受験勉強してたらヒモになってた。

舌田秋

phase1.勉強を教えてくれる。

第1話始まり

「合格する人は2年生の時点で勉強を開始しています。」

「勉強しなければ自分が後悔するだけ。」

「今頑張るだけ。」

といった言葉に、おそらくは大多数の受験生と同じように不安を煽られて受験勉強でも始めるかと高校2年生の12月に思い至ったはいいものの、なんとなく英単語の暗記をしたくらいでいつの間にか高校3年生になってしまった。


 高校3年生になったからと言って何か変わるといえば、さらに不安を煽られるようになるだとか、クラスメイトがほとんど知らない人になってしまっただとかで好転することは何もなかった。いや、一つだけあるとすれば、部活どころかクラス内の仲の良いグループ一つにすら所属できていない私でも知っているとんでもない美少女がいるクラスを引き当てたことぐらいか。

 退屈な授業もあの千代田唯ちよだゆいに見惚れているといつの間にか過ぎていく。


 同じクラスになったことに運命を感じて心の中では唯ちゃんなど親しみを込めて呼んでいるが、眺めているだけで実際に話しかけることなどはとてもできない。

 友達がいないという噂を聞いていたので、コミュ障のお仲間さんかと思っていたが唯ちゃんは孤高といった具合で、私はただのボッチだ。唯ちゃんのさらさらとした長い髪とクールな瞳、さらには無表情で高身長という美少女、いやもう美女。というのが悪さをして私のようなアマチュアボッチではなくプロのボッチ孤高様だ。

 まあ、ボッチ仲間だったとしても声をかけることもできないのでクラスにボッチが二人爆誕するだけなんだけど。


 というわけで私は高校3年生と受験生本番の時期となっても、受験は不安がるだけで授業はだらだらと唯ちゃんを眺めながら過ごし、家でもソシャゲで遊んで疲れたら寝るいった風に毎日を消化していた。


 しかし、学校というものはすごいもので一応は進学校にあたるのだろう私の通う高校は、私のような怠惰な学生や頭も良くて非の打ち所がない勤勉な唯ちゃんだとかに関係なく大人数教室に私たちをぶち込み、受験について2時間も話すのだった。


 そのまま学校側の策略にまんまとはまって、再び受験勉強をするという意思を固めた私は、ぼっちであるがゆえにずいぶんと無謀な行動を起こしてしまった。


 既に自分1人では勉強なんてできやしないことを学習していた私は、あろうことか思い切って唯ちゃんに勉強を教えてほしいと言ってしまったのだった。

 やはりぼっちというのは恐ろしい。一時の感情を誰に止められるでもなく、行動に移してしまう。大抵そのあとはベッドでその行動した時間の何十倍もの時間悶えて心を落ち着かせるのだが、今日ばかりはそれはできない。

 現実逃避もこれで終わりだろう。過去の私の愚かな行動はまさに今災厄となって自身に帰ってきている。


「……進んでないけど、大丈夫なの。」


「」


 なぜ、唯ちゃんが私の家、私の部屋にいるのだろう。いや、わかってはいる。声をかけるだけで精一杯だった私は、テンパってしまって何か変な言葉を言ってこんな状況を引き起こしたのだろう。過去の私、グッジョブ!

 違った。くーるびゅーてぃの化身のような唯ちゃんと一つ屋根の下な状態に緊張してどうしようもないので、現実逃避をしていたのだった。


「……聞いてるの?」


 いつの間にか目の前にきれいな顔がある。顔が熱くなるのを感じながらなんとか返事をしようとする。


「あ、いや」


「なに?」


「えと、集中してて。」


「進んでないけど。」


「あ、あう。」


 お、怒ってしまったのだろうか。


「わからないなら教科書のこのページ見ればわかるから。」


 違うらしい。問題がわからないのだと思ったらしく、何か教えてくれた。


「あ、はい。あ、あの、ありがとう……。」


「……。」


 そうして唯ちゃんは何も言わなくなって、手元の本に視線を落とした。

 いや、頑張ったじゃん!ありがとうなんて恥ずかしくて、コミュ障ならなおさらかなりの勇気を出さないといえないのに!頼んでる側だからお礼なんて言って当然かもしれないけど!

 心の中で不満を含んだつっこみを入れながら、改めて問題を解こうとするが結局わからなかったので教科書を見る。

 言われたページを見ると数学の公式が載っているだけであったが、確かにこれがわかれば問題は解けなくもない。

 というかよく見ると、ずいぶん初歩的な問題で公式を覚えるだけみたいな問題だった。


 不意にこんなことで唯ちゃんを煩わせていることに羞恥心を覚え、またも精一杯の勇気を出して聞いてみる。


「あの、ねぇ。なんで勉強教えてくれるの?」


「頼まれたから。」


 それは、そんなんですが。そうじゃなくてなんで私なんかに勉強を教える気になったのかが知りたいんであって。

 といってももはや私の勇気は枯渇している。私に甘言を囁いて、無謀な行動を起こさせる、心の中の天使と悪魔ならぬ勇者さまは、剣がポッキリと折れ、どこから見ても再起不能だ。もう一度聞くのは無理だった。


「えっと、今日はここまで。もう帰るから。」


 いつも簡潔だが淀みない唯ちゃんの喋りが珍しい。

 これは新学期が始まり、はや二週間ほど唯ちゃんを見続けていた、唯ちゃん検定一級?の私でもなかなかお目にかかれないものだ。綺麗に整った眉をほんの少し歪めた唯ちゃんの視線は、教科書の裏側の方を見ているようで。


「あ、私は千桜芽依ちざくらめいです。」


 と名前が見えるように教科書を持ち上げて言う。


「そう。」


 唯ちゃんの頬に少し赤みがさす。どうやら名前すら憶えられていなかったらしい。唯ちゃんにとってその程度の認識の私がなぜこのような幸運を賜っているのか。本当に謎だ。

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