第2話勉強を教える理由
「あ、あの、ゆいちゃ、千代田さん!」
2時間にもわたる無駄な時間がチャイムとともに終わりをつげ、もうすぐ午後4時になるといったところ。
少し小腹が空いてきて、はやく家に帰って常備してあるチョコレートをつまむか、ちょっと贅沢にコンビニスイーツを帰りに買って電車を待つ間にでも食べてしまおうか。と悩んでいると、ふと声をかけられ、振り返る。
「えっと、あ、あのですね……。」
知らない子ではなかった。何日か前の英語のコミュニケーションの授業で先生に当てられ、何も答えられないまま注目を浴びて泣いてしまっていたのを覚えている。
確か
「あ、えっと。あ、あの!私に!勉強!を!教えてください!」
さっきまでうつむいていたのが、いきなり顔を上げて大きな声を出すので少しびっくりした。と同時に千桜さんの顔がよく見えるようになる。前髪が目を少し隠したショートヘヤ―のくせっ毛でなんだかわんこみたいでかわいい。
そして、どうやら千桜さんはわたしに勉強を教えてほしいらしかった。
勉強か……。教えるのは苦手だけど、一緒にお昼ご飯を食べてくれる友達ができるとすれば案外悪くないかもしれない。一人で食べているとなんだか視線を感じて居心地が悪いというのをここ2年間で学んでいた。
「いいよ。どこでする?」
「えっ!」
了承の返事をすると、なぜだか驚かれてしまった。もしかして何かの罰ゲームだったりするのだろうか。罰ゲーム告白というのは中学生の時にされたような気がするが、罰ゲーム勉強お誘いというのは初めてかもしれない。
「……ぼそぼそ(お、おっけーもらっちゃった。どどど、どうしよう何も考えてなかった。私の家とか?いやさすがにおうちに呼ぶのは早計すぎ?でも、こういうのは勢いが大事って聞いたことがあるような。言っちゃう?言っちゃおう。今の私ならいける気がする!)。」
どっちなんだろう。千桜さんは何かぼそぼそとつぶやいている。
「わ、私の家で!やりましょう!」
驚いて少し目を見開く。まさかのおうちに招待されてしまった。あまりよく知らない人の家に行くというのは良くない気もするけれど、このわんこちゃんと仲良くなってみたいと思ってしまった。
「いいよ。じゃ、行こう?」
「はい!」
千桜さんは元気よく返事をしてくれた。最初の印象では、ここまで明るい子だとはわからなかった。実はわたしには人を見る目がないのかもしれないとひとつ反省する。それに、罰ゲームではなさそうだし。
……
電車で4駅ほど移動して少し歩くと千桜ちゃんの家について、部屋に案内される。途中まではよくしゃべってくれたけど、今はもうお互いに無言になってしまった。
そういえば、勉強を教えるといったけど何を教えればいいのだろう。
「何の教科する?」
「えっと、あ、う、うーん。す、数学をお願いします。」
「じゃあ、今日の復習からしよう。ここのページの問題を解いてみて。」
数学の教科書をひらいて千桜ちゃんに渡して、わたしはカバンから本をとりだした。わからないところがあれば、聞いてくるだろうなんて思って本を読むのに集中する。
……
本を読むのにも一区切りがつき、千桜ちゃんを見てみるとこっちを見ながらぼーっとしているみたいだった。解き終わったのかなと手元のノートを見てみると、真っ白のままだった。ど、どうしたんだろう?
「進んでないけど、大丈夫なの?」
「……。」
こ、答えてくれない。やっぱり罰ゲームだったりするのだろうか。心配になって顔を覗き込む。
「聞いてるの?」
「あ、いや。」
千桜ちゃんの顔が真っ赤になってしまった。具合が悪いのかな。
「なに?」
なるべく優しい声を心がけて聞いてみる。
「えと、集中してて。」
「進んでないけど。」
「あ、あう。」
千桜ちゃんはまた顔を伏せてしまった。少し涙ぐんでいるように見えて、しまったなと思う。自分の口下手のせいとは分かって、改善したいとは思う。それでもこの口下手は生まれつきというか、長年こうだったし、高校の2年間は話をするような人もいなかったので改善されることもなかった。
せめて、勉強を教えるという本分を守ろうと思って参考になる教科書のページを教えてあげる。
「あ、はい。あ、あの、……。」
自分の失敗から逃避したくて、手元の本に視線を落とす。千桜ちゃんが何かか細い声で言っていたが、よく聞こえなかった。
本を読むふりをしながら、自省していると、
「なんで勉強を教えてくれるの?」
と、聞かれてしまった。なんでそんなところを聞くのだろうと即座に頼まれたからなどと返してしまった。わんこちゃんみたいにかわいい子と仲良くなってみたからと素直に返した方がよかったかもしれない。正直な人は好かれる、ときいたことがあるし。
数瞬、無言が続く。ふと時計が目に入る。もう帰らないと、ご飯を作らないといけないし。今日は撤退して、勉強を教えることに関しても、仲良くなることに関しても作戦を考えよう。
とりあえず第1目標として、下の名前で呼び合えるようになりたいな。千桜ちゃんの名前は……、教科書にかいてあるかな。
「あ、私は
あ、先に言われてしまった。それに、教科書を覗き込もうとしたことがばれてしまった。なんだか恥ずかしい。か、帰ろう。
「じゃあね。」
また、明日。
……
一軒家の自分の家に帰ると、相も変わらず真っ暗でご飯を急いで作る必要はもうないことを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます