第7話待ち合わせ
「はぁ」
唯ちゃんとの約束の時間、11時まであと5分。学校最寄りの田舎では少し大きめな駅、その入り口付近に建てられた縁もゆかりもないたぬきのモニュメントの前で、息を吐く。
もう何度目か、スマートフォンで唯ちゃんとのトーク履歴を見て、待ち合わせの時間があっていることを確認した。
昨日、唯ちゃんの質問攻めから逃げてしまった私に、今度はスマホに連絡がきて、待ち合わせの時間だとかを決めることになった。図書館の開館時間もわからない私は唯ちゃんからの提案にただ賛同するだけだったが、それにしてもうん、とか、大丈夫だよ、とかしか返信できていないトーク履歴を見ると思うところがある。悩んだ挙句の無難な返事のつもりだったけど、こうして見返すとなんだかそっけない。
コミュ障というやつは、顔を合わせないとしても関係なく発揮されるらしかった。家族以外と連絡先を交換したことがなかったから、慣れていないというのもある。いや、そうであってほしい……。
やっぱり30分も前にここに来たのは失敗だったかもしれない。時間があるとどうにも自分の欠点に目がいってしまう。無難に選んだ言葉がダメだったように、今度は無難に選んだつもりの服装までダメに思えてきた。
白のパーカーにジーンズ、おかしいってほどでもないけどオシャレとは呼べない気がする。でも、ダメではないはず……。これがダメなら私は唯ちゃんと別れてすぐに服屋に突撃するのが正解だったことになる。服屋はかなり入店難度が高いし、そもそも昨日はお金もあんまり持っていなかった。
開いたままにしていた唯ちゃんとのトーク画面に、
「着いた」
と一言、ぴろんっという音とともに現れる。約束の時間まであと2分というところのことだった。電車から出て駅の入り口のここまで1分くらいだったと思うので、ほとんどぴったりだ。
「うん」
と、こりずに返事をして、少し緊張しながら、駅の入り口に視線を注ぐ。まばらに人が流れて、最後にひときわ目立つ、少し離れたここからでもきらきら光っているようにさえ見える唯ちゃんが現れた。唯ちゃんは丈の長い水色のレースワンピースを身にまとっていて、どこかのお嬢様のようだ。
「もしかして、待ってた?」
「う、ううん。さっき着いたから」
唯ちゃんの疑問に一つうそをつくと、
「でも、ぼーっとしてた」
と返ってきた。唯ちゃんは私を問い詰めるのが好きらしい。私も唯ちゃんからの質問になるべく答えてあげたいけれど、その質問は答えづらい。
だって、
「それは……」
それは……、初めて見た私服の唯ちゃんに見惚れてしまっていたからで。と、そんなことは言えるはずもなく。
「え、えっと、5分くらいは待ってたかも」
「むう。今度はわたしも少し早めにくる」
ちょっとだけサバを読んで、ごまかすと、唯ちゃんは少し頬をふくらましてそう言った。かわいい。
唯ちゃんと話すようになって、まだ数日だけど、いろんな表情を見られるようになった。基本は無表情だけど、眉を下げたり、口角が上がったり、今みたいに頬をふくらませたりする。それはほんの少しの変化だったけど、唯ちゃんの感情は意外と伝わりやすかった。
もし唯ちゃんが綺麗だったからなんて言ったら、唯ちゃんはどうしていたんだろう。赤くなってしまうかもしれないし、困惑するかもしれない。前のあーんの時は、恥ずかしそうにもしていなかったから、無表情のままかも。私は欲張りになっていた。ただ見ているだけだったのが、唯ちゃんのことをもっと知りたくなってそんなことを想像してしまう。
「いこう」
と唯ちゃんに手を取られて、歩き出す。手を繋ぐというのは、友達なら当たり前なのだろうか。これまでそのような人すらできてこなかったから、わからない。それでも唯ちゃんの温かさを手のひらから感じて、少しの羞恥心と安心感、もっと大きな嬉しさが湧き上がるのを感じた。
向かう先は、ファミレス。11時に待ち合わせをして、早めのお昼ご飯を一緒に食べてから図書館で勉強すると決めていた。ファミレスというのは今の感情からは少し情緒がないのかもしれないけれど、休みの日にファミレスでご飯なんてとても友達らしくて、そんなのは気にならなかった。
……
「何名様でしょうかー!」
「2人です」
「2名様ご案内しますー」
手をつないだまま唯ちゃんの後ろに隠れて、背中越しにそんな店員さんと唯ちゃんの会話を聞いた。
フフフ、今日の私は2名様だぞ、なんて虎の威ならぬ唯ちゃんの威を借りるようにして、でも心の中だけでつぶやいた。ひとりで来た時に、1名様ご案内しますーと言われて、なぜか4人掛けのテーブル席に通されるという精神攻撃を受けてから来たことがなかったから、その意趣返しだ。心の中で、だけど……。
向かい合って席に着くと唯ちゃんはドリア、私はハンバーグ定食を頼む(もちろん唯ちゃんに一緒に頼んでもらった)。今日は準備やらに夢中で、朝ごはんを食べていないのでお腹が空いていたのだ。
少しするとすぐに頼んだメニューが届いて、黙々と食べ始める。唯ちゃんは咀嚼している時はしゃべらないし、私も話題がまったく思いつかないのでただ食べすすめるしかない。
半分ほど食べ終えたとき、唯ちゃんがこっちをじーっと見ているのに気付いた。もしかして、
「たべる?」
と聞くと、少し間があって、こくりと唯ちゃんがうなずく。
「じゃあ、あ、あーん」
そう言って、ひと口サイズのハンバーグを唯ちゃんに差し出した。唯ちゃんが恥ずかしがらないのに、私だけが恥ずかしいのもなんだか悔しくて、恥ずかしさは顔に出ないようにする。
でも、唯ちゃんは私の予想に反して、すぐにパクっと食べてしまうのではなく、まだ、じっと箸につままれたハンバーグを見ていた。うっすらと頬が赤いような気もする。
「た、たべないの?」
と私が言うと同時に、唯ちゃんがパクっとハンバーグを食べた。そして顔をそむける。今度は唯ちゃんの顔が赤くなっているのがはっきりと分かった。
ま、前は全然恥ずかしがってなかったのに……。
そんなに恥ずかしがられると、私もますます恥ずかしくなってしまった。
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