第6話仲良しの一歩
「あーん」
と、わたしにカツカレーを食べさせてくれた千桜さんは、すぐにパっと正面にむきなおってしまってカツカレーを食べ始める。
カツカレーの味の余韻を感じつつ、目の前のカツ丼の良い匂いが、まだ残る空腹を刺激して、わたしもカツ丼を食べ始めた。
ついさっきのことを思いだして、いつもは働いてくれない口角が上がるのがわかる。千桜さんと食べさせあいっこをしてしまった……。
あーんをし合うというのはわたしの中では、仲良しがやる行為で、友達ができたらやってみたい事の一つで。
今日は一緒にお昼ご飯をたべて、放課後は図書室で勉強をみようかな程度の予定だったけど、千桜さんがわたしのカツ丼を食べたそうにしたので、つい魔がさして、食べさせあいっこを提案してしまった。
ちょっと不安もあったけど、そんな提案も受け入れてくれたということは、案外千桜さんもわたしと仲良くなりたいなんて思っているかもしれない。
次はオシャレなカフェにいって、あまいパンケーキなんてどうだろう。と、少し塩辛いカツ丼を食べながら皮算用する。
甘いパンケーキを出すところなんてあったかな。と商店街だったり、デパートだったりのお店を思い返すけど、あまり行ったこともないからよくわからなくて、今度調べてみようと決意した。
淡白で、変化のない予定が晴れて、5分10分かそこらの本当に少しの変化が、未来を照らすような心地がする。これから千桜さんと仲良くなるにつれて、きっともっと変わっていくと思うとなんだか楽しみだ。
ふと、隣の千桜さんを見てみると、スプーンを眺めて耳まで顔を真っ赤にしていた。少しびっくりして、どうしたんだろうと聞いてみようとして気づく。
自分の箸を眺めてさっきの食べさせあいっこのことを思い返すと、千桜さんはこの箸にぱくっと食いついてカツ丼を食べていた。これはいわゆる間接キスというものなのかもしれない、と今更ながら思い至る。
間接キス、食べさせあいっこにはこんなトラップがあったのか……。これがもう何度目かのことであったなら、恥ずかしくもないのだろうけど、初めてなのでどうしても気にしてしまう。
耳まで真っ赤にした千桜さんに並んで、わたしもかぁっと顔を赤くした。まだカツ丼は半分くらい残っていて、食堂はもうずいぶんと賑やかなものになっている。にぎやかな食堂の隅で、二人顔を赤くしながら、静かにご飯を食べた。
少し塩辛いと感じていたカツ丼もなぜだか味がしなかった。
……
「……」
放課後。グラウンドで部活動に励んでいる音より、文字を書く音や本のページを開く音の方がよく聞こえる図書室で千桜さんと隣り合って、勉強をしている。あれから二人とも何もしゃべらずに教室まで帰って、それでも授業を受けているうちに恥ずかしさにも区切りがついて、授業が終わると、わたしから図書室で勉強しようと誘った。
昨日と同じように今日の授業の復習からするように言ったけれど、前と違って千桜さんは案外すらすらと解いていた。良いことだけれど、少し寂しくも思う。
昨日の夜、あまり使っていなかったスマホで、勉強を教えるときの注意なんて調べて、そこにとなりで一緒にやった方が良いと書いてあった通り、今日はわたしも数学の参考書を開いて勉強していた。いつでも質問される準備は万端だったのに、ちょっと残念だ。うまく教えられるかはわからないけれど。
今日は金曜日で明日からは学校は休みだった。でも、来週からはゴールデンウィークが始まってその最終日には模試があるし、さらにその一週間後には学校の定期考査がある。土日だけど、図書館とかで一緒に勉強をするのもいいかもしれないと思う。そのあと、どこかによって買い食いなんてどうだろう。
そんな思考に邪魔されながらも、千桜さんとの勉強は順調にすすんで、すぐに図書室の閉まる時間がやってきてしまった。参考書もノートも閉まってしまって、茜色の差す校舎から外に出て、まだ練習を続けそうな野球部の声を背に、二人並んで駅まで歩く。
さっきは勉強で気もまぎれたけど、こうして二人でいると食堂でのことを思い出してしまって、少し気恥ずかしい。それでも明日も千桜さんと話してみたくて、聞いてみた。
「ねえ、明日、予定ある?」
「な、ないよ」
「図書館で勉強しない?」
「う、うん。する」
首尾よく、図書館勉強に千桜さんを誘うことができた。今からワクワクとした気持ちが湧いてくるのを感じる。二人で一緒にご飯を食べるのも、静かに勉強するのも結構わたしは好きらしいと今日一日で学んでいた。
千桜さんより背の高いわたしでは、千桜さんのふわふわとしたくせっ毛がその顔を隠してしまうから、かがめて千桜さんの顔を覗き込んで、
「楽しみ」
と言うと、また千桜さんは顔を真っ赤にしてしまった。食堂の時とは違って、今度はなんで真っ赤になってしまったのかわからなくて、
「どうしたの?」
と聞くと、
「え、えーっと、なんでもないよ?」
と千桜さんがよくわからないごまかしをする。
「でも、真っ赤だよ?なんで?」
と改めて聞くと、千桜さんは目を泳がせて、
「え、え~、わ、わたし!こっちだから!」
と言って、もうすぐ着きそうな一つしかない駅に走っていってしまった。確かに千桜さんはわたしと反対方向の電車にのるけれど。千桜さんの行動はたまによくわからない。まだ時間とかも決めていなかったのに。
それでも、図書室で勉強を始める前に交換した千桜さんの連絡先を見て、微笑む。これから時間を決めて、待ち合わせ場所を決めて、明日着ていく服も考えなければならない。
「明日、楽しみだな」
と、ひとりごちて、わたしも駅に向かった。
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