところ浮気で、お母さんとお父さんは離婚し、中学生になる前、私の家族は2人になった。


 朝食を食べ終わると自室に戻って、勉強を始める。勉強の習慣は小学生の時からできていて、趣味も特にないから、今は時間が空いたら机に向かっていて、疲れてきたらベッドで本を読む。私の一日はほんのちょっと前までは決まり切っていて、ご飯を用意して勉強し、学校に行く。規則正しいと言えば聞こえはいいけれど、機械みたいな生活だと思う。何も考えないで、決まった通りに動く、楽しくもなんともなかった。慣れた行動をなぞるだけの一番簡単で、楽なものだ。

 本を読むようになったのは、私立の中高一貫校に合格したのを機に、より家が近いおじいちゃんの家に転がりこんで、よく本を読んでいるおじいちゃんと仲良くなりたいと思ったのがきっかけだった。

 おじいちゃんとお父さんは折り合いが悪く、連絡を取り合ってもいなかったけど、お母さんに似た私をどこかへやってしまいたかったのか、何十年かぶりに連絡したらしかった。

 当然私はおじいちゃんと初めて会ったから緊張していたけれど、お父さんから聞いたイメージと違っておじいちゃんは寡黙だけど優しかった。時々お父さんとの思い出を話す姿は、物さみしくて、実業家としてブイブイいわせていたというような面影は感じられなかった。

 中学校で、成績と性格が原因でうまくいってなかったことから自然、おじいちゃんっ子になっていき、中学三年生の時おじいちゃんが死んでしまったときは本当に悲しかった。



 慣れた行動に倣って動いていると、いつの間にかもう就寝する時間になっていて、ベッドに寝転がる。最近はあまり体に良くないけれど、スマートフォンにメッセージが届いていないか確認するのが、しみついてきた。


 中高一貫校に通っていたけど、特に友達もできずうまくいっていなかった私は、お父さんがいる実家に帰って、その近くの高校に通うことになった。でも、お父さんとまた一緒に過ごせるようになったわけじゃなくて、お父さんは私から逃げるように海外出張に行ってしまった。高校ではやっぱりうまくいかず、中学校と違って嫌われてはいないみたいだったけど、友達ができることはなかった。一緒にカラオケに行ったり、どこかで買い食いしたり、憧れてはいたけど、それだけではダメなんだろうな。私はいつも受動的だった。家族と一緒にいたいとは思っても、私ができたことは泣くことくらいで、何もできなかった。


 ピロんっとスマートフォンがなる。お父さんからのメッセージだ。

「急な仕事が入った。今回も帰れない。すまない」

 簡潔なメッセージだった。でも、嘘つきだ。私は、家の前に止まっている車の音に気付いていた。いつもこうだ。すぐそばまで来て、去ってしまう。

「わかった」

 とだけ返すと、涙がこぼれてきた。


 おじいちゃんの遺産は遺書に従って、なぜか私が受け取ることになった。一生遊んで生きていけるというくらいの金額だと思う。でも、うれしいとは思わなかった。私は家族と、できれば友達と、一緒にいたかっただけなのだ。


 ただ、さみしくて、いつの間にか千桜さんとのトーク画面を開いていた。ゆっくり見返していくとなんだかさみしい気持ちが晴れてきて、温かい気持ちが広がっていく気がしてくる。

 声が聴きたいな、と思ったけどもう23時だ。私はいつも21時に寝てしまうので千桜さんも、もう寝ているかもしれないと思って、明日電話してみようかなと決意する。

 今日はもう、悲しいときの夢は見ないのかもしれない、そう思えて、不思議と、安心して眠れた。

 

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受験勉強してたらヒモになってた。 舌田秋 @t0mat0

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