動悸
「はぁ……」
9時開始で今が1時。ようやく交代だ。
今から午前に働いた俺たちは自由時間だ。
「お疲れ、伊織くん」
裏で椅子にぐったりしていると星奈ちゃんが苦笑いしながら労ってくれた。
「本当だよ。星奈ちゃんもお疲れ」
酷かった。
花音は終始、俺をイジったり笑ったり。
萌香は変な要求してきて、やったらやったでフリーズする。
軽い営業妨害だよ。
半ば無理やり追い出す形にはなったけどいいよね。
「大丈夫?」
表から入ってきた由香里さんが俺を視界に入れるなり、心配してくれる。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「い、いや別に心配ってわけじゃ……。ただ、あの2人の相手は疲れただろうなって」
「うん。見てても疲れたもん」
花音、萌香。君たちは俺だけじゃなくて、星奈ちゃんや由香里さんにも迷惑をかけていましたよ。
これは立派な営業妨害と見なします。
そのため2人には出禁を言い渡します。
「よし、着替えよう」
疲れた体に鞭を入れ立ち上がる。
星奈ちゃんとの約束があるから。
◆◇◆◇◆◇
数メートル先が見えるか見えないかくらいの暗闇。そこを淡く不気味に光る明かりだけを頼りにゆっくりと進んでいく。
『グ、ァァアア……』
どこからか地響く低い唸り声。
「ひっ!」
星奈ちゃんが声にならない悲鳴を上げる。
そして、俺の腕に抱きつく。
「ちょ、ちょっと星奈ちゃん?」
「ご、ごめんね。私、こういうの苦手で……」
ここは、とあるクラスのお化け屋敷。
星奈ちゃんが行ってみたいと言うから入ってみたものの。なかなかの高クオリティで。
「苦手だったんだ。まあ、腕くらいならいくらでも貸すよ」
どうして、お化け屋敷に行きたいとか言ったのだろう。
大方、ここまで怖いとは思っていなかったんだろう。俺もここまで怖いとは思っていなかった。
「あ、ありがとう」
星奈ちゃんが俺の腕を力強く抱き寄せる。
「ッ?!」
「あれ、伊織くん心臓バクバクしてるね。伊織くんも怖かったんだ」
星奈ちゃんが少し笑顔を見せる。
違うよ。怖いといえば怖いけど、そのなんていうか……。
当たってるんですよ。
でも、流石に本人に向かって言うわけにもいかないよな。
「う、うん。少しだけ怖いかな」
ヤバい。多分いま俺の顔赤くなってる。
「は、早く行こっか」
「う、うん」
それからは互いに無言で足を進めた。
◆◇◆◇◆◇
「終わったぁ」
やっとの思いで出口にたどり着いた。
「あ、あの腕……」
慣れるかなと思ったんだけど慣れなかった。
今もドキドキしてる。
「……あ、あと少しだけこのままでもいいかな?」
星奈ちゃんがそう頼んでくる。
なんか、少し上目遣いで。心臓がさらに激しく暴れる。
「う、うん」
なんだろう?なんか違う。このドキドキは。
当たってるからとかじゃなくて……
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