苦悩

「うわぁ、また破けましたっ」


 校庭の屋台で萌香がスーパーボールすくいに苦戦している。


「またか。下手だな」


「酷くないですか?かわいい後輩が頑張ってるんですよ?」


「コツがあるんだよ。貸してみ」


「は〜い」


 萌香から新しいボールをすくうやつ――ポイを受け取る。


「いいか。まず、ポイは破けやすいから極力水に着けずに、スーパーボールを端のほうですくうんだ。こんなふうに……」


「……破けましたよ?」


 萌香が素でツッコむ。


「……難しいんだなこれ」


 できると思ったんだけどなぁ。


「よし、次に行こう。次はどこがいい?」


 もう時間は残り30分と言ったところか。

 そろそろなんじゃないかな。萌香の『伝えたいこと』。


「先輩、誤魔化さないでくださいよっ。ほら、難しかったでしょ?」


 ウザい。確かに俺が悪いんだけど、ウザいな。


「何か帰りたくなってきたな」


「じょ、冗談ですよ〜、えへへ。それで、最後に行きたいところがあるんですけど……」


 萌香が一転して真面目な表情になる。


 約束したしな。行けるところならどこにでも行こう。


 そう思ったときだった。


『みんなー盛り上がってるーっ?文化祭終了まで盛り上がっちゃうよー!!』


 え?

 この声は葵さん?


 そして、一気に歓声が上がる。

 場所はおそらく体育館のステージ。だいぶ校庭《ここ》まで歓声が届くのか?!


『今からいきなりですけど【シューティングスター】のライブを始めます。楽しんでくださいね』


 優里さんまで。

 じゃあ、あの教室に来た2人はやっぱり……。


 それに、今ライブって。


『一曲目行くよっ!』


 星奈ちゃんの声だ。今、ステージに【シューティングスター】がいる……。


 屋台から人が次々にいなくなる。

 みんな体育館の方へ。


 体育館の方が盛り上がるにつれ、ここは閑散となっていく。


 あぁ、俺も行きたいな。


「萌香、次はどこに行きたい?」


 でも、ダメだ。


「え?あ、あのっ、ライブがっ。【シューティングスター】の……」


 萌香が戸惑うように俺に言う。

 萌香は俺がファンだったの知っているからな。


「いいよ。萌香、次はどこに行きたい?」


「じゃ、じゃあライブに行きたいなぁ」


「それは違うだろ。言ったよね、俺の時間をあげるって。俺への気遣いはいらないよ。俺は萌香の行きたいところに行きたい」


 そう、今は俺だけの時間じゃない。萌香と俺の時間なんだ。


「っ……私、屋上に行きたいですっ!」


「うん。行こうか」

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